憲法11条と憲法97条が重複してるという話がある。
憲法11条
国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。
憲法97条
この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。
97条は基本的人権の説明という感じだろうか。
基本的人権とはなにか?という本質的なものをそもそも書いてないです。
自由獲得の努力の成果とあるが、そもそもそれは何を示してるのか?
フランス革命あたりではないかと思うが・・・
海外の理念や歴史を持ってきて作ったものですから、そもそも可笑しいといえば可笑しいです。
基本的人権って自然権から成り立ったものだろうか。
その辺哲学的なもので、自然権って人が生まれるべくして得た権利とか。
っで神がどうたらとかいう哲学な話です。
生きる権利とかうんぬんあるんだけど、基本的人権ですからそもそも生きるために人を殺そうがものを盗もうが多分そんな権利までありなんです。
でも、権利があっても実行してしまって、裁きをうけると犯罪となります。(裁きを免れると罰せられることないですよね。犯罪であるかどうかは、刑罰を与えられるかどうかの差。刑法とかは国民に向けられた法でなく、裁判官などに向けられた法である。刑罰が確定してない人を被告人と呼ぶほうが正しい。)
人権って美徳みたいな感じで考えてるようだが、そもそも哲学的なことがらなのでそれが絶対低に正しいかといえばそうではないです。
哲学だから考えようによっては変化するもので、人間とかなにか?人権とかなにか?なんて哲学的に考えた人があれこれ考えるでしょう。
97条を基本的人権の自然権をあらわしてるという人もいますが、自由獲得の努力の成果で得たのもが自然権なの?って思う。
自然権の考え方だと普遍的にあるものだから、たとえ北朝鮮だろうと存在してます。
まあ、そいう思想があるかどうかはわかりませんが。
自由獲得のための努力
とある権力者から奪い自由を手にするってな感じだろうか。
権力者の首をはねて血をいっぱい流した暁にえた権利ですから、血でまっかな権利という感じでしょうかね。
自由獲得ってそんなものだろうね。
なんだかんだで血を流さなければ獲得できない。
平和もしかりです。
97条は
ある種のアメリカの独立戦争を彷彿させるようなものでしょうかね。
そしてアメリカを象徴するものでもあると。
この辺は人によって捉え方は違う。
所詮哲学なので当たり前ですので、これが正解とか間違いだぁなんてものはない。
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