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2021年10月18日00:20

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ベートーベン 交響曲 第5番「運命」ロリン・マゼール

ベートーベン 交響曲 第5番 ハ短調「運命」
ロリン・マゼール指揮 バイエルン交響楽団
https://www.youtube.com/watch?v=y8zkfMQj3Qg&t=1400s

音楽を生業とする者は、何しろ耳、聴覚が勝負である。
それが失われるという、これは死刑宣告にも等しいだろう。

そんな大げさな、思う人もいるかもしれない。
しかしベートーベンが生きていた当時と、現代とでは、医療水準も全然違うし、聴覚障碍者を受け入れる社会や福祉の状況も違う。
何より、耳が聞こえない人への、我々一般市民の知識や認識 (充分とは言えないにせよ) も大きく違うだろう。

想像にしか過ぎないが、耳の疾患によって、ベートーベンなりの、まさに人生の地獄を見たのではないかと思う。
そしてこれは誰のせいでもない。もはや神を呪うしかない。

マゼールのこの5番、特に第一楽章は、まさにそんな地獄を描いた音楽となっている。
それも真っ赤に燃える火ではなく、青き炎、とでも言おうか。悪魔的で、過酷な運命への呪いと怒りに満ちて聴こえる。

第四楽章は、最終的には耳の疾患の苦しみを克服し、頑張って生きるのだっ!としたベートーベンの決意と、運命に勝った!という勝利の音楽、と言われる。

しかしマゼールはそうは解釈しなかったのではないか、と思う。
ここでの勝利は、ベートーベン自身ではなく、ベートーベンを呪った悪魔の方ではないか、という解釈。
その悪魔が、高らかとあざ笑うかの様な第四楽章。

マゼールを聴くまでは、しかし私もまったくそんな発想はなかった。
暗から明へ、絶望から希望へ、そんな勧善懲悪的に、辛い運命に打ち勝っての音楽だと思っていた。

前の第三楽章では、例の運命のテーマが、ホルンによって行進曲風に表れ、そして突然ベースによる、まったく関連性のないテーマが現れる (ベルリオーズ曰く、象のダンスみたいだ)
この分裂症みたいな流れは何なんだろうか? マーラーなら分かるが、ベートーベンである。

そしてそんな分裂症気味のまま第四楽章に突入、まさしく突っ込むのである。

改めて聴いてみれば、なんと荒々しく大げさな音楽だろうか。
マゼールの演奏が、ではない。この第四楽章そのものが、である。金管の咆哮と、ティンパニの連打。ダイナミックではあるが、格調高いとは言えない。むしろ下品かもしれない。

なるほど、これが運命に打ち勝った人間の音楽と、単純に解釈するのは、やはり早計なのだろうか。
考えてみれば、人間は電気のスイッチではない。そう単純に簡単に切り替えられるものではない。

5番は、そういった人間の葛藤を、見事に描き切った音楽ではないか、とマゼールを聴いて思う。

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