mixiユーザー(id:59055679)

2020年03月31日23:00

25 view

冬の湯悦旅情 〜上ノ段:草津・水上・富岡・高崎〜

機は熟した。

全県旅行の40県目にあたる群馬。何度か計画したものの断念し続け……ついにイク時がキタか。群馬温泉旅行。








【吾妻郡草津町】


『草津(くさつ)温泉』いい気分(温泉)

草津よいとこ一度はおいで〜♪チョイナチョイナ♪

標高1200mの高原に位置する。温泉地の中央にある「湯畑」を中心とした古風な日本情緒溢れる温泉街。それを取り巻くようにホテルやペンション、カフェ、食事処、土産屋、温泉施設のほか、コンサートホールや熱帯圏などの諸施設が位置している。また、草津白根山に面して草津国際スキー場があり、リゾート地となっている。

「天下の名湯」として名高く、日本を代表する名泉(名湯)のひとつ。日本三名泉のひとつにも数える。近世を通じて60軒の湯宿があり、江戸時代には現在と比べて交通は不便にもかかわらず、湯治客で賑わいは年間1万人を超える数を記録。幕末には「草津千軒江戸構え」といわれるほど栄えており、温泉番付の格付では当時の最高位である大関が定位置であった。
観光・旅行業界の専門紙「観光経済新聞」による「にっぽんの温泉100選」では17年連続トップを独走中。

毎分3万2300ℓ以上と、日本一の自然湧出量を誇る。草津白根山から東へ流れる地下水に火山ガスが出会って生じている。源泉は6つの大源泉のほか、ホテル等が所有している小源泉も多数存在する。湯はpH2.1と日本でも有数の強い酸性泉で、高い殺菌効果がある。

温泉街には「瑠璃の湯」「白旗の湯」「地蔵の湯」「千代の湯」「御座之湯」などの共同浴場や、足湯が多く存在している。

フォト


『湯畑』いい気分(温泉)
温泉街の中心部に湧く源泉で、名実ともに草津温泉の中核をなすシンボル。
フォト


「八代将軍御汲み上げの湯枠」。
八代将軍吉宗はここの枠の中の湯を汲んで江戸まで運ばせた。
フォト


「八代将軍御汲上げの碑」。
吉宗入浴のいわれを記した碑。
フォト


「湯滝」。
7本の木樋から音を立てて流れ、滝壷にはエメラルドグリーンの湯が。
フォト


草津温泉。
フォト


毎分約4000ℓを湧出。
フォト


周辺は瓦を敷きつめた遊歩道や石柵、白根山をかたどった「白根山ベンチ」など、湯上がりの散策が楽しめる。
フォト


辺り一面を覆う湯煙から硫黄の匂いが漂う。
フォト


湯畑では湯の花採集も行われている。
フォト


『熱乃湯』。
大正ロマン風の建物で、内部は2階建ての吹き抜け。
伝統名物「湯もみと踊り」ショーの他、鍛えられた男性たちによる力強く迫力のある湯もみショー「ゆもみくんショー」、ジャズライブ「湯けむりジャズ」、有名なギタリストによるアコースティックライブなど、様々なイベントを不定期で開催。草津の観光大使を務めるゆもみちゃんがサプライズで登場する事も。毎晩開催される「草津温泉らくご」も見もの。
フォト


泉温52.7℃の高温源泉をかけ流しで楽しむために生まれたのが「湯もみ」と「時間湯」。
「湯もみ」は、「草津節」や「草津ゆもみ唄」に合わせて熱い源泉の中に六尺板を入れて湯をもみ、入浴できるまでの一定の温度に下げる。
「時間湯」では、入浴前に湯もみを行い、のぼせを防ぐために手桶で頭に30杯以上の湯をかぶり、湯長の号令で一斉に3分間入湯し、同じく号令で一斉に上がる。これを1日4回繰り返す。
フォト


湯もみ娘の指導を受けての湯もみ体験や、記念撮影をする事もできる。
フォト


独特のリズムに乗って湯をかきまわす。
フォト


映画「テルマエ・ロマエII」のロケ地としても使用され、阿部寛や上戸彩らが撮影で訪れた。「草津に歩みし百人の碑」には役名が刻名された。
フォト


ホテル「湯畑草菴」の1Fに併設された『湯畑草菴 足湯カフェ』コーヒー
露天風呂付きの客室もあるホテル。カフェは宿泊者でなくても利用可能。草津の名湯に足を浸しながら、昼はカフェとして、夜はバーとしても楽しめる。
メニューは群馬のご当地グルメ「上州名物おっきりこみ」。うま!
フォト


湯畑周辺は多くの店や観光客で賑わう♪
フォト


真言宗・草津山『光泉寺(こうせんじ)』。
日本温泉三大薬師のひとつ。養老5年(721年)、薬師堂を行基が創建。正治2年(1200年)に当時草津を治めていた湯本氏によって白根明神の別当寺として光泉寺が再建された。
フォト


文明13年(1481年)には勅願寺となって後花園天皇の勅額、柏原天皇の宸翰が下賜された。戦国時代には上杉輝虎が戦った猿ヶ京合戦に参加、輝虎より感状を受けている。元禄16年(1703年)に建立された釈迦堂には釈迦如来像を安置。
フォト


『白根(しらね)神社』⛩
フォト


「湯滝通り」から急勾配の石段を上った、温泉街を見下ろす囲山と呼ばれる丘の上に鎮座。もとは白根山上に鎮座していたが、明治時代に現在地に社殿を建立。
フォト


旧社格は郷社。日本武尊を祀る。創建は不詳だが、古くから白根山信仰の中心となっていた。
フォト


7月の氏神祭りでは、白装束の若者が神輿を担いで町中を練り歩く。
フォト



旅館多い。
フォト


湯畑周辺の路面には「ゆもみちゃん」が描かれた可愛いマンホールの蓋が。
フォト


『西の河原(さいのかわら)通り』居酒屋(赤ちょうちん)
湯畑周辺から西の河原公園まで続く、草津のメインストリート。両脇に饅頭屋、飲食店、土産物店などが軒を連ね、食べ歩きにも最適。浴衣に雪駄姿で歩いている人も多く、温泉街らしい光景が楽しめる。途中には有名な饅頭屋「松むら饅頭」、蕎麦屋「三國家」、焼鳥屋「やきとり 静」、川魚や地鶏などの串焼き「山マタギと海番屋」、串ぬれおかきが有名なおかき専門店「寺子屋本舗」、温泉卵も売っている「草津ガラス蔵」、可愛い猫がいる漬物屋などがある。
フォト

フォト


しゃ、しゃむい…。
フォト



『西の河原公園』。
温泉街西側の荒原地帯に湧く源泉地。かつては鬼の泉水と呼ばれ恐れられていた場所で、近く人は殆どいなかったという。
現在は遊歩道などが整備されており、散歩や足湯を楽しむ事ができる。
フォト


「ベルツ・スクリバ両博士胸像」。
左がベルツ博士、右がスクリバ博士。ドイツの著名な医学者ベルツ博士は、明治11年(1878年)に草津温泉を訪れて以来、度々草津を訪れては時間湯や泉質を熱心に研究し、草津を世界に紹介した。
フォト


「穴守稲荷(あなもりいなり)神社」。
東京・羽田の穴守稲荷から分霊勧請された神社。
フォト


境内の砂は「招福の砂」といわれ、持ち帰ってそれぞれの場所に蒔けば御利益があると伝えられている。
フォト


冬は雪の白さに紅い鳥居がさらに映える。
フォト


途中には縁結び地蔵尊や、「瑞祥の池」や「琥珀の池」など、エメラルドグリーンの美しい輝きを放つ温泉の池がある。付近には「イデユコゴメ」という珍しい藻類が生えている。
フォト


広い河原には溶岩石が転がり、園内に流れる湯川に沿って至る所から50度以上の温泉が毎分1400ℓ湧き出しており、湯の川となって流れ出している。
フォト


『西の河原露天風呂』いい気分(温泉)
フォト


園内は夜になるとライトアップされ、幻想的な夜の散策が楽しめる雪結晶
フォト


湯は万代鉱源泉から引いたもので、殺菌・抗炎症作用に優れている。
総面積500屬汎本でも有数の広さと圧倒的なスケールの開放感を誇る。新緑、紅葉、雪見など、四季折々の自然を360°感じられる。
夜はライトアップされ、夜空の星を見上げながら湯に浸かることも。
雪見露天風呂、最高に気持ちいい…いい気分(温泉)
フォト



湯上り後のグルメ。『上州地粉うどん まつもと』。
メニューは「上州もち豚ミニソースかつ丼セット」。群馬のご当地グルメ「ひもかわうどん」はコシがある平打ちの太麺。つるつるとのど越しが良い食感が病みつきになる。もうひとつの名物「ソースかつ丼」は甘辛ソースに柔らかい肉が印象的。
フォト



『大滝乃湯(おおたきのゆ)』いい気分(温泉)
貸切風呂、うたせ湯、サウナ、食事処、ラウンジカフェ、土産屋、休憩所、マッサージ等があり、施設も充実。
TVで度々紹介されており、受付には芸能人の写真やサイン色紙が並べられている。
フォト


大きな湯船の大浴場や湯滝のある露天風呂。湯温の異なる温泉に浸かっていく入浴法「合わせ湯」を体験できる。
草津温泉の数ある源泉の中でも“美人の湯”として名高い煮川源泉を使用。基本は透明に近い湯だが、第2・第4土曜日は配湯館にたまった湯の花を除去するので、白濁の湯が楽しめる。
本日2度目の雪見露天風呂いい気分(温泉)
フォト





外に出るとすっかり夜三日月
フォト


夜の温泉街を歩こうか。
フォト


肌の調子がすこぶる良いね。
フォト


飲食店多い。
フォト


夜間は湯畑も美しくライトアップされ、日中とはまた違った幻想的な光景を楽しむことができる三日月
フォト


草津温泉は、ヤマトタケル(日本武尊)、行基、源頼朝による開湯伝説がある。
フォト


文明4年(1472年)、信州西厳寺住職の招きで浄土真宗本願寺派第8世宗主・蓮如が越前吉崎の吉崎御坊より来草して布教したというのが現存最古の記録。
フォト


戦国時代には湯本氏が文献に多く登場し、草津で得た湯銭を武田氏配下の真田氏に納めたり、草津や白根で採れる硫黄を戦国大名に贈った。
フォト


文禄3年(1594年)には大谷吉継が湯治で滞在。豊臣秀吉が徳川家康に草津入湯を勧めた書状なども伝わっている。
フォト


「湯けむり亭」。
湯畑の脇に立つ、源泉の手湯と足湯。建物は江戸時代にこの場所にあった共同浴場「松乃湯」を再現。足湯を楽しみながら温泉旅情に浸れる。
フォト


真田信之の保養法は湯治と信濃の自然鑑賞で、療養や江戸詰めの後などにしばしば草津温泉を利用しており、知人らにも勧めて幕臣の島田利正が湯治を計画したり面倒をみている。
フォト


太閤・豊臣秀吉は文禄4年(1595年)に草津湯治の綿密な計画を立てるほどの温泉好きであった。
フォト


「湯路広場」。
レトロな木製回廊と、棚田風の広場からなる。様々なイベントの会場としても活用。
フォト


草津温泉は泉質が強烈なため、湯治後に肌の手入れのために入る「草津の上がり湯」なる温泉として、「四万温泉」や「沢渡温泉」がある。
フォト


土産屋巡りも旅行の醍醐味♪
フォト



寛政3年(1791年)には俳人・小林一茶が草津へ数泊の旅をしている。
フォト


ホテルを目指して、夜の西の河原通りへ。
フォト

フォト


名物「草津味ソフトクリーム」も有名な「居酒屋キッチン笑りぃ」。
フォト


昭和レトロなスナックやバーもある🍾
フォト

フォト


気温は−5℃。早くホテルでゆっくりしたい。
フォト


夜の温泉街は風情があっていい居酒屋(赤ちょうちん)
フォト


草津の温泉は日本一。
フォト





予約していたホテル『ルーバン山田』にチェックインホテル
口コミ評価◎の宿。食事処やラウンジあり。アットホームで親しみやすい雰囲気。
フォト


2名はツインの部屋でソファーやテーブルもあり、部屋は広くて清潔。
フォト


草津温泉源泉かけ流し(わたの湯と万代鉱のミックス)の大浴場。本日3回目の草津温泉いい気分(温泉)何度入っても気持ちいい。そして温泉の後に浴衣着て飲む一杯は最高ビール
フォト

眠い(睡眠)








晴れ
温泉街の高台にあり、温泉からご来光を拝むことができるいい気分(温泉)
フォト


自然に囲まれていて空気が美味い。寒いけど心地良い。
フォト

朝の湯畑をブラブラして、草津を後にする。






【利根郡みなかみ町】


水上。
フォト





『土合(どあい)駅』地下鉄
群馬県と新潟県のほぼ境目・谷川岳麓の山間部標高663mの場所に位置する、県内最北端の駅。現在は無人駅。
フォト


ずっと来てみたかった場所。
フォト


温泉や神社仏閣に続いて、最近は秘境駅巡りも旅のお約束となりつつある。
フォト


エレベーターやエスカレーターはなく、地下ホームから地上の駅舎までは462段の階段と連絡通路の24段の階段を上る必要がある。階段の途中には休憩用のベンチがある。
改札口から下りホームまでは徒歩10分程度を要するため、駅員が配置されていた時代には発車10分前に改札が打切られていた。
フォト

フォト

フォト


上り線が地上駅、下り線が新清水トンネルの途中にある地下駅となっており、81mもの高低差がある。
フォト


現在は「日本一のモグラ駅」として親しまれており、「関東の駅百選」にも認定されている。
フォト


もとは谷川岳登山・スキー客が中心に利用する駅で、近年では下り地下ホーム目当てに訪れる観光客も増えており、秘境駅として鉄道ファンに人気のスポットとなっている🏔TVや映画などでも何度か使用された。
フォト


昭和6年(1931年)に信号場として開設し、昭和11年(1932年)に駅に昇格。
フォト


かつて上越線では現在の上り線を単線としていたが、高度経済成長期になると関東〜新潟間を行き来する人が増え、上越線が複線化。勾配を避けて輸送時間を短くするために地下の新清水トンネルが造られた。このトンネルに下り線が通り、もともとあった線路は上り専用になり、土合駅は変則的な構造となった。
フォト



『谷川岳ドライブイン』で食事休憩🍽
谷川岳の清水や旬の山菜・きのこを使った谷川そば・うどんや、谷川岳ドライブインオリジナルのカスタードケーキ「谷川の月」などが人気。
フォト


赤城牛を使用したカレーライスカレー
フォト







【富岡市】


「上州一ノ宮駅」へ電車
フォト



『一之宮貫前(いちのみやぬきさき)神社』⛩
式内社(名神大社)、上野国一宮。旧社格は国幣中社で、現在は神社本庁の別表神社。群馬県南西部、鏑川左岸の河岸段丘上に鎮座し、信州街道に面する。
フォト


社伝によると、創建は安閑天皇元年(534年?)、鷺宮(現:安中市の咲前神社)に物部君姓磯部氏が氏神である経津主神を祀り、荒船山に発する鏑川の流域で鷺宮の南方に位置する蓬ヶ丘綾女谷に社を定めたのが始まりといわれる。その後、天武天皇2年(白鳳2年・673年)に最初の奉幣が行われた。
フォト


楼門。
石段を下ってから本殿に参拝することとなる「下り宮」の配置。
宇多天皇の代、仁和4年(888年)に一代一度の奉幣として大神宝使を遣わすこととしたが、当社へは寛仁元年(1017年)、後一条天皇即位の際に遣わされている。神階は正一位に達していた。
フォト


中世において、当社は源頼義・義家父子を始めとする武家の崇敬を集め、室町時代末期に越後上杉・相模後北条・甲斐武田の各氏に支配された際も庇護を受け、特に武田氏は譜代家老の原昌胤が取次を務め、造替費用を棟別に課して、上野国を越えた策を講じたとされる。
フォト


拝殿。
江戸時代には徳川家の庇護を受け、現在の社殿は寛永12年(1635年)に第3代将軍徳川家光によって造営、元禄11年(1698年)に第5代綱吉によって大規模な修理で極彩色の漆が塗られ、現在の華麗な造りとなった。
江戸当時の一般名称は「抜鉾神社」。明治以前の歴史書には、当社に関して「抜鉾神社」と「貫前神社」という2つの記載があることから、元々は別の神社であったとする説と、同じ神社を指す異なる名であるとする説がある。
フォト


本殿。
祭神は経津主神(ふつぬしのかみ)と姫大神(ひめおおかみ)の2柱。上段に神座が据えられ、稲含山に向けて「雷神小窓」が設けられている。本殿・拝殿・楼門等は重要文化財に指定。
フォト


年間で71度の祭事があり、多くの特殊神事を有する。また、12年ごとに式年遷宮が行われる。
フォト


御朱印。
フォト





『富岡製糸場(とみおかせいしじょう)』工場
明治5年(1872年)に明治政府が日本の近代化のために設立した、日本で最初の官営模範器械製糸場。ヨーロッパと日本の技術が融合して出来た、世界最大規模の製糸工場。
日本の近代化だけでなく、絹産業の技術革新・交流などにも大きく貢献した工場であり、敷地を含む全体が国の史跡に指定。建築物7棟、貯水槽1基、排水溝1所が「旧富岡製糸場」の名称で一括して重要文化財に指定。「旧富岡製糸場」の一部であり、開業当時から現存する「繰糸所」「東置繭所」「西置繭所」の3棟が国宝に指定。
構成遺産である「田島弥平旧宅」「高山社跡」「荒船風穴」と共に、「富岡製糸場と絹産業遺産群」としてユネスコの世界遺産に登録されている。
フォト


「繰糸所(そうしじょ)」。
富岡製糸場の中で中心的な建物。
政府は日本を外国と対等な立場にするため、産業や科学技術の近代化を進めた。そのための資金を集める方法として力を入れたのが生糸の輸出。政府は生糸の品質改善・生産向上と、技術指導者を育成するため、洋式の繰糸器械を備えた官営の模範工場をつくった。こうして富岡製糸場が建設され、百数十年の時を経た現在でも木骨と赤レンガ造りの建造物群がほぼ変わらぬ姿で残されている。
フォト


桁行140.4m、梁間12.3m。内部の構造は洋式のトラス工法で、柱がなく大きな空間が確保されている。キングポストトラスの小屋組や高い天井が特徴。繰糸は手許を明るくする必要性があったことから、フランスから輸入した大きなガラス窓によって採光がなされている。屋根の上には蒸気抜きの越屋根が取り付けられている。この世界最大規模の作業場に300釜のフランス式繰糸器が設置された。
外壁、ガラス窓、天井、そのすべてがノスタルジー。
フォト


昭和41年(1966年)から導入された日産HR型自動繰糸機や、コンベア、作業指示板なども当時のまま残され、昭和62年(1987年)の操業終了時の様子がうかがえる。
フォト


「首長館(しゅちょうかん)」。
別名「ブリュナ館」。重要文化財。東西33m、南北32.5m。ブリューナ一家が滞在するために建設された建物。面積916.8m2と広い。一家とメイドだけでなく、フランス人教婦たちも暮らしていたのではないかという推測もある。
フォト


「東置繭所(ひがしおきまゆじょ)」。
東西置繭所ともに明治4年(1872年)の竣工で、桁行104.4m、梁間12.3m。木骨レンガ造2階建てで、ほぼ同形の建物。東の2階は繭を保管するための倉庫となっている。
フォト


「西置繭所」。
その他、「蒸気釜所(じょうきかましょ)」「鉄水溜(てっすいりゅう)」「下水竇及び外竇(げすいとうおよびがいとう)」「女工館(じょこうかん)」「検査人館(けんさにんかん)」「候門所(こうもんじょ)」など、7棟が重要文化財。
フォト


初期の富岡製糸場は初代所長・尾高惇忠、フランス人の首長ポール・ブリューナを中心に運営。工場建設に当たり、技術指導には器械製糸の先進国フランスの技術者を招き、技術伝播のため全国から伝習工女を募った。
当時、日本最大級の繊維企業であった片倉に合併されることになり、昭和14年(1939年)に公告された。閉業した後も一般向けの公開をせず、「売らない、貸さない、壊さない」の方針を堅持。維持と管理に専念した甲斐もあり、製糸場は良好な保存状態で保たれてきたとして、片倉工業の貢献は非常に高く評価されている。
フォト







【前橋市】


次は県庁がある前橋へ🏙
「前橋駅」。
フォト





『群馬県庁 展望ホール』。
群馬県庁は33階建てで高さ153.8m。群馬県でもっとも高いビルで、県庁舎として日本一の高さを誇る。入口には「ぐんまちゃん」の石像が。
シースルーエレベーターで夜景を眺めながら、32階にある展望ホールへ。31階には展望レストランがあり、夜景ディナーも楽しめる。
フォト


赤城、榛名、妙義の上毛三山と、新潟県境のみなかみ町大水上山を源流とする坂東一の利根川が滔々と流れる景観はとても感動的。天気の良い日には、群馬県を囲む山々から関東平野へと広がる地形が一望できる。夜は利根川に架かる群馬大橋のライトアップや、群馬会館のライトアップといったオレンジ色の光と、前橋市の街明かりが限りなく続く光景を楽しめる。「日本夜景100選」にも選ばれている夜
フォト





『登利平(とりへい)』。
前橋名物・鳥めしの有名店。不動の人気を誇る登利平の看板メニュー「上州御用 鳥めし竹重」。
ムネ肉に秘伝のタレを付けて約20分かけてじっくりと炭火で網焼き。登利平秘伝の濃厚な甘辛醤油たれが、柔らかくて旨味のある鶏肉や炊きたてのご飯に染み込み、香ばしくて味わい深い。
新鮮な鶏・良質な米・秘伝のたれ、三位一体の味。
フォト







【高崎市】


群馬県の中心都市・高崎へ🏙
「高崎駅」。
フォト



色々揃っていて便利。夜の市街地を散歩♪
フォト


だるまの、パスタの、榛名の、BOØWYの高崎ぴかぴか(新しい)
フォト





群馬県民なら誰もが知る有名焼肉チェーン店『朝鮮飯店』🥩
ホルモンは噛むと肉の旨味が溢れ出し、タレとの融合でご飯がすすむ。カルビは肉質が良く、口に広がる脂も旨い。上タン塩は絶品。
カルビラーメンもおすすめ。レモンサワーと一緒にビール
フォト





『パークイン高崎』ホテル
大浴場、朝食バイキング付。2日目は高崎市街地のホテルにチェックイン。
本日も温泉。そしてやっぱり温泉の後の一杯がイイビール
フォト

眠い(睡眠)








⇨《下ノ段》へと続く。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1975198629&owner_id=59055679
6 2

コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2020年03月31日 23:51
    これだけ雪があってスキーできひんのはストレスやなあせあせ
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2020年04月03日 21:54
    > mixiユーザー 白川郷も積もらんかったみたいです。困りましたねε-(´∀`; )

mixiユーザー

ログインしてコメントを投稿する