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2019年02月09日22:00

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Garden Lodge 〜紅葉コレクション2018〜

2018年秋ー

毎年恒例・秋の紅葉まとめアルバムもみじ


去年、候補に挙がっていたけど行けなかった場所を中心に。大阪のみ別の用事のついでで訪問。








【大阪府堺市】


「大仙陵古墳(仁徳天皇陵)」と隣接する『大仙公園(だいせんこうえん)』。
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「日本の都市公園100選」、「大阪みどりの百選」、「日本の歴史公園100選」に選ばれている。
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中根金作が作庭した築山林泉廻遊式庭園。かつての海外交易にもとづき、中国大陸などをイメージした築山などが設けられている。
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日本庭園と「平和塔」。
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一匹。
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色付き始めた紅葉。
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平和塔は堺大空襲などの死者、堺市の戦没者らの鎮魂を祈念して昭和46年(1971年)に建設された、大仙公園のシンボルタワー。高さ60m。
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【滋賀県大津市】


東寺真言宗大本山・石光山『石山寺(いしやまでら)』。

「東大門」。建久元年(1190年)の建立だが、慶長7年(1602年)頃に大幅な修理を受けている。国の重要文化財に指定。
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京都府の清水寺や奈良県の長谷寺と並ぶ、日本でも有数の観音霊場であり、西国三十三所観音霊場第13番札所となっている。
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琵琶湖の南端近くに位置し、琵琶湖から唯一流れ出る瀬田川の右岸にある。
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開基は良弁。
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本尊は如意輪観音。
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秋は紅葉の名所で、夜はライトアップされる。
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「大黒天堂」。
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聖武天皇の発願により、天平19年(747年)、良弁が聖徳太子の念持仏であった如意輪観音をこの地に祀ったのがはじまり。
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その後、天平宝字5年(761年)から造石山寺所という役所のもとで堂宇の拡張、伽藍の整備が行われた。
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「くぐり岩」。
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国の天然記念物の「珪灰石(石山寺硅灰石)」という巨大な岩盤の上に建つ。
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「観音堂」。
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「毘沙門堂」。安永2年(1773年)建立。
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「御影堂(開山堂)」。国の重要文化財に指定。
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「蓮如堂」。国の重要文化財に指定。
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「本堂」。正堂、合の間、礼堂からなる複合建築。正堂は承暦2年(1078年)の火災焼失後、永長元年(1096年)に再建されたもので、滋賀県下最古の建築。内陣には本尊如意輪観音を安置する巨大な厨子がある。合の間と礼堂は淀殿の寄進で慶長7年(1602)に建立されたもの。合の間の東端は「紫式部源氏の間」と称され、執筆中の紫式部の像が安置されている。国宝に指定。
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石山寺は兵火に遭わなかったため、建造物、仏像、経典、文書などの貴重な文化財を多数伝存している。
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本堂や多宝塔、書物類を含む、計12点が国宝に指定。多数の重要文化財を有する。
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「三十八所権現社本殿」:桃山時代の作。国の重要文化財に指定。
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「鐘楼」。鎌倉時代の作。国の重要文化財に指定。
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「経蔵」。国の重要文化財に指定。
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「多宝塔」。建久5年(1194年)建立で、年代の明らかなものとしては日本最古の多宝塔。
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内部には快慶作の大日如来像を安置する。国宝に指定。
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「月見亭」。
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光堂前
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光堂紅葉
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「光堂」。
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「蜻蛉日記」「更級日記」「枕草子」などの文学作品にも登場し、「源氏物語」作者である紫式部ゆかりの地としても有名。
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「八大龍王社」。
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「無憂園」。
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本尊の塑造如意輪観音像と脇侍の金剛蔵王像、執金剛神像は、天平宝字5年(761年)から翌年にかけて制作され、本尊の胎内に聖徳太子念持仏の6寸如意輪観音像を納めたという。
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現在の本堂は永長元年(1096年)の再建。
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「天智天皇の石切場」。
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本堂を一望できる展望所。
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平安時代、醍醐寺関係の僧である聖宝、観賢などの当時高名な僧が座主として入寺しており、石山寺と醍醐寺は地理的にも近く、この頃から石山寺の密教化が進んだものと思われる。
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東大門、多宝塔は鎌倉時代初期、源頼朝の寄進により建てられたものとされ、この頃には現在見るような寺観が整ったと思われる。
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御朱印。
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京都市山科区。真言宗山階派大本山・亀甲山『勧修寺(かじゅうじ)』門跡。
開基は醍醐天皇、開山は承俊、本尊は千手観音。皇室と藤原氏にゆかりの深い寺院。
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「宸殿」。元禄10年(1697年)に明正天皇の旧殿を下賜されたもの。内部は書院造である。明治5年9月勧修小学校が開校時、ここが校舎となった。
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「勧修寺氷池園」。中心を占める池は「氷室の池」といい、蓮で知られている。平安時代には1月2日にここに張った氷を宮中に献上してその厚さによって五穀豊穣を占ったと言われている。
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昌泰3年(900年)、醍醐天皇が若くして死去した生母・藤原胤子の追善のため、胤子の祖父にあたる宮道弥益の邸宅跡を寺に改めたもので、胤子の同母兄弟である右大臣藤原定方に命じて造立させた。
池の側には「観音堂」が建つ。
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「書院」。貞享3年(1686年)に後西天皇の旧殿を下賜されたもの。一の間の違棚は「勧修寺棚」として知られる。障壁画は土佐光起・光成父子の作とされる。書院前の庭にある燈籠は徳川光圀寄進と伝え、「勧修寺型燈籠」と呼ばれる。国の重要文化財に指定。
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水戸光圀寄進の「勧修寺灯籠」。
勧修寺は延喜5年(905年)に定額寺に列せられ、皇室と藤原氏の援助を受けて栄えた。
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南北朝時代、後伏見天皇第7皇子の寛胤法親王(1309-1376)が15世長吏となって以来、勧修寺は宮門跡寺院となり、幕末まで法親王ないし入道親王が入寺した。中世の勧修寺は現在の京都市山科区勧修寺一帯を領するほか、各地に広大な寺領をもち、真言宗小野流の中心寺院、皇室ゆかりの寺院として最盛期を迎えた。寺領は加賀国郡家荘をはじめ、三河、備前など18か荘に及んでいた。
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その後、応仁の乱と文明2年(1470年)の兵火で寺は焼失。豊臣秀吉が伏見街道を造るに際し境内地を削られるなどして次第に衰退する。寺が再興されるのは天和2年(1682年)、霊元天皇皇子の済深法親王が29世長吏として入寺してから。法親王が東大寺大仏殿再建に功があったとして、寺領が1,012石に加増された。法親王の叔母にあたる真宮理子が紀州藩出身の将軍・徳川吉宗の正室であった縁で、紀伊国の約100か寺が勧修寺の末寺となった。
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「本堂」。寛文12年(1672年)に霊元天皇の仮内侍所を下賜されたもので、元は近衛家の建物。本尊千手観音立像は醍醐天皇の等身像と伝えるが、現存の像は室町時代頃の作。
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「佛光院」。
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御朱印。
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真言宗善通寺派大本山・牛皮山『随心院(ずいしんいん)』門跡。
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元は小野流の開祖として知られる仁海が創建した「牛皮山曼荼羅寺」の塔頭。曼荼羅寺は仁海が一条天皇から寺地を下賜され、正暦2年(991年)に建立。
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当寺の位置する小野地区は、小野氏の根拠地とされ、随心院は小野小町ゆかりの寺としても知られる。
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「能の間」。九条家の寄進により宝暦年間(1753年-1764年)に建造。平成3年(1991年)に改修工事が行われた。
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「本堂」。桃山期(1599年)の建築。本尊は如意輪観音。
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寛喜元年(1229年)に後堀河天皇の宣旨により門跡寺院となった。
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その後多くの伽藍が建造され、山城、播磨、紀伊などに多くの寺領を有したが、応仁の乱によりほとんど焼失。
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「薬医門」。九条家ゆかりの天真院尼の寄進により寛永年間(1624年-1631年)に建造。
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御朱印。
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天台宗・護法山『毘沙門堂(びしゃもんどう)』門跡。
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「仁王門」前。
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紅葉の絨毯で有名。
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「勅使門」。
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正式名称『護法山安國院出雲寺』。
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天台宗京都五門跡のひとつ。
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散り絨毯。
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「本堂」。本尊の毘沙門天像(秘仏)を安置する。
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宸殿内から。
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美しい庭園「晩翠園」。
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本堂と「霊殿」間の渡り廊下からは、美しい紅葉と「弁天堂」が見渡せる。
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たぬき。
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弁天堂鳥居。
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毘沙門堂の前身の「出雲寺」は文武天皇の勅願により、大宝3年(703年)行基が開いたという。
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その後、平安時代末期には出雲寺は荒廃していたが、鎌倉時代初期、平親範が平家ゆかりの3つの寺院を合併する形で再興。
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弁天堂。
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中世末期には再び荒廃していたが、近世に至り、天台宗の僧で徳川家康とも関係の深かった天海とその弟子の公海によって現在地に移転・復興され、天台宗京都五門跡の一として栄えた。
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出雲寺は京都市上京区の相国寺の北、上御霊神社付近にあったと推定され、付近からは奈良時代前期にさかのぼる古瓦が出土しており、平安京遷都以前にさかのぼる寺院であったことがわかる。
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「宸殿」。狩野益信筆の障壁画がある。
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紅葉。
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御朱印。
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護法山『双林院(そうりんいん)』。通称「山科聖天」。
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「不動堂」。毘沙門堂の塔頭。
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「本堂」。本尊は歓喜天。
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寛文5年(1665年)、天台宗の僧である公海により創建された。
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京都市東山区。天台宗・『青蓮院(しょうれんいん)』門跡。
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開基は最澄(伝教大師)。
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「相阿弥の庭」。小御所東側の池を中心とした築山泉水庭。室町時代、相阿弥の作。
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本尊は熾盛光如来(しじょうこうにょらい)。
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三千院、妙法院と共に、天台宗の三門跡寺院とされる。
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日本三不動のひとつ「青不動」のある寺としても知られる。
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「小御所」。本堂の北側に建つ入母屋造桟瓦葺きの建物。天皇の仮御所として使用された建物を明治26年(1893年)の焼失後に復興したもの。
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「霧島の庭」。江戸時代、小堀遠州の作。
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「華頂殿」。
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「好文亭」。青蓮院を仮御所としていた後桜町上皇が学問所として使用した茶室。現存のものは平成7年(1995年)の再建。主室は四畳半台目の茶室で、他に四畳半3室、水屋、仏間がある。
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好文亭以外は渡り廊下でつながれている。
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三千院、妙法院などとともに、青蓮院も比叡山上にあった「坊」と呼ばれる小寺院がその起源となっている。
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「宸殿」。小御所の西側に建つ、寺内で最も大きな建物。「宸」は皇帝の意で、有縁の天皇の位牌を祀る堂。障壁画浜松図(襖12面、戸襖4面、壁3面の17面)が重要文化財に指定されている。
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「本堂」。熾盛光堂(しじょうこうどう)。境内奥に西面して建つ方三間、宝形造の小堂。堂内の厨子には青蓮院の本尊である熾盛光如来の曼荼羅を安置するが、通常は公開していない。熾盛光如来とは仏頂尊の一尊で、天台宗最大の秘法といわれる熾盛光法の本尊であるが、この如来を寺院の本尊とするのは珍しい。
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彩。
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「植髪堂」。境内北方、拝観入口の左方に離れて建つ。3代門主慈円について得度した親鸞の剃髪が奉られているといわれる。1759年に建立され、1880年現在地に移転。
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「長屋門」。拝観入口の手前右手に建つ門で、宸殿西方の四脚門と同様、明正天皇の中和門院の旧殿の門を移築したもの。
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青蓮院・夜間のライトアップ。
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青蓮院は比叡山東塔の南谷にあった青蓮坊がその起源であり、門跡寺院となって山下に移ったのは平安時代末期の行玄大僧正の時。
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久安6年(1150年)に鳥羽上皇の皇后美福門院は青蓮院を祈願所とした頃から寺格が上がり始め、鳥羽上皇の第七皇子覚快法親王が行玄の弟子として入寺してより後は、皇家や摂家の子弟が門主を務める格式高い寺院となった。
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寺の南東、東山の山頂に位置する青蓮院の飛び地境内には「将軍塚大日堂」がある。桓武天皇が平城京遷都にあたり、王城鎮護のため将軍の像を埋めた所と伝える。庭園は春・秋に夜間拝観が実施される。2014年に大護摩堂「青龍殿」落慶青不動明王開眼法要が行われた。これに併せて期間限定で国宝青不動明王のご開帳と、青龍殿の一般公開が行われた。これまでも将軍塚の横に展望台があったが、青龍殿の北に京都盆地を一望できる舞台も併せて設置された。
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燃える秋。
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夜の一望。
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日吉社。
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夜の竹林。
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宸殿・庭の幻想的なライトアップ。
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室町時代には後に室町幕府第6代将軍足利義教となる義円が門主を務めた。
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また、衰微期の本願寺が末寺として属し、後に本願寺の興隆に尽くした蓮如もここで得度を受けている。
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江戸時代の天明8年(1788年)、天明の大火で内裏が焼失した折には、青蓮院が後桜町上皇の仮仙洞御所となった。このため「青蓮院旧仮御所」として国の史跡に指定されている。
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明治26年(1893年)の火災で大部分の建物が失われたため、現存の伽藍はほとんどが近代の再建。
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「青不動」と通称される平安時代後期の仏画である「不動明王ニ童子像」が国宝に指定。その他多くの重要文化財を有する。
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彩り。
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御朱印。
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〜おまけ〜


京都市東山区。

『知恩院』三門のライトアップ。
何度見てもここの三門は迫力満点。
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『八坂神社』西楼門から見渡す祇園の街。
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秋が終わる。
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『花見小路通』。
京の古い町並みに癒されながら。
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2018年の紅葉も綺麗でござんしたもみじ

秋から冬へ。
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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年02月09日 22:40
    ホンマにメジャーばっかりやん冷や汗
    去年の尼崎よく付き合ってくれたねウッシッシ
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年02月13日 20:22
    > mixiユーザー まだまだメジャーで行ってないとこ多いんですよ🤔本興寺の御朱印はなかなか気に入ってますよ指でOK

mixiユーザー

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