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2022年01月10日00:20

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筋斗雲・【CVTF交換後の小手調べ】

先日CVTFを遅まきながら6万キロで交換し、街乗りだけではその効果を試すことが出来そうにないと判断、長野に商用があったため、連れ出すことにした。

ルートは往路は中央道から松本ICを降り、松本事業所に行き、再度長野道を北上し、長野市の本部に、帰りは上信越自動車道、関越、圏央道で帰宅というルートだが、復路は自由ゆえ、普段注目されない城跡でも見学して帰りたい。

住んだことがある、今もお住いの方はご存じだろうが、甲信地方はガソリン代が東京に比べてリッター当たり10円も高い。という事で、住まいの東京都で給油してスタート。

平日という事もあり、混雑することなく流れは良かった。スタッドレスタイヤは2シーズン目で、ネッツトヨタで廉価につけて頂いたグッドイヤーアイスナビ7だ。アイスナビは先代のアイスナビ6に続いて二度目だが、意外といっては難だが、思ったよりも硬い印象。これはファーストシーズンでもそうだから、スタッドレス=軟らかい、ふにゃふにゃというのは過去の話なのかもしれない。寧ろ夏タイヤに履いているヨコハマ・ブルーアースGTの方がずっと軟らかい。

まあアイスナビ6に比べてタイヤも一回り大きくなり(165/70R14→175/65R14)と過不足ないサイズになったことも当然あると思う。

諏訪湖SAで一服した際はガソリンが入り過ぎたのかもしれないが、19.9km/Lだった。

松本の街中ではところどころアイスバーンになっていたが、急のつくハンドルは全てNGという基本的な運転を心掛けたことで、トラクションコントロールもない安普請なこのトヨタ車でも走行に問題はなかった。

事業所を後にし、長野へ向かった。長野は雪こそ余りなかったが、この日は最高気温が3℃となかなか寒かった。

コロナが増え始めており、東京のナンバーのクルマは煽られるのではないかと思っていたが、ハッチに「善光寺」の交通安全のお守りを貼っていたのが効いたのか、そんな不届き者はいなかった。勿論外食はせず、昼は自分で拵えた弁当を本部の駐車場で頂き、復路となる。

■荒砥城■

上信越道を群馬方面に走り、坂城ICを降りる。坂城ICは更埴ICと異なり、淋しい道である。街中もなく、殺風景でだだっ広い一本道の坂を下ると即R18となる。そこを一度更埴インター方面に引き返すように進む。

千曲川に掛かる万葉橋を渡ると鄙びた温泉街が見えて来る。戸倉上山田温泉だ。アトピー性皮膚炎持ちなので、源泉かけ流ししか行かない。

「何て贅沢な奴だ」

と言われそうだが、高級旅館ばかりが源泉かけ流しという訳ではない。戸倉上山田もそのひとつだ。結構好きな温泉である。

ここの亀清(かめせい)旅館に時々泊まった。勿論こちらも源泉かけ流しだ。夫婦で旅館を営んでいるが、
支配人のご主人はアメリカ人というユニークな旅館である。ただNHKでも何度か取り上げられてしまったので、予約が殺到し、それ以後は泊まれていない。

尤も今はコロナとの闘いだから、それどころではないが。

千曲川からループ式の山道をクルマで上がったところに城址がある。だいぶ観光地化して来たが、雰囲気は十分ある。千曲川から一気に220mも上がるといえば、どれだけ急勾配か察して頂けるだろうか。凍結が心配だったが、FFのヴィッツでも上がって駐車場に停めることは出来た。最早駐車場の地点で既に東京の高尾山と同程度の高さとなる。平成7年当時はいかにも人工で作られた史跡という感じだったが、年数も経ち、だいぶ雰囲気が出て来た。

柵などはここが武田、上杉、徳川の最前線基地であったことを物語る。

荒砥城は武田、上杉、徳川と勢力範囲が激しく変わった城だ。

川中島合戦は、天文22年(1553)から実に5回、12年もの長きにわたり戦いを繰り広げた。この戦いの中で、荒砥城は武田領となったり、上杉領となったりとめまぐるしく変わった。

武田にしても、上杉方にしても最前線だったからである。

荒砥城は屋代城主・屋代氏に属するものとなったが、その間、地方豪族による城番管理がなされたという。

天正10年(1582)武田氏が滅亡すると、屋代秀正は織田信長配下の森長可に先ず仕えた。信長が本能寺の変で横死し、信州が混乱した(天正壬午の乱)後、次いで上杉景勝に仕え、屋代と塩崎、八幡、戸倉、上山田、坂城に至る広域を所領とした。さらに海津城代の山浦景国の与力として副将格の厚遇を景勝からは受けていた。

天正壬午の乱においては同年6月に上杉景勝麾下の「梶田」(不詳)と共に小笠原洞雪斎を擁立して木曾義昌から深志城(松本城)を奪還し、筑摩・安曇両郡を掌握する。意外と云っては難だが、上杉の根拠地の越後は戦国時代はそんなに米は穫れなかった。会津移封直前の総石高では93万石とされている。うち慶長年間の検地で越後は39万石、佐渡が10万石である。越後平野は湿地帯が多く、国の中心も西の上越に偏っていた。矢張り善光寺平(今の長野盆地)や深志(今の松本盆地)の経済的な意味は大きかった。

上杉方であった海津城・副将の屋代秀正は真田昌幸に勧誘されて、徳川家康へ寝返り、この荒砥城に籠城したが上杉諸将に攻められ落城した。

「長野県立歴史館所蔵文書」「屋代秀正覚書」によれば、天正12年(1584年)4月1日に実弟の満俊と連携し、一族を引き連れて出奔した、と記述がある。以後は徳川氏の武将となり、慶長19年(1614年)からの大坂の陣では徳川軍の旗奉行を務め、二代将軍・秀忠の時代になると、小諸城代に任じられる。元和8年(1623)年に没した。

戦国きっての「バルカン大名」といえば、誰もが連想するのは真田だろうが、武田、上杉、北条、徳川に囲まれたこの地域の豪族たちは生き残りに腐心したのが窺える。そのような中、屋代秀正は上手く徳川家康という「勝ち馬」に乗り換え、よく食い下がったといえるかもしれない。元和年間に亡くなったのもラッキーだったかもしれない。というのも、小諸城代は甲府藩が管轄している。甲府藩は3代将軍・家光の実弟の駿河大納言・忠長が統治している。忠長は後に謀反の罪で切腹させられている。秀正もこの時代まで生きていれば、連座した可能性はあるからだ。

城址は少々観光地化が過ぎているが、天険の砦というイメージはよく伝わって来た。信州はこちら以外にも城跡としては見どころのある場所がたくさんある。ただ流石に時間がないので、ここまでだ。

■誰でも乗れる工業製品としては優秀か■

出発点からここまでの燃費は17.4km/Lだった。決して燃費運転をせず、周囲に合わせた走行をし、アイドルストップもなく、スタッドレスタイヤを装着した10年前のクルマとしては優秀かもしれない。
昨今EV流行りだが、10年前のヴィッツのようなクルマでも750kmぐらいは地方の幹線道路ならば難なく走れることになる。

ヴィッツのCVTは10年前としてはかなり自然なフィールを実現出来ているといえるかもしれない。この時代はスロットルを開き、エンジン回転と加速がリンクしないものが結構多かった。3代目のマツダ・デミオは折角CVTを装備させつつも、癖を丸めることは諦め、遂に4代目と現行のマツダ2は値段が跳ね上がることは覚悟の上で、6速ATにしている。スズキ・スイフトの主力となる1.2LのK12エンジンは高回転がおいしいタイプなのに、CVTは何ともジェントルである。2代目にあった1.5LのK15型こそ低速トルクがたっぷりで最もマッチしているが、このエンジンは絶版となっている。スイフトのK12エンジンはMTで乗るべきなのかもしれない。ヴィッツと同時期の先代のホンダ・フィットは唐突なところがある。そんなところがスポーティだと感じる人も少なくないのかもしれないが。

ヴィッツのCVTは特筆すべきところもないが、かといって、出発から帰宅まで気になるところもない。

ということは、ヴィッツのCVTは様々な運転の仕方に対応出来るような間口の広さがある事も意味している。

これは老若男女誰が乗るか分からない、免許取り立ての人だって選ぶかもしれない、そんなクルマにとって重要な特性。操作が丁寧な方、ラフな方もいる。ミッションなど加速特性が与える影響は大きい。神経質に走るクルマも面白いが、完成度で評価出来るのはこっち。

全く嫌味なところがないところを見ると、CVTFを交換した意味はあったのかもしれない。

最後まで御覧頂きまして、ありがとうございました。

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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2022年01月10日 00:53
    信州に行かれたのですか。あすこはそういえば「まん防」も緊急事態宣言もありませんでした。そんなに気にされる必要はありませんが、「お守り」とは考えましたね。電球

    荒砥城、映画のセットかと思うぐらい立派な砦の門ですね。よく復元したと思います。

    話に出て来た、屋代秀正のような大河ドラマに取り上げられても良い人物はたくさんいたと思います。

    もう写真のヴィッツも10年になるのですね。ヤリスも少しずつ増えてきていますが、ヴィッツもよくすれ違いますよ。知り合いで一級整備士の女の子がいますが、ヤリスも良いけど、ヴィッツもコスパが高く、故障が少ない、気軽に乗れる小型車と申しておりました。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2022年01月10日 01:29
    長野はずっと行ってませんが良いところですよね表情(嬉しい)甲信地方、諏訪湖は綺麗だった覚えがあります顔(笑)ヴィッツの調子も良くて何よりですぴかぴか(新しい)
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2022年01月10日 06:43
    商用で行ったのにこんな様々な事が書けてしまうって、ジャネイラさんは凄いなぁ(*゚∀゚)。
    しかも温泉に泊まるかと思えば日帰りでしょ。ジャネイラさんほどの働きをしている方なら高級旅館で寛がれてもらいたいくらいです(*´ω`*)。
    冬タイヤも2シーズン目じゃまだまだ効きがいいですね。
    先日の雪では夏タイヤの人も多く見掛けましたが、関東でも備えが必要じゃないかとも思いました。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2022年01月10日 17:13
    > mixiユーザー こんにちは。

    コメントとイイネをありがとうございます。

    いえいえ・・・これ見よがしに「善光寺」の交通安全のステッカーが貼ってあるので、煽られたりすることはなかったのですが、長野県はいずれもしていないからこそ、神経質ではないのかと懸念しております。総じて律儀な県民性なのですが。

    上田城址や海津城址ほど観光地化が進んでいないので、観光客も少なくて、「密」になりません。更に戦国の史跡としては分かりやすいかもしれません。

    戦国時代というと、「全国が麻のように乱れる乱世、各大名は全国統一を目指してしのぎを削っていた・・・」というあのお決まりのナレーションを連想させますが、実態は生き残ることが出来れば御の字と思っていた人が多いはずです。それゆえ勝ち馬に乗る事は必ずしも卑怯ではありませんでした。藤堂高虎は75年の生涯で何人も主君を替えましたし、前田利家も義理を選ぶか(上司の柴田勝家を選ぶか)、友情を選ぶか(交友が深かった羽柴秀吉を選ぶか)で、苦悩し、最終的には後者を選んだことで、生き残り、加賀100万石の基礎が出来て、金沢が北陸きっての大都市となりました。
    屋代秀正もその一人と云って差し支えないと思います。

    そうですか、3代目のヴィッツの初期型をそんなに評価して下さって嬉しいですね。個人的にはトヨタ車というと、目立たないところはどちらかというと手抜きやチープなところが見て取れる一方、目につきやすいところは念入りに作り込むのがこの上のカローラにしても、絶版車のアリオン、マークX、クラウン、そしてレクサスに至るまで共通しているのに、なぜヴィッツはこんなに全てがチープなのか、同じプライスラインの軽自動車だってもっとマシに作り込んでいるのになあと疑問を抱きつつ、納車日に帰宅したのを思い出します。

    逆にチープだからこそ、気軽に乗れるクルマが確かに最近は殆どない事に気づきました。軽自動車も今やメーターこそ140km/hですが、相当立派です。お値段も立派になったのは痛いですが。ダイハツ・ムーブの開発者はVWポロを何台も導入し、バラしては作り直しを繰り返してクオリティアップに努めたそうですが、頑張り過ぎているので、却って最新の軽自動車は苦しげに見えます。

    お知り合いの方も言い得て妙かもしれませんね。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2022年01月10日 17:27
    > mixiユーザー こんばんは。

    コメントとイイネをありがとうございます。

    長野にいらしたことがありましたか。夏は暑く、冬は寒いところですが、自然は豊かで、県民性も見栄えよりも内面重視の質実剛健、律儀なところは好感が持てます。

    時間に余裕があったら、戸隠神社に行ってみたかったです。あすこは信州きってのパワースポットだそうです。

    おかげさまでCVTFを交換後はがさつなショックがまるめられた感じがしました。10万キロで次はまたCVTFの交換とイリジウムプラグの交換となるでしょう。

    アイドルストップ無し(ともさんの中期型のUにはあると思います)の足掛け10年前のクルマで、燃費運転せずにこの燃費であれば、まあまあではないかと思います。後付けしたタコメータを見ると相変わらず回りたがらないエンジンですが、速度とタコメータの上昇はリンクしているので、異常の部分もなく、この世代のCVTとしてはよくできているのは感じています。

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2022年01月10日 17:40
    > mixiユーザー こんばんは。

    コメントとイイネをありがとうございます。

    数年前に転籍した会社は常務すらチャリで出勤、雨天時もマイカーで出勤のつつましい会社なので。あせあせ私のような坊主が高級旅館なんて、とんでもないことです。

    ここ20年でスタッドレスタイヤの着用のサイクルが早くなっているように感じています。20年前、山梨の甲府盆地で独り暮らしをしておりましたが、その時ですら、大体甲府盆地にお住まいの方たちは12月15日ごろに替え始める方が多かったです。ところが異常気象のせいか、それでは山梨は勿論、東京でも遅いぐらいになっています。勤労感謝の日から12月初頭に雪がパラつく年が増えて来ました。

    それを思うと先日の箱根でのサマータイヤ御一行様による大渋滞はおやっとおやっとですよね。あせあせ

    実はここでは書ききれませんでしたが、スタッドレスタイヤのアルミホイールキャップが飛んでしまったことに気付きました。このホイールはトヨタが用意したものでしたが、以前もあって、その時はトヨタがタダでくれたのですが、二度目となるとタダでもクオリティに疑問を持たざるを得ません。所詮飾りですから、無くても走行は問題がないのですが、3シーズン目後に市販のスタッドレスタイヤセットを購入し、交換後はタイヤと共に破棄しようと考えています。

    タイヤ自体はBSのVRXシリーズ、ダンロップのウインターマックスほどではない感じですが、スタッドレスタイヤ特有のふわふわのふにゃふにゃで遅くて燃費も悪いという癖がないため、及第点を上げたいと思います。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2022年01月10日 23:44
    > mixiユーザー ご返信ありがとうございます。

    10万キロを越えたサンダルのスズキ・セルボSRを別の軽かアルトワークスに替えようと思ったところ、見積額を見てびっくり。200万円しました。(笑)車種は敢えて言いません。

    逆に軽自動車でも元々色々なパーツが標準装備なアルトワークスは吊るしと見積額との差は少なかったです。

    御認識の通り、最近の軽自動車は随分立派になりました。ですがこのお値段であれば、アルトワークスは兎も角、他の軽自動車に買い替えなくてもと思ってしまいましたね。

    ワークスの価格は良心的ではあるのですが、「いかも早いゾ」という演出に暑苦しさを感じます。もっと素性の良さをシレッとアピールした方が大人の軽という印象が強まって良いのでは。後カラーですね。この手の軽に乗る人は拘りがある人達なので、ベーシックカラーとして白、黒、銀を用意する一方で、オプションで用意してくれても良い気がします。実際ホンダのN-ONEはツートンもあります。

    それを思うとヴィッツは随分気軽に乗れるクルマに作りましたね。

    島下泰久、河村康彦、清水草一、河口まなぶの御四方はヴィッツを散々酷評しておりましたが、ヴィッツの最終月は1万台も売れたことには言葉が何一つ出なかったことに何だか笑えました。儲からないクルマは仕事にならないから、単に酷評するだけなのではないのですか、ツッコミをかましたくなります。あっかんべー

    寧ろそんな縛りがない、徳大寺有恒、松田秀士、笹目二朗の御三方はちゃんと評価していました。徳大寺さんは黙っていても仕事が入ってくるし、自分の年収の半分を試乗に使う人です。松田さんは本業は僧侶で、自動車評論家は副業に過ぎませんから。笹目氏は韓国のヒョンデもちゃんと試乗して評価している人です。

    利権の匂いが臭い人間なんぞ、気にする必要はありませんよ。ウインク
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2022年01月11日 00:03
    > mixiユーザー コメントに対するご返信ありがとうございます。

    トヨタのような大きな自動車会社は仕向け地ごとに設定やセッティングを変える事が出来ます。逆にスズキはそこまで余裕はなく、欧州仕様も日本仕様もそれほど大きな差をつけずに販売せざるを得ないため、欧州仕様が好きな評論家は矢張りスイフトを高く評価するのかもしれませんね。

    個人的には確かにスイフトRSの5MTはハンドルが俊敏で、ちょっと非力、だからこそMTで尻を叩いて余すところなく力を使って走るのは楽しそうですが、全員がそうかと云われると好き好きだろうと思っています。

    高速道路の巡航が最も速いのは文句なしにドイツですが、下道となりますと、意外ですがフランスです。何しろ日用雑貨、食品の買い出しすら首都高速道路以上の速度で走らねばならない国です。一方日本では40km規制が大半の道で、70kmも出していて、移動オービス、ネズミ捕りが行われていたら、正に飛んで火にいる夏の虫も同然で「普通に」免許停止です。

    高速ツアラーが一般道の市街地ではそんなに快適ではなかったという話は幾らでもあります。

    同様にフランスの仕様が日本で快適とは思えません。実際、RSはそんなに売れてはいませんでした。私も買いましたが、もしUグレードが全輪ディスクブレーキだったら、そちらにしたと思います。

    そのフランスの仕様でないからチープでダメというのは全く国情を無視した、暴論というものです。この手の人たちはもう少し国情に見合った評論をして頂きたいものです。でなければクルマ離れはさらに進むでしょう。

    ですが、市場は彼らプロ以上に鑑識眼を持っていたようですね。クルマとは販売の終了月は散々な営業成績が普通ですが、ファイナル・ヴィッツは1万台売れました。

mixiユーザー

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