これは旅行会社に勤める桃代さん(仮名)からお聞きした話である。霊現象や超常現象の怖さよりも、或る種日常に潜む怖さを感じさせる話である。
以前「大島てる」という特定物件サイトの話をしたことがある。こちらは特定物件(早い話が「お化け物件」)の話だ。似たような話で、実は一般には公開されていないのだが、旅行会社の間でも非公式ながらお化けが出る旅館、ホテルの部屋、いわく、現象まで事細かく記した記録はちゃんとあるのだという。
偏にお客さんの安全第一、従業員の安全第二に扱うためだ。この会社では「ゴーストリスト」と社内で呼んでいる企業秘密だ。
勿論載っているホテル、旅館の全ての部屋で怪奇現象が発生する訳ではないのだが、年に数回、繁忙期は予約しなければならない時もあるのだという。但し現実にはお客さんにそんな部屋を割り当てる事は先ずなく、大抵はバスガイド、添乗員に回って来るらしい。
その年は偶々だが、タスクを組んだ先輩と桃代さんがそのホテルに当たってしまったのだ。ツアーは一泊二日。お客さんには全て問題が起きていない部屋を割り振れたが、部屋が2つ残り、うち一室がいわくつきの部屋になってしまった。
先輩は
「桃ちゃん。わたし良いわよ。この問題のお部屋で。」
桃代さんは
「大丈夫ですか。もしよかったら一緒に問題のないお部屋に泊まりましょうよ。」
先輩は笑顔で
「ああ、大丈夫、大丈夫。わたしは霊感なんてゼロだから、ほら、この間の●●県の××ホテル、何でも自殺した人がいた部屋、何ともなかったし。お気遣いありがとうね。」
そして出発当日。その日は業務を滞りなくこなし、愈々宿泊に。
ホテルもロビーも別段変わった様子はないが・・・。先輩の部屋は何だか空気が違うというか、薄気味悪い。クロスも調度品も新しいのだが。
桃代さんは先輩に怖い思いをさせないように、出来るだけ就寝近くまで一緒にいてあげることにした。仕事の話、女同士の話、他愛ない地方テレビの番組のドラマの話。努めていわくつきの部屋であることは触れないようにした。
しかし時間も圧して来たので、就寝に。
翌朝桃代さんは制服に着替え、先輩のところに行き、気遣ったが
「ああ、大丈夫よ。ぐっすり寝たし、今日も頑張ろうね。」
と肩に優しく手を添えて業務に向かった。桃代さんは(ふぅ。これで帰れるわ)と思ったという。
難なく業務をこなし、解散地でお客様を見送り、事務所に戻った。結構な時間だが、会計処理等残務処理は残ってしまった。
事務所は1人帰り、2人帰り・・・とうとう桃代さんと先輩だけになってしまった。時間を見るともう日付が変わろうとしていた。桃代さんは事務所から自転車で15分ほどのアパートに住んでいたので、そんなに時間を気にしなくても良いのだが、結構な時間になってしまったのだ。
「先輩、キリの良いところで終わりにしましょうよ。時間も圧しているし。わたしは大丈夫ですが、終電がなくなりますよ。」
先輩は伸びをして
「そうねえ。疲れたわ。」
「先輩…お聞きしても良いですか?」
「何、桃ちゃん?」
「あのお部屋、本当に大丈夫だったのですか?」
「なあんだ。そんなことか。大丈夫、大丈夫だって。ありがとう。桃ちゃん。」
桃代さんは溜息をついて
「それならば良いんですけどね。ではゴーストリストからあの部屋を外しても宜しいでしょうか。」
「そうだね。」
すると先輩が
「桃ちゃん、ゴメン。わたし約束を思い出しちゃった。データの削除と戸締り、やっておいてくれるかな。」
桃代さんはおかしいと思った。
(約束って・・・??)
約束は良いけど、時計を見ると0時近い。こんな時間に約束って・・・?
「・・・分かりました。遅いのでお気をつけて。」
「うん、頼むね。じゃあね。」
桃代さんは早速データを開く。このリストは様々な旅館の部屋番号、いわくが書かれている、企業秘密の「ゴーストリスト」だ。幾ら事務所は明かりがついているとはいえ、独りで見るのはちょっと怖い・・・。件の部屋が検索すると出て来た。
桃代さんは溜息をつく。
「なあんだ。何も書いていないわ。・・・よかった。」
桃代さんは自分のことのように心配した。しかし備考欄を見ると変なことが書いてあるではないか。
この部屋に泊まると行方不明になる場合がある
「ええっ。ちょ、ちょっと!!・・・何よこれ。」
桃代さんは怖いとは思わなかったが、気持ち悪いので、翌日先輩が出社してから確認の上、削除しようと思い、その日は消灯、戸締りをして帰った。
シフト通り出社したが、先輩がいない・・・。
「社長、おはようございます。●●先輩、おりませんが、具合でも悪くて休んでいるのですか?」
と確認すると、社長は怪訝そうに
「ああ、おはよう。桃ちゃん。それについて君に聞きたい事がある。先ず僕のパソコンを見てくれ。」
それは社長のアウトルックだった。先輩からのメールで、一身上の都合で退社致しますという一方的な内容だった。受信時刻は3時9分になっている。
「・・・」
「メール一本だけで辞めます、それも真夜中だよ。あり得ないよね。桃ちゃん、何か聞いているかな?電話してもつながらないんだよね。」
桃代さんは慌ただしく先輩は帰ったことを告げた。
桃代さんも昼休みに電話をしてみるが応答なし。
連絡取れない。
休憩時間に電話するも矢張り応答なし。
連絡取れない。
あのゴーストリストの「この部屋に泊まると行方不明になる場合がある」と関係があるのか。それは分からない。たまたまこのタイミングで問題を抱え、辞めざるを得なかったのかもしれない。桃代さんはこのゴーストリストの意味を社長に聞いても分からないとのことだった。
桃代さんから「未だに先輩とは連絡が取れません。何もなければ良いのですが・・・。」と言われた。
桃代さんからお聞きした話はここまでである。未だに彼女の先輩の行方は杳として知れない。
2020年は新型コロナウイルスで旅館、ホテルはどこも閑古鳥が鳴いている状態だからこのような部屋に回されることは先ずあり得ない。旅館、ホテル側の心理としては次も来て欲しいはずだ。わざわざそんないわくつきの部屋を回すとは考えにくい。
しかしいずれコロナは終息し、客足は戻る。その時に回されないようにするポイントは時間に余裕を持って予約することである。宿泊日までの日数が迫っていたりすると、空きがこのようなところしかない場合は十分あり得るからだ。
満室に近いのに、部屋はとても綺麗なのにヘンに安すぎるのはラッキーなのか、それとも・・・。
我々一般の客がこのような部屋に回されないようにするには、スケジュールに余裕を持って予約する事だろう。
最後まで御覧頂きましてありがとうございました。
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