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2021年03月02日21:27

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ドゥーチュィムニー「2月7日投開票の浦添市長選──那覇軍港返還に名を借りた浦添新軍港建設の是非が焦点」

 沖縄・浦添市長選挙は2月7日の投開票日が迫ってきた。自民・公明推薦で2期8年市長を務めてきた現職の松本哲治氏(53歳)と、同市議に2期連続トップ当選してきた、「オール沖縄」勢力が支援する新人の伊礼悠記氏(38歳)の一騎打ち。浦添市の今後のみならず、沖縄にとって大きな転換点となり得る重要な選挙だ。

 浦添市長選は、浦添市民の選挙であるだけでなく、基地問題に関して良識ある多くの沖縄県民の「民意の練り直し」を可能にし、たとえば「オール沖縄」といわれるさまざまな思想信条を持つ人びとがまとまる価値を再構築する、「とても良いチャンス」になる。

翁長前知事の決断
「オール沖縄」の価値とはなにか。まず第一に、故翁長雄志氏を2014年の知事選に担ぎ出し、保守革新の枠を超え、日米政府に対し「オスプレイ強行配備を撤回させ、辺野古新基地建設を断念させ、普天間の早期返還を迫る」点で一致団結したことにあった。

「米軍基地は沖縄の経済発展にとって最大の阻害要因」と明言した翁長氏を保守系財界人有志も力強くバックアップし、県民あげての「辺野古新基地建設阻止」の気運が高まり、その大方針は現在の玉城デニー県政にもしっかりと引き継がれている。

 しかし一方では、さまざまな思想信条をもった人たちの集まりであるがゆえ、「オール沖縄」の内部において、その他のことは「腹八分、腹六分」で互いに譲り合おうとの了解事項が強調されすぎたきらいもある。

 その「弊害と危機」を民意の再構築で乗り越えた事例を一つだけあげておこう。

 16年の東村高江周辺のヘリパッド強行建設問題である。翁長知事はその年の10月、菅義偉官房長官(当時)との会談後、記者団に囲まれた場で「北部訓練場の早期返還を歓迎する」旨の発言をした。

 その言葉は、工事が終盤に差し掛かっていた高江周辺ヘリパッド6カ所の建設(訓練場過半返還の条件だった)をも歓迎する、という意味を持ってしまった。危機感をもった県民有志は早急にシンポジウムを開き、地元紙は緊急特集を組み、社説を含めて「翁長知事は、辺野古同様、高江ヘリパッドにも自信をもって反対してよいのだ」と読めるメッセージを送り続けた。

 翁長知事はどんな決断をするにいたったか。いったん歓迎の意を表した北部訓練場返還だったが、まさにその返還式典(12月20日)への出席を断固拒否したのだ。これを、たまたま直前の12月13日にオスプレイが名護市東海岸に墜落したためにそうなったと勘違いする向きもあるが、事実は違う。オスプレイが墜落する以前に、翁長知事は返還式典への出席拒否の意思を明確に表明しているのだ。

 民意を肌でしっかりと感じたなら、勇気をもって過去の方針を転換することができる。翁長知事のあの決断は、一流の政治家の証(あかし)だったと筆者は思う。
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