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2020年07月11日22:39

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ドゥーチュィムニー「[大弦小弦] 後世への責任」

 7年前、当時の仲井真弘多知事が辺野古埋め立て申請を承認した時、新聞の論調は二つに割れた。「政治判断をせず承認した」と「政治判断で不承認にしなかった」。前者は、狭義の法解釈に終始して結論に至ったと捉え、後者は、本来なら不承認とすべきところを政治的に結論をゆがめたとみる

▼どちらが妥当なのか、いまだに判然としない。なぜなら、審査過程がベールに包まれているから。承認後の記者会見で結論と簡単な理由だけが明かされ、過程を記した文書はメモ類も含めて残されていない

▼世間の関心が高い事柄を行政が判断する時、賛否はつきもの。今は批判が強くとも、いずれ正しいと分かってくれると押し切る場合もあろう。だからこそ、政策決定のプロセスを記録し、後世の検証にバトンを託す姿勢が欠かせない

▼関心事で言えば、目下のところ新型コロナウイルスをおいてほかにない。その対策を話し合う県の会議で、議事録が作られていなかった

▼本紙の指摘を受けて、玉城デニー知事はすぐさま、公文書作成のルール作りに着手する方針を示した。中長期を見据えたルールも必要だが、現在進行形の新型コロナ対策の議事録をどうするのか

▼会議は録音しているそうなので、議事録を作ることは可能だ。説明責任に対する意思次第か。役人の矜持(きょうじ)やいかに。(西江昭吾)
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