クルマという20世紀最高の工業製品を徹底的に自分流にいじり倒し、世界中どこを探してもここにしかない唯一無二の作品と化す、所ジョージさんは現代の千利休だと思う。彼の愛する道具箱、世田谷ベースでどうすれば今のクルマをおもしろくできるか話を聞いた。
このガレージにあるものすべて、モンキースパナの1本にいたるまですべてが所さんの趣味で集められている。美しいなあとつくづく思う。こんなガレージがあるとクルマ遊びはさらに奥が深くなる。
東京の閑静な住宅街に所ジョージさんの事務所兼遊び場・世田谷ベースはある。クリーム色のペンキを塗ったブロック塀に、色落ちしたピンク色の合板の看板、エキゾチックな鳥居マークが目印だ。そこからがらりと空気が変わって、沖縄の米軍基地の裏門前にでもたたずんでいる気分になる。鉄製の門扉を開けて中に入ると、じわじわ感動がこみ上げてくる。古き良きアメリカの職人魂に磨き上げられた、オイルと鉄の宝物箱だ。この空間全体の設計からトランザムのルーフピラーの横にはみ出た錆に至るまで、すべて彼の頭の中から生まれた創造物なのだった。ワクワクしながらガレージ横の階段を上り、いい感じにへたったソファに座り、「で、何の取材だっけ?」という所さんのひと言で取材が始まった。「クルマはおもしろい」が、テーマです。
◎綺麗なクルマが最高なら、買わないに限るんじゃない
「おもしろいかなクルマって。いや、ただクルマを買って来て、ただピカピカに磨いて乗ってるだけじゃ、ぜんぜんおもしろくないんじゃない? 単体を見て、性能とか、そのデザインであるとか、色とか言ってもさ。そりゃそうよ、デザイナーじゃないんだから。やっぱり、自分の生活の中で目に入ってくる絵柄にクルマがはまって初めておもしろくなるんじゃないの?」
どういうことですか?
「オープンテラスにいて自分のクルマがここに置いてあったら気持ちいいだろうなあ、っていうのがあるじゃない。写真だって、クルマがど真ん中にあっても格好良くない。何かのカケラみたいに端っこが見えてて、こっちに階段があったりとか。そういうので気持ち良くなるわけで。クルマだけで楽しいんじゃないんだよね」
「ビートル」はね、カスタマイズして良くなるポテンシャルをたくさん持ってるんだよ。自分流にいじくり倒すと、さらに楽しいクルマになる。全部のクルマそうですけどね。何のクルマでもそう。
話の合間に、1週間かけてピッカピカに磨き上げた自作アルミ削り出し戦車模型だの、改造ダイキャストカーだのを持ち出して見せてくれる。そういうものが何百台もトコロセマシと並んでいるのに、ちっとも雑然とした感じのしない天井の高い空間で、彼の話を聞いているとどんどん説得力が増してくる。
「『高いクルマ乗ってるのが偉い』っていうのはさ、あれは、ずっと終わんないですよね。クルマはいつも綺麗で、値段が高くて乗り心地が良くて、どうだすごいだろうっていう。でもそれならばさ、一番綺麗なのはショールームにあるわけで。いくら自分のクルマ磨いたって、それには劣るわけで。それなら、買わないに限る。綺麗なのが一番だって価値観なら。最近のクルマは性能がすごくいいから。性能で競い合う時代じゃ、もうとっくになくなってる。どう格好いいのかとか、どういうふうに自分のものになってるかっていう部分がなきゃ、若い人だっておもしろがりようがないんじゃないかな」
確かにそうかも。最近の若者はクルマに興味を持たないと言うけれど、それはクルマがこぎれいになったかわりに、夢やロマンがなくなったからなのかもしれない。
「何かまじめだよね。下取りの値段下がるとか、そういうこと気にすると、クルマはおもしろくなくなる。それはクルマの管理人。クルマはさ、自分のところが最後になるくらいぐじゃぐじゃにしていくのが、楽しいわけでさ。例えば、センターライン描き入れるとするじゃない。レース車みたいに。入れたところで、スピードが上がるわけじゃない。気持ちが高揚するだけ。クルマに無頓着な人は、何でラインを入れるの、何なのってなる。速いの? 不良っぽいの? とかってなるわけじゃない。だけど僕は、何でって思われるのが楽しい。完成品を求めてるんじゃないのよ。不完全なところがあって、いろんな人に対応できない、何かがあって。でもそれには、ちゃんと理由がないと駄目よ。いろんな理屈があったり、哲学が横っ面にくっついてたりとか。そういうのがあると、自信を持ってふざけたことがやれる。ジーンズとか古着とか、若者は認めてわかっているのに、クルマはそういかないよね。壊さないから、おもしろくならなんじゃないかと思う」
「ひと手間加える。工夫する。
自分なりのこだわりがあるから
楽しいんじゃない」
◎自分のものにしなきゃひと手間加えてね
なるほど。だけど、それは彼みたいに、こういう空間を持てる者のみに許された遊びなんじゃないかという気もする。所さんだって、クルマは新車をピカピカに洗車して乗ってたんじゃないですか。こうなる前はどうしてたんですか?
「今と同じよ。デビューして給料が8万1000円くらいで。そのうちの7万9000円をローン組んでアメ車買って。ラグーナっていうシボレーのクルマ。マリブは人気あったんだけどね、当時から。同じ車種なのに人気のないラグーナをあえて買って、ガソリン代ないから、お袋に、俺ガソリンがないと仕事行けないよとか言って、お金もらって。その頃から、自分でクルマに絵を描いたりなんかしてた。安いペンキ買ってきて。全部、自分のものにしたいんだよね。誰が見ても、あれはあいつのだからっていう。だってそもそもおもしろいもの。ガソリン燃やして走るものは。エンジンの中でガソリンと空気の混合気体が爆発してるのよ。その爆発を、前に進む力に変えるという。その理屈考えた人が、まずすごい。そういうおもしろいものに、いつまで乗ってられるかわかんないんだからさ、ただの移動手段じゃもったいない。自分のものにしなきゃ。壊さなくていいの、自分のクルマにひと手間加えて工夫する。それでクルマは本当の意味で自分のモノになるわけだから。やりはじめたら、やめらんなくなったりして(笑)」
モデルカーに、色を塗ったり錆をつけたりして、まず所さんが自分の好きなように改造する。それをそっくりそのまま寸分違わず実車に再現するという方法で改造した1/1モデル。
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