小説 紅蓮 51 佳代子が単身赴任中、大した問題は起こらなかった。俺は以前よりも帰宅時間が早くなり、なるべく子供と過ごす時間を多くしたし、佳代子も休暇ごとに帰って来る。祖父母が驚くぐらいに聞き分けの良い娘だった。たまに見る母親が翌日は任地へ
小説 紅蓮 50 思わずにやけた顔を隠すために、慌てて俺は俯いたのだが、多分隠せはしなかっただろう。気付いて頭に来たのだろうか、佳代子は吐き出すように言った。「子供を連れてはいけない。あなたが仕事辞めてね」「それは困る」「あなたの給料安いじ
小説 紅蓮 49 大木さんが俺と由紀子を車に乗せ、志布志方面へ車を走らせた。魚の美味しい店があると言う。車中、大木さんと由紀子は俺のことを忘れたように、二人でしゃべりあった。お店の常連さんの噂話。なにが面白いのか大きな声笑らい合う。多分、俺
小説 紅蓮 48 予想もしなかった初夜。冷凍マグロかダッチワイフを抱くときはこんなのだろうか?夫婦の初めての交尾は戸惑いしか無かった。もともと女性経験があるわけではない。映画や小説でしか知らない世界だったが、もっと快楽的なものだと思っていた
小説 紅蓮 47 セックスの無い夫婦生活に面食らった俺だが、新婚当初はなるべく佳代子と会話をし、共に過ごす時間を持とうと努力もした。業務命令で見合いをし、断る理由を見出せぬまま同居すると言う、漫画みたいな形で夫婦になったのだが、それもまた縁
小説 紅蓮 46「マスターの奥様って、階級は何でしたっけ?鹿屋は海上航空部隊ですよね」 大木さんの質問に俺は「知らない」と応えた。佳代子は自分の勤務の話しを一切せず、俺も問わなかった。職業的軍人には話せないことがあるのだろうと思っていたし、
小説 紅蓮 45 由紀子と大木さんに問われるままに、俺は離婚の経緯を話した。「今考えると、娘が店を継ぎたいと言い出した頃から女房と娘の間で、計画されていたのかも知れない。俺の年金が支給されるようになったら、俺は店をしなくて良いって言いだして
小説 紅蓮 44「結婚して何年だっけマスターんとこ?」 まるで母親が子供に教えるように、由紀子はドリンクバーへ俺を連れて行き、カップを取りコーヒーを抽出するボタンを押してくれた。窓際の広いテーブル。次々と来店する客。席へ誘導するスタッフ。テ
小説 紅蓮 43 俺が離婚したことを知り、由紀子は眼を丸くした。「マスターの奥さん・・わたしも見たことがある、あの人よね。山を走って登るって動画を見せてくれた・・」 「そう言えば・・そういうこともあったな。女房が娘と一緒にカウンターに来て・
小説 紅蓮 42 仲が良いのか悪いのか、一定の距離を保ったまま身近な他人の生活が1年続き、3月15日が来た。玲子ちゃんがバイトやパートのおばちゃんたちに呼びかけ、金を出し合ったとかでケーキを作ってくれた。花でも買って帰り、二人で結婚記念日を祝え
小説 紅蓮 41 おかしな夫婦生活が始まった。佳代子は一緒に寝ると暑苦しいと、別な部屋に布団を敷く。「俺だって、セックス目的で結婚したわけではない。しかし、セックスもまた夫婦生活の一部であり、大事なことだと思う。なぜ嫌がるのか、その問題をど
小説 紅蓮 40 大園佳代子はわけのわからぬ女性だった。新婚旅行として、3泊4日で沖縄へ行ったのだが、当然の義務だろうと、恐る恐る手を出す俺の手を撥ねつける。「そんなつもりで結婚したわけではない」 それなりに新婚らしく、観光を楽しみ、はた目に
小説 紅蓮 39 大園佳代子はその日、大久保社長と話しただけで帰った。大阪のママ、見合いを業務命令にした社長へ抗議したが大笑いでいなされた。店のことは心配ないから3月15日で進めなさいと言う。困った俺は、結婚を断る理由を考えた。一方的に言わ
小説 紅蓮 38 晴天の霹靂とはこういうことを言うのかと、俺はぼんやりと思った。脳の回転が一時停止した感覚だ。事態が飲み込めず、どう対処して良いかがわからない。この女何を言っているのだ? 少し脳が回転を始め、もう一度会う必要があると言った
小説 紅蓮 37「佳代ちゃん、そんな事言うたん?ほんまあの娘は・・で、どないすんねん?もう一度会うんやろ?早めに電話しいや」「僕から電話するんですか?もう嫌ですよ。業務命令は果たしたんですから、勘弁してくださいよ」 ママの電話に俺は応えた。
小説 紅蓮 36 もう1度会う必要があるとつぶやいて車を走らせた大園佳代子に、俺は飽きれるしか無かった。変な女である。これまで見たことの無い常識外れの女。自己中な女。ふと、森中薫子を思いだした。店の客では無く、バイトの玲子ちゃんの書道の先生
小説 紅蓮 35 面接は1時間ほどかかった。大園佳代子は待合室から出ようと言わず、俺もまたどこかで飯でもと誘わなかった。地理に不案内だったし、車の免許を持っていない。それに大園佳代子は、ひとつだけ聞くと言いながら次々と質問をして来た。俺をか
小説 紅蓮 34 大園佳代子はすぐに解った。待合室にいる娘が一人だったせいだ。女性自衛官はロッカーを開けると大量のラブレターが入っているとか、どんなに顔や性格が悪くともモテモテだと、週刊誌のコラムで読んだ記憶があった。もともと結婚する意志な
小説 紅蓮 33 慌ただしく毎日が過ぎる。そんな時、不意に社長であるママが鹿児島へ来た。親戚が亡くなり、葬式に参列したのだ。俺も、店を代表して葬式の手伝いに入った。それが人生の転機になるとは、その時予想だにしなかった。 親戚の集まりの中で、
小説 紅蓮 32「その先の交差点を左折すると姶良町の役場があるんだけど、役場前にちょっと寄りたい店があるんだけどいい?」 良子に声をかけた。バイトの千恵美に運転させて姶良町の公民館で珈琲の点てかた教室を開いた時、古くからあるレストランで飯を
小説 紅蓮 31「そう言えば学生たちが言っていたけど、南極探検隊はダッチワイフを持って行くらしいね、南極1号とか2号とかって呼んでるらしいけど・・」「・・」「村下君がね。それを手に入れて、使ったんだって。空気を入れると、裸の女性みたいな人形
小説 紅蓮 30「旦那は優しくないの?」「優しいわよ。わたしは冷たいけどね」「冷たいって何だよ。今日みたいに晩飯を作ってやらないとか?」 車が走り出すとやっぱり気を使う。海釣り公園で話したことが想い浮かぶし、なぜ普段飲まない酒を飲んだりした
小説 紅蓮 29「何で?旦那は?」 思わず訊ねる俺に良子は力なく微笑む。「お店に行ったら店長会議だって言うから・・」「旦那は?今頃夕食の時間じゃない?」「いいの。友達と会うから今日は外食してって電話してる。電話しなくても、毎日遅くにしか帰ら
小説 紅蓮 28 良子が毎日顔を出すようになった。客がとぎれ、良子の周りに誰もいなくなった時を見計らって俺は聞いた。「死ぬ気だったの?」「ちょっとね・・」「で、今はどうしてるの?結婚したってボヘミアンのママが言ってたけど・・幸せにしてる?」
小説 紅蓮 27 ひょっとしたら俺は、良子を本当には好きになっていたのかも知れない。赤子が乳を求めるように、本能で求めていたのかも知れない。自分でも気づかなかったが、あの日「今は結婚する気は無い」と良子に答えたのは、もう少し待ってくれと言い
小説 紅蓮 26 衝動的な自殺と言う言葉を、俺は苦く噛みしめた。自殺願望なんて、誰だって1度や2度は感じるはずだ。先が見えない時、自分に嫌気がさした時、辛さから逃れる最も容易な願望だ。本気で死ぬ気は無い。ふと浮かんだ衝動を実行するかしないか
小説 紅蓮 25 良子とはその後、連絡が取れないままになった。俺は毎日電話をしたのだが良子の母が取りついでくれない。困ったような声で電話を切るばかりだった。1週間ほどして良子の父親から電話があった。良子は辞めさせる。もう電話をしないでくれと