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2020年07月04日20:05

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読書日記Nо.1277(村上春樹が父親について語るとき)

■村上春樹 絵・高妍「猫を棄てる 父親について語るとき」2020年4月文藝春秋刊

本書は、小説ではなく、村上春樹が父親について語った文である。

村上春樹のエッセイなどでは、日中戦争から帰還した父親が、朝、仏壇に
向かって一心に祈る姿が書かれていて、父親は詳細は語らなかったが、戦争で
亡くなった人びとへの、鎮魂の祈りをしていたのではと。

村上春樹も古希を迎えて、父親について語っておきたいという気持ちが、
本書を書く動機となったらしい。

本書の惹句を引用。

“時が忘れさせるものがあり、そして時が呼び起こすものがある。ある夏の日、
僕は父親と一緒に猫を海岸に棄てに行った。歴史は過去のものではない。
このことはいつか書かなくてはと、長いあいだ思っていた。―村上文学のあるルーツ。”

誰もが不可解な記憶を心のどこかに温存していて、なぜそんなことを憶えて
いるのかさえわかならい、かすかな記憶の断片。

本書もそんな思い出を語るところから始まる。家で大切に飼っていた猫を箱に
入れて、父と一緒に自転車に積んで、西宮の海岸に棄てにいった、という記憶。

理由は定かでない。とにかく箱を置き去りにして、逃げるように家に戻った。
すると玄関に、当の猫が先回りして待っていた。父はほっとしたような顔を
していた。そこから父についての回想が始まる。

村上春樹はあとがきでいう。

“亡くなった父親のことはいつか、まとまったかたちで文章にしなくては
ならないと、前々から思っていたのだが、なかなか取りかかれないまま、
歳月が過ぎていった。”

“僕がこの文章で書きたかったことのひとつは、戦争というものが一人の人間
の生き方や精神をどれほど大きく深く変えてしまえるかということだ。そして
その結果、僕がこうしてここにいる。”

“父の運命がほんの僅かでも違う経路をたどっていたなら、僕という認番は
そもそも存在していなかったはずだ。歴史とはそういうものなのだ。”

“歴史は過去のものではない。それは意識の内側で、あるいはまた無意識の
内側で、温もりを持つ生きた血となって流れ、次の世代へと否応なく持ち
運ばれていくものなのだ。”

“短い文章なので、どのような形にして出版すればいいのか、ずいぶん迷った
のだが、独立した一冊の小さな本として、イラストレーションをつけて
出版することに決めた。”

“絵に関しては、台湾出身の若い女性イラストレーターである高妍さんの画風
に心惹かれ、彼女にすべてを任せることにした。彼女の絵にはどこかしら、
不思議な懐かしさのようなものが感じられる。”

村上春樹がそういうように、挿絵が、不思議な懐かしさを醸し出して、素晴らしい。
それは、台湾に行ったとき感じた、昭和の懐かしさのような気がした。
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