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2021年07月23日13:38

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ジョン・カルショー著・山崎浩太郎訳「レコードはまっすぐに」を読んで


照る日曇る日第1607回&音楽千夜一夜第479回

クラッシックの名門レーベル、デッカ・の歴史に名を留めた名プロデューサー、ジョン・カルショー(1924〜80)による遺著にして、じつに興味津津で生々しい回想録である。

英国の銀行マンの息子に生まれたカルショーは、第2次大戦中はおんぼろ戦闘機を駆って独逸の高速駆逐艦Eボートを何隻も撃沈していたが、やがて音楽好きの趣味が嵩じて190年代から60年代のデッカのレコード作りに携わるようになる。

彼の最初のセッションは、1948年のトーマス指揮LSOによるグレース・ウィリアムズの「幻想曲」であったが、以来1967年に瀕死状態にあったデッカを去るまでのおよそ20年間に、かの有名なショルティ・ウィーンフィルの「指輪」全曲の録音をはじめ、ブリテンの「戦争レクイエム」、カラヤンの「オテロ」、「カルメン」などの大曲を次々に世に送ったのである。

本書には数多くの音楽家のエピソードが満載されているが、中でも僅か7年のキャリアで全世界から惜しまれつつ若くして癌で死んだカスリーン・フェリアが、著者に「ねえ2シリング6ペンス貸してくれない。地下鉄で帰りたいんだけど、お金を持たずに出ちゃったのよ」というところなど、まるで映画の中のワンシーンのように印象的である。

もっと印象的なのは、1957年にショルテイ指揮ウィーンフィルによるR.シュトラウスの「アラベラ」の録音の際の、リーザ・デラ・カーザとヒルデ・ギューデンの対立で、その派手な喧嘩騒ぎの渦中にあった、普段は沈着冷静なバリトン歌手のジョージ・ロンドンが、彼女たちを「BBC」と呼ぶようになったという逸話であろう。

因みにそれを遠慮して「淫乱女」としか訳せなかった訳者に拠れば、「BBC」とは(Ball-Breaking Cunts)の頭文字らしいが、誰か思い切って直訳してみてくらさい。

そんな著者によって常に高く評価されているクリフォード・カーゾンやショルテイに対して、自分のピアノの音が常にフォルテッシモで録音されることを求めてやまないルービンシュタインやいつも無能扱いにされているヨーゼフ・クリップスやクーベリックに対する当時の彼の評価については、一言なかざるべからず、ではあるが、それでも彼が自分の耳と感性を信じて、音楽家の演奏の是非を「まっすぐに」述べている点は、きわめて卒直であり好意をもって受け止めることができる。

    浮草の下を行き交うメダカたちコロナも五輪も知らぬ存ぜぬ 蝶人


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