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mixiユーザー(id:5493780)

2019年12月05日18:28

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我と来て遊べや親のない雀(一茶)

タイトルは日めくり(俳句)

今は日めくり二つ使っています

もう一つはお寺さんの

本堂の柱にかかってて、コレいいなぁ♡って思って、販売してるか聞いてみたらナイと仰る

・・でもなんかワクワクしてらっさる

・・オメメがキラキラしてらっさる

明らかに嬉しそうにナイと仰るので、そうですか、と引き下がると申し訳ない気がしまして、ほんなら本山の売店にでもあるのですかね、くらいな受け答えをしたんだった気がする

祖父が亡くなった年に、毎年お誕生日は必ず休みを取っていた私は、素直に有給取って本山参りへ行ったので、本山に色々売ってたり、門前で記念に御数珠購入してきたりしてて見てきたので、またお参り行ったときにでも買えばいっか、と思ったのである

しかし敵もさるもの(敵ではないか。笑)

取り寄せてくださると仰る

お手数かけて申し訳ない・・

いやいやついでがありますゆえ・・

的な社交辞令が続き、

後日忘れた頃に連絡来て、無事入手できたお寺さんの日めくり

確か800円だった

その頃にはもうお土産の相田みつをの日めくりが二つか三つくらい転がっていた気がする

女王陛下(名実ともに我が家の天皇陛下)が、東京駅近くの相田みつを美術館にどハマりして、通院の上京のとき、空いた時間を縫ってはみつをさんち(美術館)で惚れ惚れとしていた関係で増えたのだが、彼女は日めくりを日めくりとして用いず、購入して満足するタチだったので、結局転がってるだけだった
娘は娘で通勤途中のコンビニのトイレにかかっていたみつをの日めくりにいたく感動し、コンビニのトイレとは思えない程豪華な作りのお手洗いの壁面にあるソレをパシャっと撮影しては自己が御満悦していたりだったとゆうのに、好きなのはあくまでその感動したものだけであり、他のは結構どうでもよかった為、日めくり以外にも点々と増量してゆくみつをグッズは「女王陛下の領域」と位置付け、手を出さなかったので、当時はめくる人員ゼロの単なる土産品として家にあっただけだった

ところが、である

お寺さんの日めくりがあらわれた我が家に静かな革命が起きた

お寺さんの日めくりなので、場所を定めてちゃんと毎日めくりましょう!とゆう機運がにわかに高まったのである

あちゃこちゃ検討して、洗面所の柱に落ち着いたソレは、恐るべき逸品だった

内容が「えっ?」「ちょっと待って?」ってなる日が結構あったのである

わりかし哲学的なのね・・と戸惑う購入者(私だ)

パッと見でいいなと思った日のは好きな感じだったのだ

穏やかで和む字と絵の日めくりで、白も多くて、本堂の濃い色の柱によく映えていて、いいなー、ほしいなー、って本当に心から思ってその旨を素直にお伝えした、あの日の阿弥陀さまの本堂を、何となく今も思い出せる

別にいちいちめくってためすがめつして購入したわけでなく、お値段も知らないままに入手に至った

違和感は、我があばらやの洗面所の柱だからなのかもしれなかった
売り場で良く見えてもおうちで映えない家具的な・・

しかし、明らかに違和感の元は文言だった
結構おっかない文言や絵の日があって、「えっと・・」「思ってたのと違う・・」「今日こわい」「今日は大丈夫」みたいな、妙な具合だった
それも阿弥陀さまの教えなのだから、絶妙な違和感だった
わりと浄土真宗の教えはそゆとこあるし、仏教自体にもそゆとこあるので、実はその違和感こそが教えの根本に迫る鍵になりうる筈である
当時は若くてそれを知らないので、素直に「えっ」ってなる、ある意味美味しいフレッシュなターンなのだった

なんだかなー、って感じがあったが、当然研ぎ澄まされた仏の教えを疑問化する程の頭なんかない(`・ω・´) キリ!!

めんどくさくなった←

腰がひけた娘を見抜いて、大黒柱がさらりと宣った

「お前が毎日めくる係」

えーーーーー!?ナニソレ!会社の日めくりだって、特に係なんかなくて気づいたひとが適当にめくってるのに!?係とか絶対嫌!!!

と思ったのが顔に出て

「お前が買ったのだから」

と畳み込まれた

大黒柱が怖くて逆らえないよな家庭ではない
単純に「仰る通りでございます」に追い込まれた
本意じゃないのにめくる係とやらになってしまった迄である(屈辱)

当時の大黒柱は現役バリバリだったので命令系統を熟知したお方だった
逆らわせない手練手管に長けていた
女王陛下も娘も全く歯が立たない強さで、むしろ女性陣(当時は祖母もいたし)はいいように動かされては何故か逆らえないよな不思議なことになっていた
アレはどう考えても現役の強みである
経験値に敵わない
キャラクターは生まれたときから押さえられているので余計敵わない

今はぼけぼけした好好爺的なことになってるけど彼と私が我が家の二大おこりんぼで、それでも最終的に女王陛下の天下なので真に恐ろしいのは彼女で、膝を折るしかないのであった。泪

私は係が苦手である

すぐ飽きるからさーllllll(-ω-;)llllll

ほっとけば、忘れた日は誰かがめくってくれるであろう、とゆう目論見は外れた

見事に誰もめくらない

さすが私のファミリー

仕方なく延々とめくる日々を過ごしているうちに慣れきって、最初の違和感はなくなり、内容がどうでも良くなり、それでも毎日やっていれば何かしらの感化があり、あるかなしかのステップアップを経て、結構数年地道にめくっていたのである

静かな革命、それは「めくる日々」の到来だった(そんだけ。笑)

その間に色々な変遷があるわけだが、日めくりは無事ペラペラとめくられ、私が暦や旧暦の暮らしブームになったこともあり、転がっていたみつをも所を得てめくられたり、でもお寺さんの日めくりのよな展開にはならず、みつをはしょっちゅう忘れ去られて、女王陛下が家具を買い増すブームのときに場所を失い、学習机に放置されていた
その頃は学習机は今より少しマシな用途もあったのだが、今は完全に物置と化している(トオイメ)

日めくりはその後、地震後の地道なリフォームで洗面所が変わり、一旦御役御免になり休ませていたが、てきとうに冬場だけの外套かけの脇に落ち着いてみたり、座敷に落ち着いてみたり、家の中を転々とし、さすがに十年以上めくっていると「お寺さんの日めくり」とゆうありがたみも失せてるので、結果、今は私の趣味部屋に落ち着いている

先にセカンドストリートで購入した俳句日めくりがあったので、並べてかけたら都合がよかった

めくるとき二個めくるので、組み合わせの妙ができ、飽き飽きした古株(お寺さんの日めくり)を新参(俳句日めくり)が引っ張る形でリフレッシュ(?)できたのである

はからずも新しい楽しみ方が出現した

・・物事は至極てきとうに展開したときが最強説(私が作りました)

因みに、お寺さんの日めくりの方はいくつかバージョンがあるらしく、うちにあるのはマイナーなバージョンもしくはもう販売終了しているらしいので、コレも家宝である♪(欠番所持が嬉しいコンプ魂的に。笑)

本堂にかかっていたうちの子の親(同じ品なので時系列的に親)は、
今は広間の廊下の柱にかかっている
いつ行ってもちゃんとめくられている
めくり忘れがある我が家とは違う!(感心)

毎日お勤めでお経さまあげたり、ご飯あげたり、お香あげたりする一環としてめくられてるんだろうなぁ、と思う

いいなー、ほしいなー、と思っただけだと思っていたけど、そういう日々のお勤めの一環としてそこにあった(たぶん)うちの子の親は、きっとあのとき、何かを告げてくれたのだろう

「まあ、一つめくってみなさい」

くらいな呑気さであったと思う

素直に目に止めめくりまくってきたわけである

私、えらい!(誰もほめてくださらないので自分でほめる)

そうしてそれもきっと仏教用語で功徳とか御利益とか色々良さげな称えるワードがある筈なのだが、そんなものは日めくりには書いていないので特に知らない

ちなみに日記タイトルには雀さんがおわすが、隣にかかってるお寺さんの日めくりには「けもの心」がおわす

五日はなかなかオツな組み合わせなのだった

築地本願寺でも日めくりを購入した

沢山あってもしょうもないんだけど、組み合わせの妙があるのでいいのだ

きっと、割合多くの会社に箴言が印刷された月めくりカレンダーがある

美味しい居酒屋や喫茶店にもよくかかっている

そうして、所在なさげにてきとうな場所に引っ掛けてある日めくりがある会社も相当数あるものと思われる(幾つか見たことある)

あの、何の役立ってるかよくわかんない色あせた日めくりは、席を立ちたいがトイレに避難する程でもないときにぶらりとめくりに行ける気分転換グッズとして優秀なのだった

「まあ、一つめくってみなさい」

くらいな肩の力の抜けた、実は結構奥が深い(たぶん)

魅惑のワールドなんです!(わりとまじで)

自作も楽しそうです

日めくりLOVE(ハート´꒳`*)(*´꒳`ハート)


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