mixiユーザー(id:547825)

2021年01月12日12:30

240 view

「国宝」吉田修一著

フォト


任侠一家に生まれた少年が歌舞伎界に入り、稀代の女形として芸に生き抜き、歌舞伎の頂点を極めるまでを描いた小説。
人間国宝となった歌舞伎役者の壮大な一代記が、講談風の独特な語り口で綴られます。

喜久雄は長崎の極道の親分の子として生まれ、父親を殺された後、自身も暴力事件で地元を追われ、縁あって大阪の歌舞伎役者、二代目花井半次郎の家に引き取られる。
そこの同い年の一人息子・俊介と友情を育みながら、厳しい芸の稽古に耐える日々。
ある日半次郎が交通事故で舞台に立てなくなり、自身の代役として選んだのは、息子の俊介ではなく、喜久雄であった。

俊介はそれを聞いて思わず、喜久雄に「このコソ泥!」と殴り掛かるのですが
「まあ、しゃーないわ。これが誰か他の奴の評価やったら、『アホか。どこに目ついとんねん!』て文句の一つも言うんやけど、『実の息子より部屋子の方が芸が上手い』言うのがあの天下の二代目花井半次郎なら、もう諦めるしかないわ」と潔く受け入れる。
しかしその後すぐ家出をしてしまい、十年以上行方不明となるのです。

喜久雄がいよいよ三代目半次郎を襲名することになり、俊介の母親幸子が喜久雄に言う。
「もう我慢してたら、うちの方が潰れそうやから、なんでもかんでも正直に言わせてもらうけどな。この腹立ちの原因をな、突き詰めてみれば、ぜーんぶアンタや。アンタがうちに来いさえなんだら、何もかもまっすぐに進んどったに違いないねん」
「アンタ、辞退してえな」
「それくらいの恩を返して貰うくらいのことはしたで。なあ、俊ぼんのためや。アンタも俊ぼんが憎いわけやないんやろ?アンタにはまだ色んなものが待ってるかもしれんやないの。でも俊ぼんには…」
そこまで言われて喜久雄が、もうそんなに苦しまんでいいですわ、辞退しますというと、
幸子は「もう腹くくるわ。うちは意地汚い役者の女房で、母親で、お師匠はんや。こうなったら、もうどんな泥水でも飲んだるわ」
といって、喜久雄の襲名を受け入れ、その世話役一切を引き受けるのです。

その後、病気に倒れた二代目半次郎は、苦しい息をしながら
「どんなに悔しい思いをしても芸で勝負や。ほんまもんの芸は刀や鉄砲より強いねん。おまえはおまえの芸でいつか仇とったるんや。」
と喜久雄に言う。
しかし、いよいよ息を引き取るときに口にしたのは
「俊ぼーん、俊ぼーーん!」
という、実の息子の名前だったのでした。

喜久雄も俊介もその後、幾度もの裏切りや病気や策謀に遭い、十年以上も地方でドサ廻りをしたり、スキャンダルで国中から叩かれたり、両脚を失ったりと凄まじい人生を送ります。
喜久雄だけをとっても、そこに幼馴染の徳次や不良の弁天、愛人の芸子、その娘、底意地の悪い駿河屋鶴若、喜久雄の妻彰子、その父親千五郎など一癖も二癖もある登場人物が複雑に絡んでくるのですが、私にとっては、息子を思いながら家のために喜久雄を受け入れたこの母親幸子の独白のシーン、父親の今わの際のシーンが、もっとも印象的でした。

この作品の取材のために著者は黒子として舞台を務め、全国を廻って200演目を観たのだそうです。
この人の芥川賞受賞作「パークライフ」は私にはピンとこなかったのですが
「怒り」「悪人」は夢中で読みました。
こんな作品を書いていたとは。
これを読んだら、歌舞伎を観たくて堪らなくなります。
今月歌舞伎座に行く筈であったのに、コロナで断念。
残念無念。

「国宝」 https://tinyurl.com/y2n8atyr


31 18

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2021年01月>
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      

最近の日記

もっと見る