mixiユーザー(id:547825)

2020年02月25日13:56

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「人質の朗読会」小川洋子

変わったタイトルだと思って読み始めると、それがメタファでも何でもなく、
文字通りの事柄だったと知って唖然とします。
海外でテロリストによって人質となった日本人8人の、その拘束されていた期間中に
一人ずつが体験談を文章に書き、それを読み上げる朗読会が行われるのです。
しかもプロローグで、その8人が皆、特殊部隊突入の際に爆死したことも分かってしまう。
その後、朗読会を盗聴していたテロ対策政府軍の録音テープが発見されたのだと。
なんという複雑な、なんという非日常的な舞台設定!
暗澹たる思いで読み進めていくと…

”遠く隔絶された場所から、彼らの声は届いた。紙をめくる音、咳払い、慎み深い拍手で朗読会が始まる。祈りにも似たその行為に耳を澄ませるのは人質たちと見張り役の犯人、そして…”
その人質一人ずつの物語というのが、なんとも味わいがある。
大事件が起きる訳でも、特別な何かが登場する訳でもない。
それでも、どんな人にも自分だけのささやかな物語があるのだとつくづく思う。

私が特に好きなのは「冬眠中のヤマネ」。
「僕」は有名私立中学に受かってすぐの頃、公園で縫いぐるみを売る片目の老人に出逢います。
その縫いぐるみたるや、ムカデやコウモリやオオアリクイなど可愛くない物ばかり、
しかも汚れていたり、縫い目が割けていたり、中の綿がはみ出していたり、
おまけにみんな片目が潰れているという酷い代物。
まるで売れていないみすぼらしい品々の中の「毛羽だったタオルをクルッと丸めたような物体」、
それは、冬眠中のヤマネだったのです。
その後、ひょんなことから僕は老人を、背中に負うことになる。
老人がそのお礼にとヤマネを差し出したので、お金を払おうとしても受け取らない。
「俺をおぶってくれたじゃないか」そう言って老人は泣いている。
その一言で、この老人がどんなに辛い人生を送って来たのかが分かってしまう…
”以来、冬眠中のヤマネの縫いぐるみは、ずっと僕のそばにあった。”
章毎の最後に、その朗読者の職業、年齢、何故そこにいたのかが小さく書いてあります。
この章は「医科大学眼科学教室講師・34歳・国際学会出席の帰途」と。
少年は、そのヤマネをお守りにして、その後眼医者になったのですね。

私がこのような極限の状態に置かれて、何かを語りなさいと言われたら
一体何を語るのだろうと思います。

https://tinyurl.com/w5vdtt3

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