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2022年05月14日19:35

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暴れん坊将軍から始まり、五輪と万博で終わった、日本の屋台文化。

なぜ、博多に屋台があるのか?
それは、博多では五輪も万博もやらなかったからだ。

屋台が普及したのは江戸時代中期、暴れん坊将軍八代吉宗の時代。
商品経済の発達が都市の食生活を変えた。
寿司も蕎麦うどんも天ぷらも屋台から始まる。日本の食文化が確立するのもこの時代。

徳川幕府は、ずっと政治体制の基盤「コメ経済」と現実の「貨幣経済」の調整で苦しむことになる。
もしも、幕府が貨幣経済への切り替えに成功していたら、明治維新は無かっただろう。

日本に屋台が定着して、明治維新も生き残り、大東亜戦争も生き残るが、
東京では1964年の五輪で息の根を止められる。
外国人観光客がやって来るのに、不衛生な屋台は恥ずかしい!という政府の方針である。
道路交通法を駆使して東京から屋台を追い出す。
大阪では1970年の万博で同じ目に会った。

そして、70年代に、屋台と入れ替わるように、東京に初めてマクドナルドが登場する。
ここで江戸時代以来の日本人の食文化が、また、ガラリと変わった。

博多はなんとか生き残ったが、そろそろ時代に追いつかれそうである。


■長浜ラーメンの屋台がピンチ かつて15軒→0軒の日も、なり手不足
(朝日新聞デジタル - 05月14日 12:04)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=6956409

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