自宅にいる時間も多く、オペラ映像を観る機会も増えました。と言っても、テレビの前で何時間も座っていられないので、一度に1幕、2、30分程度で、観劇のように幕間休憩を入れつつ、何日かかけて観るスタイルです。
取り出したのは、プッチーニのトスカ。若いころは好きでよく聴いた作品ですが、なぜか最近はあまり好みでなくなりました。
ざっくりとしたストーリーは、警視総監のスカルピアが、カヴァラドッシという反体制画家を拷問にかけ、その恋人のスター歌姫トスカに対し、助けてほしければ、わしのものになれと関係を迫る、今風に言えば、Metoo案件、ハーヴェイ・ワインスタイン案件です。
そのトスカ、サー・サイモン・ラトルがベルリンフィルを指揮した2017年、バーデン・バーデンでの舞台映像を買ってありました。この世界トップ・オケは、普段オペラは演奏しません。楽団員にとっても1年に1回のお楽しみのようです。
トスカを演じるのは、クリスティーネ・オポライス。オムライスみたいな名前ですが、モデル体型の美人さんですね。
ラトヴィア出身で、さる有名指揮者と結婚・離婚歴があります。今年1月にはN響に客演し、胸元がざっくり開いたドレスで「四つの最後の歌」を披露しました。
第1幕、教会の中。画家はパソコン内で加工した写真画像をもとに床に絵を描いています。演じるマルセロ・アルバレスは、顔がジョン・カビラさんみたいですが、情熱的な歌いっぷりです。
本来はまじめでコミカルに描かれる堂守役が、合唱隊の美少年を連れていて、いかにも幼児性愛者のような顔つきと振り付けで、気持ち悪い。カトリック聖職者の幼児性愛嗜好を告発する演出意図でしょうか。
1幕後半は悪漢スカルピア登場。マルコ・ヴラトーニャという新進イタリア人歌手です。写真のとおり、金髪オールバック、後ろは尻尾のように垂らし、フレームを強調したメガネと細いヒゲ。ヤミ金融業者か昔の地上げ屋みたいです。悪役が中心の話は、悪役があくどく、強くないとしまりません。「善人顔」ではいかんのです。好演だったので、彼がイヤーゴを歌った「オテッロ」の映像もあわてて買い足しました。そちらはつるっぱげでした。
スポレッタら彼の部下全員が服装だけでなく髪型やメガネまで同じ格好で、もしかしたら、スカルピアのクローン人間のつもりなのでしょうか。黒のネイルで統一。国家間の情報戦に加担している最先端のIT企業・映像企業のような雰囲気です。1幕最後の独白とテ・デウム合唱は圧巻でした。
(評論家の許光俊氏は、バーデン・バーデンで活躍する指揮者のシルヴァン・カンブルランにそっくりな外見にして、演出家は何かふくむところがあるのかと書いていました。)
舞台を現代社会に置き換えた演出ですが、私はとても気に入りました。フィリップ・ヒンメルマンによるこの演出舞台は、ダニエル・クレイグ演じる「007・慰めの報酬」のオペラ観劇シーンで効果的に使われています。
愛憎劇の中心となる第2幕、舞台上のセットはバング&オルフセンやボーコンセプトのように機能的な家具と、壁面全部がスクリーン仕様。
トスカが「歌に生き、愛に生き」を歌い、恋人を救う取引に応じると、スカルピアは、セットしてあるビデオカメラで撮影を始め、スクリーンに映像が写しだされます。ことに及ぶ姿を撮影する変質者ぶりがいかにも現代の狂気を感じさせます。ひどい人物です。
その直後、トスカがスカルピアを刺し殺す瞬間は、とても気持ちよかったです。
満足度が高く、お腹いっぱい。付け足し感がある第3幕を、ラトルは休憩なしに上演しました。「星は光りぬ」という有名なアリアから、最後の処刑シーンへ。
空砲と偽装されたカヴァラドッシは、頭から袋をかぶらされてヒザ立ち。この当時、世界じゅうを騒がせたISによる人質処刑を思い出させます。
殺害方法は、注射器のようなものを首筋に刺していました。トスカもト書きどおりの飛び降りではなく、同じ道具を額に刺して自死します。何らかの演出意図があるのでしょう。
改めて気づいたのですが、トスカに女性は1人しか出演しません。(他のオペラでは端役や侍女役の女性も出ます)
それだけ、トスカ役の性格的な演技が重要なオペラで、かつてのマリア・カラスの演技や歌唱を超えることは不可能とされます。
映像では、アンジェラ・ゲオルギュー、ロベルト・アラーニャ、ルッジェロ・ライモンディによる映画版が、カットの撮り方も含め高水準でした。そちらは上品でしたが、今回の舞台映像は、現代社会の生々しさを表現し、同等に推せんできると思います。
録音のよいCDの中では、リッカルド・ムーティがフィラデルフィア管時代に録音したのが、絶好調のジュゼッペ・ジャコミーニを起用し、とても鮮烈で、他の歌手(キャロル・ヴァネス、ジョルジョ・ザンカナーロ)も素晴らしいと思います。
今回のコロナ感染拡大で、大人数が歌う合唱曲やオペラの上演は、世界的にまだ見通しが立たないようです。まさか、これで、オペラ芸術やオペラ歌手という職業が衰退してしまうとは思いませんが、残念ながら、しばらくは今回のような優れた映像を観て楽しむほかありません。おすすめのオペラ映像やCDがあれば、ご紹介ください。
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