ホーム > mixiユーザー(id:5416651) > mixiユーザーの日記一覧 > 仏天の御計らい

mixiユーザー(id:5416651)

2019年11月01日19:59

22 view

仏天の御計らい

法然上人は「念仏しやすいように生きろ」といっています。
家族がいたら念仏できないなら独身を通せば良い
独身だと念仏ができないなら結婚すれば良い
念仏の妨げになるものは捨てろ・・・と。

親鸞はその延長線上で
「念仏ができなくなった土地は去れ」と言っています。
その後の言葉がまた凄い
「念仏が広まるか廃れるか(も含めて)、仏天の御計らいである」

14歳で「悪人正機」が授業で出てきてから、親鸞の思想にはまっていましたが、
これを読んだときは25歳くらいだったかな?
「この思想は本物だ」と感動しました。
日蓮宗みたいに「法華経でなければ国が滅びる」なんてことは言いません。
この前うちに来た顕正会の人間は「御本尊である日蓮大聖人」と言ってましたが、間違いです。
日蓮は宗祖であるかもしれませんが、御本尊ではありません。
日蓮は「法華経の行者」と自分のことを言っています。
とすると、御本尊は釋迦牟尼佛でしょう。

なんで、またこんなことを言い出したのかというと、最近の自分です。
10月16日に子供無料塾を主宰している人と飲みながら「熱く」語り、
18日には、その無料塾と子ども食堂を統括しているNPOの代表や、
無料で中学生向けの授業を動画配信している会社の社会科の先生と逢い、
新宿まで塾の人に車で送って貰う途中にも「熱く」語りあって、
その余韻も覚めやらぬ23日に、
今度は無料塾などを起ち上げたい人とスペースや資金を提供したい人の橋渡しをしている
埼玉県福祉部の課長級?次長級?の人の話しを聴き、すっかり感化され、
翌24日に幸手北公民館(幸手駅から徒歩30分)で行われた、実践報告会に顔を出し・・・

すっかり「やる気」が出てきて、自分でもしようか・・・と思っていたのです。
でも、30日夕方から体調を崩し、昨日・今日とリハビリ以外は寝てました。
明日も集会があるのですが、行けそうもありません。

これが「仏天の御計らい」でしょう。
14歳で「いつでも死ねる。だから思い切り生きてやる」と決心して、
首を斬られようが、言うべき事はきちんと言う。
パワハラなどの「傍観者」には絶対にならない。
上司だろうと請け負い元だろうと、筋は通す。
そういう生き方をしてきました。
でも自分で塾を起ち上げようとすると、継続性が必要ですから、
「いつでも死ねる」という心境からは遠くなるわけです。

そこで、熱くなった私の頭に、仏様が冷や水を掛けてくれたのだと思います。
仏天の御計らいは、実に微妙(みみょう)です。


0 14

コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年11月02日 19:44
    いやそれは単に「落ち着け!」ってことでしょう?
    仏様が「いつでも死ねる」という心境から離してる...てのではないと思いますよ。
    案外、無料塾でも運営は大変で...。ちゃんとしたスポンサーが複数ないときついです。
    講師だってなかなか簡単には集まらないです。
    それより、生徒もなかなか難しく…。

    「無料塾に通ってる」ということ自体が、家計が苦しい・貧乏...という負のイメージを持ってしまう。ちゃんとした塾に通わせてあげられない...みたいな劣等感というか罪悪感を持ってしまう親が少なからずいます。
    「そこら辺のたいしたことない塾(失礼)よりも優れている何か」が実は無料塾には求められています。「安かろう(無料)悪かろう」じゃダメなんです。

    実際、ウチも構想から運営開始まで結構準備期間ありましたし、その後もいくつかの紆余曲折がありました。
    でかいスポンサーと人脈があったんで、どうにかなってるところが大きいです。

    >熱くなった私の頭に、仏様が冷や水を掛けてくれたんです
    「まあ、落ち着け」ってことで。。。
    いきなり突き進むとまた破綻するよ…って。
    ゆっくり色々見ながら攻めていきましょう。

    ところで・・・
    顕正会の人が日蓮上人をご本尊って言ったってのはかなり新米の信者さんですね。
    日蓮正宗の場合、御本尊は「曼荼羅」です。釋迦牟尼佛でもありません。


  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年11月02日 19:53
    > mixiユーザー 

    >「無料塾に通ってる」ということ自体が、家計が苦しい・貧乏...という負のイメージ

    これは払拭したいですね。
    というか、内田貴之氏(埼玉県福祉部企画幹)は、そこも心得ていて、
    フードパントリーは児童養育手当のカウンターにしか申込書がなく、
    一般のチラシには「いつどこでフードパントリーが開かれるか」が書いてないのです。
    無料塾も同じように、募集する側が気を遣うことも大切だと思います。
    だから「継続性」が求められ、私には「できない」のです。

    >かなり新米の信者さんですね

    最近、春日部駅頭などによく出没します。
    10月がお会式で、「折伏月間」だったのかもしれませんが・・・・
    学生のような女性二人でした。
    私みたいに「感化されて熱くなって」よくわからないまま折伏に出てきたのでしょう。

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年11月02日 20:35
    > mixiユーザー 

    そういえば、親鸞は「木像より絵像、絵像より名号、南無阿弥陀仏」と言っていて、
    「南无阿彌陀佛」と書かれた掛け軸を「紙幅御本尊」といいます。
    うちにあるのは、掛け軸もなく、名号だけですが・・・(^^;)
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年11月02日 21:31
    > mixiユーザー
    おぉ。親鸞も「紙幅御本尊」ってあるんですね。
    てか、浄土真宗には御本尊はないのかと思ってました。・・・又はとりあえずは阿彌陀佛はあるのかなぁ...なんて。

    うちの母の菩提寺が浄土真宗なんですが、住職さんは何も言ってなかったんで。某日蓮宗的なものの仏壇で供養しています。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年11月02日 21:46
    > mixiユーザー 

    親鸞自身は「教・行・信・証」の人なので、御本尊はおろかお寺も建てていません。
    当時の庵室が今の上越国分寺跡だったり、西念寺(笠間)だったりしますが、
    当時は御本尊は置いてなかったと思います。

    念仏を「唱えなくてもいい」(念仏しようと思ったときにはすでに救われている)ですし、
    極端に言って「信じなくてもいい」(不信の者は五百年辺地に過ごした後、真実浄土に行く)
    というのですから、御本尊もお寺も必要なかったのです。
    ・・・・まぁそのために「親鸞架空説」なんていうのもあったくらいで。

    娘の覚信尼が本廟を建てて、「本願寺」と称して、信者のよりどころとしました。
    その後に蓮如が報恩講とか勤行の方法を作ってしまったので、
    今は浄土真宗のお寺には、真ん中に「阿弥陀如来像」があり、
    左右に七高僧の掛け軸とか親鸞の御影の掛け軸などがあります。

    親鸞の生き方とは違う方向に行ってしまっています。
    正確に言うと絵像が「紙幅御本尊」で、
    南无阿彌陀佛と書いた掛け軸は「名号御本尊」です。

    親鸞はとにかく「阿弥陀仏を形で考えるな」と繰り返しています。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年11月02日 21:51
    >フードパントリーは児童養育手当のカウンターにしか申込書がなく
    対象者を括ってしまうのも一つのやり方かもしれません。が、どんな人にでも開くってのも一つのやり方です。

    別に困窮してなくても、一緒にご飯を食べよう…という子ども食堂もありますし、当無料塾も必ずしも、一般の塾に通うのが経済的に困難な子...に限定しているわけではありません。←建前上、そうしておかないといろいろ面倒な部分はあるらしいですが。

    某S原先生のように、「ぶちゃ」が関わってる子問研のように「なんだかんだで、みんなでゴチャゴチャ居よう」ってのは私は好きな考え方です。
    より難しいんですけどね。ぱっと見偏見や差別が多く出そうな気がするんですが、でも、関わってしまうと案外そうでもないんですね。
    多くのマイナーな方(←こういう言い方も何なんですが)身体に障害を持ってる方...聾唖盲の方、発達障害やその他の精神的なトラブルのある方、各種依存症の方。在日朝鮮人の方などと知り合いになりましたが、なんだかんだ言って
    『同じ人間だよな』って思います。綺麗事でなく。

    『障害者』・『貧困者』とかで括ってしまって、そういう人たちだけを対象にしてしまうと、やっぱりメジャーからの差別のもとになるんじゃないかなって思ってます。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年11月02日 22:15
    > mixiユーザー 

    子ども食堂なんかは、結構オープンですね。
    埼玉では親同士の交流の場にもなっていたりするようです。

    子ども食堂やフードバンク、フードパントリーが広がってきて、
    今までは「フードバンクで貰った食料を金額換算して、収入とする」なんて、
    滅茶苦茶な生活保護行政をしている自治体もあったのですが、
    今年から、厚労省の通知に明記されるようになりました。

    11/6にはそういう「子供の居場所」が集まって、「子ども食堂フェスタ」が開かれます。
    大宮駅のソニックシティで行われます。
    そこに、CAMEL(この前社会科の先生が来ました)も出展します。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年11月02日 22:21
    南相馬に震災後のボランティアに行って、地域のコミュニティってすごく重要なものだと感じています。
    まだ南相馬を始め、東北被災地は田舎なんで地域コミュニテイがあったんですが、東京であの規模の災害があった場合を考えると非常に怖いものを感じます。
    ・・・今回の千葉県各所はどうだったのでしょうか? また、武蔵小杉周辺は…?

    昭和の中頃なんかまでは「貧乏長屋」に住んでる子供なんかは、その貧乏長屋にいるお爺さんとかが寺子屋的に勉強を教えていたなんてのが結構ありました。
    子供は「地域の大人がみんなで」育てていたんですよね。

    現代はそういったものが崩壊してしまったんですが、どこかで再建していきたいなと思っています。
    その一つが「子ども食堂」であったり「無料塾」であったり…
    某子ども食堂は孤食児童よりも「孤食老人」のほうが多かったりして...なんて話を聞きました。
    でも、そこで出会った子どもとお年寄りが新たなコミュニテイを作ってるようです。

    「おばあちゃんの知恵」を教える事ができる「無料塾」があったっていい。
    アカデミックな年寄りって案外いて。元教授とか、教師とかも含めて… 教師は若くなきゃいけないってことはないんですよね。

    それは「道徳」を含め『なにか大切なもの』を教えてくれるかもしれません。教科だけを教えるのが塾ではありません。(公教育にはできないものを教える...ってのに私塾の魅力を感じています)
    何かとお年寄りが『老害』とか邪険にされ邪魔者扱いされ...私はこの『老害』って言葉が大嫌いで、どんなマトモなことを言ってるようでも『老害』という言葉が使われてるコメント(日記つぶやき)には「イイネ」をつけません。ルール化しています。

    世代間の断絶・・・特に現在30代後半〜40代後半の人たちと、いわゆる「団塊の世代」の確執とか...
    が色々言われてる今、世代を超えたコミュニテイの再構築がなんとかできないものかなぁとも思っています。



  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年11月02日 22:40
    > mixiユーザー 
    >親鸞はとにかく「阿弥陀仏を形で考えるな」と繰り返しています。

    信仰というものは本来そういうものなんじゃないかなと思います。
    ただ、観念的なもの「教・行・信・証」だけだと普通の人は付いてこれなかったんでしょうね。どうしたらよいかわからない?
    まあ、偶像崇拝のほうがわかり易くて安易なんですよね。

    >親鸞の生き方とは違う方向に行ってしまっています
    本当にそうですよね。
    釈尊の教えに一番近かったのかもしれません。
    釈尊は信仰というよりも「生きるための哲学」的なものの要素が強かったかもしれませんが。
    教えを文字で表したりする(実態をもたせること)を嫌ってたわけですから。

    「私はこう聞いた(ような気がするんだけどな〜)Byアーナンダー)」がお経なんで(笑)
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年11月02日 22:48
    > mixiユーザー 

    >「おばあちゃんの知恵」を教える事ができる「無料塾」があったっていい。

    これは遠山先生が言っていた「幼老園」です。
    メチャクチャ金がかかりますが、ぼけ防止と伝統の継承とコミュニティ
    そういう施設ができるといいなぁと思います。
    でも今の行政では無理ですね。老人施設は高齢者福祉課、児童施設は児童福祉課。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年11月02日 22:49
    11/6-大宮ソニックシティ…行きたいけど無理だぁ。

    CAMELの責任者-発起人?の人とは数ヶ月前に小一時間お話しまして。。。
    イーラーニングの可能性についても色々お話をいただきました。
    某職場も主要なもの(業務内容、コンプライアンス研修など)は全部E-ランで。
    で、案外いい加減に受講してる人も多い(ような)感じなんですが。どのくらいの効果があるのかとか、モチベーションや興味を惹かせるための工夫とか。。。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年11月02日 22:55
    > mixiユーザー 

    >観念的なもの「教・行・信・証」だけだと普通の人は付いてこれなかった

    普通の人というより、僧侶がついて行けなかったんだと思います。
    やっぱり偶像が欲しくて親鸞の似顔絵(御影)を書いてもらったり、
    親鸞が京都に戻ってからは、関東の弟子たちが「直筆の手紙」を欲しがったり、
    どんどん親鸞を偶像化して言ってしまった・・・
    何しろ、覚信尼の子(覚如)なら、本当の親鸞の姿を知ることができたのに、
    「親鸞伝絵」は、かなり“盛られて”いて、逆に「架空説」を生んでしまったのですから。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年11月02日 22:57
    > mixiユーザー 

    >これは遠山先生が言っていた「幼老園」です。
    おおぉ・・・今度教えて下さい。さすが遠山先生です。素晴らしいです。

    >でも今の行政では無理ですね。老人施設は高齢者福祉課、児童施設は児童福祉課。
    ねー。
    それ以上に、文科省、厚労省がなんだかバラバラやってますから。。。
    医療費とか薬価とか製薬業界的なことに経済産業省も絡み始めてワケ解んないですよね。
    各省庁のプライドとか利権とかもあるんでしょうけど、横の連絡をもっと取れーって思います。省庁を超えた合同プロジェクトとか作ればいいのにね。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年11月02日 22:58
    > mixiユーザー 

    一般の人というか、無知蒙昧な人ほど「信」を体得できた・・・これが妙好人です。
    やっぱり生半可な知識は「信」の邪魔になるんですね。
    私も中学2年で、まだ何も知識がなかったから、
    その後に読んだ歎異抄も「信」に繋がったんだと思います。

mixiユーザー

ログインしてコメントを投稿する