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2020年04月08日17:59

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「暗い林を抜けて」黒川創(新潮社)

主人公は1965年生まれの新聞記者・有馬章。
東京の有名進学校に通っていたが、「恵まれた者たちばかり」の生活圏にどこか反発と疑問を覚え、あえて京都の私立大学に入学。

大学の新聞学科で同級だったゆかりと結婚。
通信社の記者となった有馬は、転勤で各地を回るが、それにともなって会社を退職したゆかりとは徐々に溝ができてくる。
長崎支局では1991年の雲仙・普賢岳の噴火を取材。
ゆかりは長崎で、ライターの仕事を始めるが、カメラマンと不倫してしまう。

結局、夫婦間のわだかまりが修復できないまま、11年の結婚生活に幕が下りる。
有馬は沖縄に転勤となり、そこで知り合った弓子と再婚し、40近くになって男児を得た。

水戸支局では東日本大震災の取材に追われ、その後彼はガンに侵される。
大手術後も、一線の記者に戻ろうと、なんとか本社の文化部に復帰。
そして有馬は自分で企画した配信記事「戦争の輪郭線」の取材・執筆に取り組もうとする。
だが、ガンの再発が彼に忍び寄っていた。
病院の帰りに立ち寄った上野公園で、偶然出会ったのは、かつての妻・ゆかり。
そして彼女もガンと闘病中で、のこりわずかな生を生きようとしていた。


有馬の人生に、実際の日本社会の事件をからませて読ませるのかと思いきや、やや趣向が違う。
冒頭は、彼が最初に付き合っていた大学の同級生の久美の話から始まる。
当初は彼女の一人称語り、そして三人称の「久美」として物語が反転するので、読むほうは面食らう。
久美は有馬とは別の男性と結婚・離婚し、言語聴覚士として、ある老画家のリハビリを担当。
シベリア抑留者だった画家・喜多の、独特の絵画作品がひとつの呼び声のように、まったく別の時間の中で、有馬は喜多を取材する。

有馬が書いた「戦争の輪郭」の記事は、物語の中にある意味唐突に登場する。
それは戦時中、外交伝書使としてソ連に向かった若き日の経済学者・都留重人だったり、やはり戦時下のポルトガル公使だったり(トルコ大使館への赴任命令が出たものの、そのままアンカラに抑留され、敗戦直前に妻と共に自殺)、ゾルゲ事件の別の側面だったり。
大きな歴史の中の人物像と、一個人の有馬の人物史が混ざり合う中で、有馬の人生が静かに終幕に向かっていくのを読者は感じる。
久美とゆかりの物語も、有馬の人生と交差しつつ、遠くからの声のように響き聞こえてくる。

ちょっと不思議な読後感を残す小説だった。
ジャーナリズムとフィクションとの融合とでもいうか。
有馬を通して、作者の黒川氏は歴史の掘り起こしを試みたのかもしれないけど、わたしとも同世代ともいえる男女たちが病におびやかされていく様子は、なんともじんわりと悲哀が漂うし、50代とはもう「死」がそばまで来ているんだと実感がともなう。

黒川創氏は、「鶴見俊輔伝」で今年度の大佛次郎賞を受賞。
読んでみようかと思ったものの、わたしにはとても手に負えそうにないよなあと(鶴見俊輔の著作自体、ロクに読んでいないし)、あえなく退散したところに、黒川氏の新刊の小説が出ているので、こちらに手を伸ばした次第。
黒川氏の「暗殺者たち」も、そういう意味では、同様のコンセプトの小説だった。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1904994676&owner_id=5348548

それにしても紀伊国屋書店の「純文学」の棚で本書を探したらみつからず、店内の端末で再度探してみたら、なぜか置いているのが「ミステリー」のコーナーだった(;´∀`)
まあ、ミステリー小説って言っちゃえばそうなるのかも。
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