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2020年01月23日10:59

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「罪の轍」 奥田英朗(新潮社)

<Amazonの内容紹介より>
昭和三十八年。北海道礼文島で暮らす漁師手伝いの青年、宇野寛治は、窃盗事件の捜査から逃れるために身ひとつで東京に向かう。
東京に行きさえすれば、明るい未来が待っていると信じていたのだ。
一方、警視庁捜査一課強行班係に所属する刑事・落合昌夫は、南千住で起きた強盗殺人事件の捜査中に、子供たちから「莫迦」と呼ばれていた北国訛りの青年の噂を聞きつける―
さらに起こった小学生・吉夫ちゃんの誘拐事件。
脅迫電話、身代金受け渡しの失敗・・果たして犯人は?
オリンピック開催に沸く世間に取り残された孤独な魂の彷徨を、緻密な心理描写と圧倒的なリアリティーで描く傑作ミステリ。
**********************
わたしは奥田英朗氏の「伊良部一郎」シリーズほか、「サウスバウンド」とか「ガール」とか、コメディタッチの小説の大ファン。
だが、これは、シリアス路線の作品だ。

あらすじ紹介を読んで、すぐに有名な「吉展ちゃん誘拐事件」を想起したが、まさにあの悲劇をベースにした物語である。ただ、実録小説ではなくフィクションなので、実際の吉展ちゃん事件とは細部はだいぶ異なる。

主人公は宇野寛治かと思いきや、警視庁の刑事・落合や、山谷で旅館を営む家の娘・ミキ子の物語も続き、いわば群像劇となって、それぞれが誘拐事件にかかわってゆく。

こういった場合、登場人物たちのバックグラウンドを長々と書いてしまいがちだが、奥田氏は極力それを抑え、セリフと日々の行動でキャラクターをあぶりだす。

懲りずに窃盗を繰り返す、寛治の刹那的な行動も、しだいに明らかになってくる生い立ちと共に悲しさを増す。

高度経済成長の中で、激務に追われながらも、昇給のニュースに、落合は新しくできた団地への入居を夢見る。

ミキ子は在日2世で日本に帰化している。
そのために民団から嫌がらせを受けたことや、山谷労働者を支援する左翼の人々の言動を、ミキ子が冷ややかに見ていることなど、さまざまな視点でのエピソードが挟まれる。

吉夫ちゃんの誘拐犯は誰なのか?というミステリー要素もあって、後半の警察と犯人とのやりとりなどもクライマックスなのであるが、読了して思ったのは、この本の主人公は「あの時代」なのだということ。

奥田氏の、細部の描写が、昭和38年という時代の空気を連れてくる。
オリンピックを控えて、いろんなものが激変する予兆に満ちている。
刑事たちは誘拐事件の電話を使った脅迫電話、さらに事件報道で、逆に被害者宅にいたずら電話が多数かかってきたことに怒り、
「これからは通信技術を使った犯罪が増えていくのでは」と痛感し始める。
それから30年後に、インターネットの普及で、日本社会が変わっていったように。

落合刑事は北海道時代の寛治のことが気になり、捜査のため出張。
当時、東京から北海道へ行くのは、外国旅行に行くような遠さだった。
上野駅から急行「十和田」で青森へ。そして青函連絡船に乗り、函館から札幌までは5時間、さらに宗谷本線で稚内を目指し、また船に乗って礼文島へ渡り、聞き込み。
札幌までの飛行機は、運賃が高すぎるからと出張費が認められない。
「旅情」ということばが意味をなしていたのは、新幹線開通前までだったのかもしれない。

犯罪小説、警察小説というより、いわば「時代小説」なのだと思った。
昭和もすでに「書き記すべき時代」なのだと。
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