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2015年05月11日22:11

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夢の小料理屋のはなし 40

月曜日。
一週間でもっとも憂鬱な日である。
めくるめく週末の楽しさから一転して、怒涛の労働の日々が始まる哀しさ。
どうにかこうにか一日を戦い抜き、やって来ました神楽坂…って、いつもの小料理屋な訳なんだけどさ。

「あ、お帰り!」
女将さんが笑う。

改めて、皆さんにもご紹介します。
僕の家内です。
先週から、女将さんが僕の奥さんになりました。
まあ僕らも、世間一般で言う、夫婦になった訳です。
今後ともどうぞよろし…

「あなた、どうしたの?誰に話してるの?暑くて壊れちゃった?」
「いや、何でもない、女将さんただいま。」
「とりあえずビールで良いわね?」
「うん!」

夫婦になったからと言って、日常の何かが今迄と何か特別変わったと言う事は無い。
一緒に住み始めた時から、僕らは既にもうこう言う関係だった訳だし、そして今もここでこうして飲んでいる。
でも、心踊るものは強くある。
男でも、心はときめくのだ。
そのときめきが、この月曜日の憂鬱さを相殺している部分は多い。
そして、ビールが美味い。

「夏、だね、もう。台風来てるらしいよ女将さん。」
「あら、じゃあまた夜の神楽坂は静かになるのかしら?」
「でも、このお店の玄関は絶え間なく風でガタガタ鳴るだろうね。」
「でも、それでも私はその木の引き戸が好きなのよね。」
同感だ。
この、開けた時にカラカラと鳴る戸が好きなんだよね。
これから飲むぜ、って気分になれる。

「その引き戸を開けると、お酒が欲しくなるでしょう?」
「うん、とても。」
「そして、季節を感じたくなるわよね。」
「うん。」
「そんな夜は、こんなご馳走が食べたくなるでしょう?」

稚鮎の天ぷらだ。
この季節ならではの味覚である。

「この季節の稚鮎は、わたにアクが無いのよね。ホクホクした食感がお酒に合うわよ。」

粗塩でさっぱりといただく。
うん、美味い。
川魚特有の風味ではあるんだけどさ、これはこれで酒が欲しくなる。
「良いねえ、稚鮎。」
「良いでしょ?私も好きなのよね。」
「でもさ、美味しいものを自分で食べずにお客さんにひたすら出す気分て、どんなもんなの?」
「そうねえ、喜んでくれたら良いなー、って、そんな事考えてるわ。」
「いや、『食べたいなー』とか思わない?」
「それは無いわ。さっき食べたし。」
女将さんが笑う。
非常にちゃっかり者の美人である。

さて、今宵ももう少し飲んじゃおうかな。
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