月曜日。
一週間でもっとも憂鬱な日である。
めくるめく週末の楽しさから一転して、怒涛の労働の日々が始まる哀しさ。
どうにかこうにか一日を戦い抜き、やって来ました神楽坂…って、いつもの小料理屋な訳なんだけどさ。
「あ、お帰り!」
女将さんが笑う。
改めて、皆さんにもご紹介します。
僕の家内です。
先週から、女将さんが僕の奥さんになりました。
まあ僕らも、世間一般で言う、夫婦になった訳です。
今後ともどうぞよろし…
「あなた、どうしたの?誰に話してるの?暑くて壊れちゃった?」
「いや、何でもない、女将さんただいま。」
「とりあえずビールで良いわね?」
「うん!」
夫婦になったからと言って、日常の何かが今迄と何か特別変わったと言う事は無い。
一緒に住み始めた時から、僕らは既にもうこう言う関係だった訳だし、そして今もここでこうして飲んでいる。
でも、心踊るものは強くある。
男でも、心はときめくのだ。
そのときめきが、この月曜日の憂鬱さを相殺している部分は多い。
そして、ビールが美味い。
「夏、だね、もう。台風来てるらしいよ女将さん。」
「あら、じゃあまた夜の神楽坂は静かになるのかしら?」
「でも、このお店の玄関は絶え間なく風でガタガタ鳴るだろうね。」
「でも、それでも私はその木の引き戸が好きなのよね。」
同感だ。
この、開けた時にカラカラと鳴る戸が好きなんだよね。
これから飲むぜ、って気分になれる。
「その引き戸を開けると、お酒が欲しくなるでしょう?」
「うん、とても。」
「そして、季節を感じたくなるわよね。」
「うん。」
「そんな夜は、こんなご馳走が食べたくなるでしょう?」
稚鮎の天ぷらだ。
この季節ならではの味覚である。
「この季節の稚鮎は、わたにアクが無いのよね。ホクホクした食感がお酒に合うわよ。」
粗塩でさっぱりといただく。
うん、美味い。
川魚特有の風味ではあるんだけどさ、これはこれで酒が欲しくなる。
「良いねえ、稚鮎。」
「良いでしょ?私も好きなのよね。」
「でもさ、美味しいものを自分で食べずにお客さんにひたすら出す気分て、どんなもんなの?」
「そうねえ、喜んでくれたら良いなー、って、そんな事考えてるわ。」
「いや、『食べたいなー』とか思わない?」
「それは無いわ。さっき食べたし。」
女将さんが笑う。
非常にちゃっかり者の美人である。
さて、今宵ももう少し飲んじゃおうかな。
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