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mixiユーザー(id:5343821)

2019年11月18日18:20

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メータとベルリンフィル ブル8ライブ(3)

ゆっくりしたテンポで、クレッシェンドも抑えられると、弛緩した演奏になる危険がある。
実際、1楽章から2楽章は、なんともいえない雰囲気だった。
老人の危険運転につきあわされているというか、指揮者本来の意図ではなくて、たまたま身体が不自由で遅くなっているという。
先日、ボザールトリオのピアニストという人が90歳越えで開いたリサイタルの映像をみたが、すごいとは思うが、指はもつれることもあり、繰り返し聴きたいようなものでもない。

そうだ、この日のメータも、CDになったらどう思うかは、ちょっとわからない。

このスローテンポが生きるのは、やはり3楽章。ゆっくり一歩一歩踏みしめて登った山から、太陽の輝きをみるような。

宇野評論で、ブルックナーは「うまく見せようとか、人工添加物のようなものを拒絶する」みたいなことを書いていて、だからカラヤンとベルリンフィルとかは絶対だめだ(朝比奈は素朴で最高だ)、ということも同時に書いてたかもわからない。
その評論は説得力のあるものだが、結局「老い」とブルックナーが相性が良いことも意味していると思う。
老いて身体が不自由になってきて、なお外面のカッコよさにこだわる人は少ない。カラヤンですら、アンサンブルの乱れが晩年は気になったし、悲愴感を出してもいた。

メータもつい数年前なら、自由自在のサウンドが作れただろう。しかし、こうして限られた動作の中で、じっくりと演奏されることで、虚飾がはがれ、ブルックナーの本質がみえてきたこともあるのかもしれない。

聴きものだったのは、この間延びしそうな危険なテンポを、じっくりと構築していくベルリンフィルの底力だ。
力任せにハイスピードにしたって、世界最高の性能をみせるだろうこの集団が、どれだけ抑えながら魅力を出していけるのか。
これはとても、誠実な音楽だったと私は思う。最大音量の時はかなりの力を見せたが、しかし、聴きものはあの静かな持続力だ。

ウィーンフィルを聴いて思ったのは、あの楽団は自分たちの音が強烈にあるということ。自分たちの歌やリズムや音色の枠を離れることはない。基本おっさんの集団だが、メイク済みの美女という感じで、そのキャラクターは絶対的。
よい指揮者は、それを利用しながら自分の個性を加えるということになるだろう。
この日のメータの指揮を受けても、きっとウィーンフィルなら、盟友でもありブルックナー正統でもあるので、強力な補整をかけて美しい歌にしただろうな、と思った。

でも私は、そんななめらかに美しいものを聴きたくはなかった。
この「老い」を、どうしようもない速度の低下を、そのままに受け止めながら、なんとか大曲をつくりあげるというその行為を、はらはらしながら聴いていたかったのだ。

宇野評論の影響で、朝比奈が正統で、メータのブルックナーなど異端だと日本人は思っていそうだが、今回記事を見ると、ウィーン大学でノヴァークに直接師事していたとか、戦後のカラヤンのブル8を学生時代に聴いて感激したとか、実はブルックナー演奏の生き証人みたいな経歴である。
サウンドの背後にきこえたのも、ラトルやアバドではなくカラヤンである。

こんな大家でなければ、ベルリンフィル相手にあのテンポは許されなかっただろう。
とはいえ、終演後に時計をチェックすると90分ぐらいだった。ノヴァーク版第2稿は短いみたいなので、それもあるだろう。
心理的には長かった。有名な、チェリビダッケのリスボン100分ブル8を聴きたくなる。このテンポは中毒性がある。

終演後、かなりブラヴォーもとんでいて、楽団員が去った後もメータが呼び出された。樫本大進と、確かオーボエの有名人が一緒に出てきたところに、この組織の関係の良さがみえた。これは、アバド時代の遺産だろう。

帰りの道では、年配の女性が「よかった〜」と2回つぶやいていた。
指揮者の体調不良というハンデが、皆で一緒に音楽に集中するきっかけになった気がした。
ライブでしか経験できないといいたいところだが、ベルリンフィルのサイトでは、このコンビのベルリン公演ブル8がみられるようだ。生放送でもみられたのかもしれない。

しかし私は、あの日の、ホールに流れる時間が、先が見えず止まりそうになったり、ぎゅっと凝縮されたりする様子は、2月のコパチンスカヤと並んで、かげがえのないものだったと言いたい。
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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年11月20日 12:54
    最近私は、生の良さはアンコールに最も現れるのかなと思います。前半にバイオリン協奏曲で、後半に交響曲のような構成だと、前半の協奏曲でもソリストによってはアンコールとして小品を弾きます。こういうのはCDでは聞くことが出来なくて、一期一会です。オケも慣れている曲をアンコールで弾くので、本題よりも良かったりします。逆におざなりな時もあって、そういう場合本番の方も冴えないですね。生はアンコールにあり、です。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年11月21日 01:58
    > mixiユーザー 
    コパチンスカヤは、日本の現代作曲家のを弾きましたが、こっちがやりたいんだろうなと思いました。チャイコフスキーでなくて(笑)
    ティーレマンとウィーンフィルは「快速列車で」?だったか、そんな感じのポルカ1曲。これも、シャンパンのようなというか現地の白ワインのようなというか、よいものでしたね。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年11月24日 09:01
    コンサートのチケットに4万円も出すと
    なかなか客観的な感想書くのも難しいんじゃないでしょうか。
    どうしても思い入れが強くなるというか。
    ウィーンフィルとベルリンフィルを続けて聴くというのは
    贅沢な経験ですね。
    ガンか何かで、余命半年の宣告を受けたら
    自分もそういう贅沢をするかもしれません。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年11月25日 18:32
    > mixiユーザー 
    ありがとうございます。そのとおりだと思いますね。逆に、客も演奏家も、高額の動くイベントとして、実際神がかった感じになったり。晩年のカルロス・クライバーの登場のたびに神がかった感じになったのも、演奏家の凄さというより、イベントの希少性が熱気を生んだ、かえって本人に敷居が高くなったのではと思っています。
    CDのほうが評論書く分にはいいですね。メータがどういう解釈でよかった云々は、客観的に書けないので、イベントの主観的な気持ちの動きを書いただけですね。

    日記に書き忘れましたが、私自身、軽微ですが耳鳴りを経験し、健康寿命に恐れをもったというか、あと、ベルリンフィルはスルーのつもりだったのが、フェスティバルホールに6年ぶりとみたので、6年後は想像つかないなあと思って決めました。

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