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2018年09月24日22:48

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ラトルのコンサート(4)

さて、メインはラトルのマーラー9番。
リラックスしたムードで、さらっと冒頭開始。
一昔前の真面目な巨匠だったら、ここでもの音を立てたら殴られるだろうというところだが、さらさらと流れていく。
1楽章最後はさすがに静かで美しく、たっぷり歌うが、全体には苦闘というよりは克明な演奏で、すみずみまでよくわかる。
楽章間も、楽団員はニコニコ。
3楽章後半ぐらいからスイッチが入った感じで、不自然に煽ることもないが、さすがの迫力で終了、すぐに4楽章に入る。

この4楽章がよかった。
調性音楽の崩壊の彷徨いにきこえたり、マーラー個人の苦闘にきこえたり、澄んだ心境にきこえたり、アプローチによっていろいろだが、ラトルは、現代音楽を知り尽くした人がきれいに整理している感じで、チャイコフスキーのようにわかりやすく感じる。
センチメンタルでもないし、ただ構造体としてとても美しい。

ホールの音は、残響板の新設で、昔よりクラシックホールらしくなったなあという感じで、必ずしも良いと思わないが、4列目なら直接音も多いので良い感じ。
ロンドン響の音は、やはりブリティッシュサウンドで格調高く、楽器の色も渋く、羽目を外さない。ヴァイオリン両翼配置。
ラトルとのマッチングは、やはりイギリス同士でとてもよい。
小豆と抹茶みたいな。あたりまえといえばそうだが不思議。
楽器はすべてしっかり鳴りきって、乱れもなく、抑圧された感じがない。
それらすべてがあいまって、なんとも美しい構造物が生まれた。
人生の中で、最も完璧な音響体験のひとつだし、現代最先端の音楽に触れた感も。
なるほど、ラトルの魅力はここか。もっとテンポを揺らしたり、ユニークで斬新な音響を追求する人かと思っていた(古典派ではそうなのだが)。

バーンスタインがウィーンフィルを指揮してマーラーを演奏したリハーサルが、映像で残っている。ひとしきり演奏したあと、「よくまとまった演奏でした。しかしこれはマーラーなのです」みたいなことを言う。
ラトルには、そのバーンスタインとベルリンフィルの、崩壊するかどうか、指揮者と楽団のプライドのぶつかりもなければ、カラヤンのゴージャスな陶酔もなく、アバドの真摯な祈りもない。ショルティの強靭さもない。
レヴァインやブーレーズが構造体を明らかにしたときには、それ自体に新しさもあった。

考えてみたら、ラトルは「神話の後の最初の偉人」なのである。

ベルリンフィルとの首席指揮者就任公式レコーディングの最初は、Rシュトラウス「英雄の生涯」。
1959年のカラヤンを踏襲しているし、クライバーの1度きりのレパートリーでもある。
しかし、このCDのカップリングに、本人の強い希望で組曲「町人貴族」が入っている。
これは、田舎者の成金が、貴族になりたくて動き回るコメディ。
中産階級出身のラトルが世界最高の指揮者のポスト、つまりセレブになったことを戯画化しているのは間違いない。
そして、演奏もそちらのほうがイキイキしているのである。

クライバーは、ウィーンフィルとの有名な「運命」のレコーディングで、若者の名門への初登場にもかかわらず、「この曲のこの箇所が正しく演奏されたことは一度もありません」と言い放ったという。
神が神たるゆえんの伝説というべきだ。
ラトルはこういう位置には立たない。
今回のプログラムでも、バーンスタインのマーラー9番という伝説を意識しているのはあきらかだ。
つまり、ラトルは神々と闘わず、ふつうの人として、オマージュを捧げているということだ。
ベルリンフィルとのマラ9を、3ヶ月無料体験中のiTunesストリーミングで聴いてみたが、同じアプローチで克明である。

確かに命がけの、一期一会のコンサートに感動するのだけれど、戦争があるわけでもなく、表現者皆がアル中でもニコチン中毒でも、ガンでもないし、ゲイでもないし、破滅型の性格でもない。
コンサートは数限りなくある。
となると、われわれがたまにコンサートに行って、死に物狂いのマーラーに出合おうというほうが間違っているのだ。
1985年前後のあるとき、大物の来日公演に行けば、ある確率でそれに出合えた時期もあった、のだが。

ラトルはとても正しく、伝統を伝承し、美しい音を聴かせてくれた。
最高の席で、体調もよく、オーディオでこれ以上の音を経験することはないだろうし、あったとしたら少し間違っているのかもしれない。
到達点を知ると、全体像がつかめる。すると、細部へのこだわりが減る。

オーディオソフトは、同じくラトルのベルリンフィルレコーディングスが到達点だ。
神々の演奏記録は、これにかなうことはないが、極限の精神の記録として今後もできるだけよい状態で聴いていきたい。

帰りに、1月3日のプラハ国立歌劇場「フィガロの結婚」と、2月14日クルレンツィスのチケットを購入。
クルレンツィスは、神々に連なる生きるか死ぬかという珍しい人だ。
その日は仕事があるのだが、3年近く、新規事業の立ち上げで有休などとってないので、半休ぐらい許されてもよかろう。
今後もよいものは聴いておきたい。
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