mixiユーザー(id:52442885)

2020年01月26日22:38

161 view

『歯医者には2種類の治療法しかない。痛いか、痛くないか』

今更ですが、明けましておめでとうございます。

皆様におかれましては輝かしい新年をお迎えのことと、

本当に今更ですがお喜び申し上げます。


俺におかれましても輝かしい新年を迎えるつもりだったのですが、

どうやら今年もパズドラをやるだけの不毛な日々になりそうです。


いい歳したオジサンがスマホゲームなんて……という思いが無い訳ではありません。

しかし、嵐の二宮和也氏もパズドラ好きを公言している事を鑑みると、別にいい様な気もする。

ともすれば、実質的には俺もニノという事になるんじゃないだろうか?

嵐の前の静けさが少し長いだけなのでは?

“嵐”という字が欠落して“虫”になっている様な人生だけど、本当は俺もニノなんじゃないか?

不完全体X(=NANOX)に特定の条件が加わるとニノになるのか?


分からない。

俺は誰なんだ。

ニノとは一体……。



――2020年新春、俺は完全にバグっている。






昨年末、

ふと、左上の奥歯が欠けている事に気付いた。

お恥ずかしい話だが、知らぬ間に放置してしまっていたらしい。


自覚すると、途端に気になりだすのが人間の性だ。

洗面台の前に立ち大きく口を開け、何とか奥歯を覗き込もうと躍起になる。


あんぐりと口を開けた哀れなニノが、鏡越しにこちらを睨んでいた。


(いや、何考えてるんだ俺。上の奥歯なんか見えるわけないだろ。そもそも見てどうするつもりなんだよ……)


とても正気ではなかった。

身体の損傷と精神的ダメージが、まるで釣り合ってない。

ちょっと歯が欠けただけでこんな調子なら、抜けた日には死んじゃうよ、俺。

きっと死神リュークでもそんな死因は書かないと思う。




すぐさま歯医者に行こうと思った。

33歳、生き恥だらけの人生。

もうこれ以上の醜態は晒したくなかった。






普段は気にもしていなかったが、その歯医者はよく通る道沿いにあった。

到着したのも束の間、嫌な予感が脳裏をかすめる。

何故なら、クリスマスの時期に飾る様な派手な電飾が、建物にびっしりと施されていたからだ。


俺が住んでいる地域は周りが田んぼだらけで、お世辞にも栄えているとは言い難い。

そんな場所だから、夜には漆黒の闇が広がり、煌々と輝く建物はそれだけで悪目立ちしてしまう。

それを承知で電飾を施し、大衆に迎合しようとする医療機関を、俺は信用する気にはなれない。


(ええいままよ!)

意を決し、足を踏み入れる。

幸い院内には浮かれ気分の電飾などは施されておらず、白い壁を基調として清潔を装っていた。



手早く受付を済ませ、待合席に着く。

問診票を模した個人情報漏洩用紙を記入し、待つこと数分

案外早く処置室に通された。

外観とは裏腹に、人やシステムがとても良く機能しているようだ。



処置室の席に着くと、ピンクのスクラブを着た若い女性から、欠けた歯の症状について問診を受けた。


余談だが、女性に口内を見られるのは恥ずかしいと感じる反面、そこはかとない快楽を生むと考えている。

そんな淫らな考えが、この女性が担当医である事を期待させた。


一通り説明を受けると、手始めにレントゲンを撮ることに。

レントゲン室の前に移動すると、青いスクラブを着た50〜60代くらいのオジサンが待ち構えていた。


「うわぁ、虫歯4本くらいありそうだね! じゃあレントゲン撮るから、ちょっとそこの椅子に座って楽にしててねー」


挨拶も根拠も無い、中傷とも取れるレッテルを無遠慮に貼り付けられる。


(虫歯4本っておまえ、まだ診てもないのにあり得ないだろ。つーか『うわぁ』って何だよ。汚い物でも見るような目しやがって。俺はそんなに不衛生に見えるのか。やっぱりニノには見えないのか)


虫歯がある体で健全な歯まで削られやしないか、とても不安になってきた。

もしかして、そういう儲け方なのか?

だとすれば、それは歯医者として禁断の果実に手を出したことになる。

そんな悪魔に、俺は屈しない。断固として阻止する。

場合によっては暴力も辞さない。





撮影を終え元の席に戻ると、しばらく待ち時間があった。



この歯医者は待合室と処置室が窓越しに向かい合っており、椅子も互いにお見合いする形で設置されている。

そのせいで嫌でも向かいの人と目が合ってしまい、待ってる間も気が気じゃない。

歯医者側の悪意と狂気に晒されながら、ただ待つことしか出来ない無力感を覚える。


程なくして、若い女性と目が合ってしまった。

すると女性は怪訝な表情を隠そうともせず、すぐさま席を移動した。

もう無理、つらい。



厳しい現実に打ちひしがれていると

「はい、じゃあ椅子を倒しまーす」

という声と共に、視界が天井に染められた。

刹那、ヌッと顔を出したのはレントゲン室にいたオジサンだった。

こちらが不思議に思う間もなく、言葉を続ける。


「じゃあ処置していきますんで、口を開けてください」


いや、あんたが担当医なのかよ。

それならそれで、挨拶くらいしてくれても良かったんじゃないか。

なんで茂木先生のアハ体験みたいにフェードインしてくるんだよ。


色々と理解が追い付いかないまま、されど担当医は手を止めない。


「痛みが出る所まで麻酔無しで削っていきますんで、痛かったら手を挙げて下さい」


待て、待ってくれ。

直ちに治療を中断してくれ。

最初から痛くするつもりなら、問答無用で麻酔を打ってくれてもいいんじゃないか。


一方で、どこか楽観的にも考えていた。

私事だが、俺はこれまでに三軒ほどの歯医者に通ったことがある。

そのどれもが無痛で治療を行なってくれたため、俺にとって歯の治療は“痛くないもの”としてインプットされている。

されば

(そんなこと言ったって、どうせ言うほど痛くないんでしょ?)

なんて甘い考えが頭に


ウィィィィィィン!

(いってぇぇぇぇーーーー!!)


めっちゃ痛かった。

耐えられるか耐えられないか、瀬戸際くらいの痛さ。

どうせ痛いなら、意識が飛ぶくらいにしてくれればいい。

そうすれば痛みを感じることもないし、そのまま安らかに永眠できるかもしれない。

それを中途半端に耐えられそうな痛さにするもんだから、手を挙げるべきか判断に困ってしまう。


前述の通り、俺は歯医者を痛くないものとして認識している。

その誤った認識が、自分が感じている痛みが一般的にどのレベルの痛さなのかを分からなくさせていた。


もしこれが一般的に高レベルの痛さなら、脊髄反射のスピードで手を挙げても何ら問題はないだろう。

しかし、低レベルの痛さだったなら、

この程度も我慢できない弱者みたいに、陰で悪口を言われるかもしれない。

女性に口の中を見られて快楽を得る変態とか思われるかもしれない。




俺は我慢した。

33歳、生き恥だらけの人生。

もうこれ以上の醜態は晒したくなかった。







どれだけの時間が経っただろう。

俺は見事痛みを乗り切り、施術は終わりを迎えていた。

緊張が解け、全身の力が抜けていくのを感じる。

安堵すると、心なしか周囲の人々が俺に微笑みかけている様な気がした。

それは、まるでエヴァンゲリヲンの最終回の様な光景だった。


おめでとう

おめでとう

おめでとう

…………

……


喝采を浴び、得も言われぬ高揚感が込み上げる。

俺、やったよ。

拷問を耐え抜いたよ。

歯はほとんど失くなっちゃったけど、生きてるよ。


勝利の余韻に浸っていると、担当医がニッコリ笑いながら顔を出してきた。

だが、彼の口から発せられたのは祝辞などではなく、俺を更なる混沌へと誘うものだった。


「いやー、本当に痛くなかった? こっちはもうヒヤヒヤもんだったわ」


――ありがとう。


笑うしかなかった。

シンジ君みたいに笑ってなきゃ、やってられなかった。




椅子を起こされると、待合室には先程と違う女性の姿があった。

目が合うと、やはり怪訝な表情で席を移動していった。




待合室に戻ると、会計まで少し時間があった。

手持ち無沙汰に雑誌でも読もうかと、本棚に目をやる。

すると、一冊の雑誌がわざわざ開いて置かれており、俺はその内容に驚愕することとなった。


そこには、ある歯科医師のインタビュー記事が顔写真付きで掲載されていた。



(あのオジサン、ここの院長だったんだなぁ……)



もうこの歯医者に行くのはやめようと思った。
1 8

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する