mixiユーザー(id:514527)

2021年04月07日18:45

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ジェンダー化は進んでませんけど

一部の人がそうであるかのように吹聴してるだけです。

記事では「親の上下関係を想起させるためだ」とされてるけどそれは間違いで、子供は関係なくして夫と妻との位置づけでしかありません。にも関わらず子供を関連させているのは「女らならばこその視点」のためです。

子供からすればお父さん、お母さんであるのに、「子供切り捨てて」までジェンダーがなんとかというのはテロリストと同様の身勝手な考え方です。
また家族の多様性などというものはありません。夫と妻がいて子供もいるというのが「ありきたりの家族」で片親しかいないのは「欠陥家族」です。同性愛者については一緒に住んでいる(同居している)というだけで家族ではありません。

「ジェンダー問題に詳しい・・」と言ったて、ジェンダーに詳しい人は今どき珍しくありません。にも関わらずそのような表現にしているのは、肩書を偏重する人が多いための言い回しです。

>一方で、性別に基づく「らしさ」の決めつけや

については、らしさは「生物的由来」のものと「社会的由来」のものに分かれますが、社会的由来は生物的由来を元にして社会システムに組み込まれたものなので、それからハズレた人は当然います。
なので「男やもめに蛆が湧き、女やもめに花が咲く」という言葉があっても小綺麗にしている男性もいれば、ゴミ屋敷になってしまっている女性もいるわけです。




■たまひよ、「主人」「旦那」やめた TDL園内放送も…
(朝日新聞デジタル - 04月07日 16:05)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=6475479
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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2021年04月08日 03:46
    親子関係についてではありません。子供は父と母の会話を見聞きしたり、他の人が父や母をどう呼ぶかが子供の精神に影響を与えます。なので記事にある
    >子育てを母親に限定させない考え方にも基づく。

    ことをやってしまうと子供は男女の別、敷いては父親と母親の関係図式を正しく身につけられません。それは子供は他の家庭とも見比べするために、疎外感を感じたり情緒不安定に陥ることがあります。つまりは片親しかいない家庭と似た状況になってしまうためです。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2021年04月08日 22:09
    幼児及び児童の時の体験が将来に及ぼす影響については沢山の文献がありますが、どの文献に書かれていたかを調べ直すのは無理です。それを行うのであれば国会図書館に行って心理学関係の蔵書を片っ端からチェックしなければなりません。

    あなたが今回持ち出されている同性愛カップルの件について「根拠を提示」されてません。「これこれでないのか?」と思うことを述べられているだけです。それでいながら私に明確な根拠を求めようというのはあまりにも身勝手だと思われないのですか。
    最もそれより以前に、私は同性愛のカップルが子供を育てることには言及してませんので唐突感を拭えません。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2021年04月09日 13:15
    エディーさん、話が段々ずれていってしまってますよ。

    私が
    >子供からすればお父さん、お母さんであるのに、「子供切り捨てて」までジェンダーがなんとかというのはテロリストと同様の身勝手な考え方です。

    と言ったことについて、あなたは
    >別に「父親」「母親」という概念を否定しているわけじゃないから、子供は関係ありませんよ。
    >子供にとってはお父さんはお父さん、お母さんはお母さんであることは変わりません。

    と意見を表明されました。そのために私は
    >親子関係についてではありません。子供は父と母の会話を見聞きしたり・・

    と「子供についての話」だと改めて言いましたが、あなたは「突如、同性愛カップルの子育て」の話を持ち出されました。しかも私が同性愛について言及してないのにも関わらずです。
    ところがあなたは今回「別に幼児期の体験の話をしているんじゃないよ」と大外れのご意見で、あなたが私の主張に対して述べられたことをすっかりと忘れてしまってるご様子です。

    あなたにとって同性愛や同性婚が重要なことなので、何につけても同性愛に絡ませたいのかもしれませんが、私が言ってもいない話を持ち出されても返答のしようがありません。せめて、あなたはご自身が主張したことぐらい頭の中に留めておけるよう努力されるべきです。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2021年04月10日 11:47
    ジェンダー化は記事に書かれていたのをそうではないと否定したまでです。政界や経済界において要職を女性が占める割合は依然として低く、男女別の雇用はしてはいけないと定めても、総合職における女性の比率が少ないのは相変わらずです。また一般の人たちにおいても女性が男性と同等の仕事をこなせると思っている人は少ないのが現状で、意識の改革には結びついていません。男女共同参画社会を政策として取り入れても能力の壁が立ち塞がっているのです。


    記事には以下の部分があります。
    >出産・育児雑誌「たまごクラブ」「ひよこクラブ」(ベネッセコーポレーション)は、16年ごろから「主人」「旦那」を原則、使わない。親の上下関係を想起させるためだ。子育てを母親に限定させない考え方にも基づく。

    妻と夫が双方をどのように呼ぶかは好き好きですが、「親の上下関係を想起させる」というのには疑問を感じます。「ご主人は」とか「旦那さんは」と他人が呼ぶのはありきたりだし、これらの言葉に付随して「奥さんは」と呼ばれるものです。他人が「嫁さんは」というときは息子の連れ合いを示しています。
    妻が夫について「うちの旦那が」とか「うちの主人が」と他人に対して示すのは世間での習慣を受け継いだ呼び方で上下関係を意識したものではありません。夫婦間において妻が夫に対して「旦那」とか」主人」と呼ぶのは稀なケースで、「あなた」とか「おまえさん」と呼ぶケースのほうが断然多いでしょう。また子供にたいしては「お父さんが」とか「お母さんが」として示すので、この呼び方を夫婦間でしているケースはあるとは思いますし、孫が生まれたなら「おじいさんが」とか「おばあさんが」という呼び方に変わる場合もあるでしょう。

    なので「親の上下関係を想起させる」のではなく、子供とは関わりない呼び方でしかありませんが、記事を書いた人は「子供を出しにして親の」とこじつけています。それは自身の気持ちを子供に反映させ、子供が父と母に対して上下の意識を持ってしまうのではないかという思いの表れでしょう。

    乳児用のミルクやおむつが市販されてるので、「子育てを母親に限定させない」考え方と記事を書いた人はしたいのでしょうが、それは「子供不在、もしくは子供切り捨て」の考えです。

    女性の体は皮下脂肪に覆われて柔らかいのに対し、男性の体は筋肉質なので女性の体のように柔らかくはありません。この体の相違は子供にとっての心地よさとか関わるかの実験が親のいない小猿を使って行われました。見かけは全く同じ猿人形が用意されましたが、女猿人形の表面はスポンジを主として作られ、男猿人形の表面は針金を主として作られました。子猿は双方の猿人形を試した後に女猿人形の元に行って寝てしまいました。つまりは柔らかい体の方が子猿にとって心地良かったわけで、人間の子供の場合も同じであるはずです。

    子供の成長において、特に重要な時期は幼児期及び小学校卒業までの期間です。この期間に親の愛に育まれていたかどうかが将来において重要な意味を持ちます。
    乳児は母親に抱かれてミルクを飲ませてもらうことによって「母親との一体感」を得ます。それは先程述べた女ならではの柔らかな体と相まってのことで、父親に抱っこされた乳児が突如泣き出した時に父親があやそうとしても泣き止まないのが、母親に抱っこされると泣き止むのは居心地さの違いによるためです。ただ一説によれば、胎児の時に聞いていた母親の心音のリズムを覚えているためだと言われます。

    1979年兵庫県の神戸で「神戸連続児童殺傷事件」が生じました。この事件は当時14歳の少年がしでかしたもので、少年が名乗った別名から「酒鬼薔薇事件」「酒鬼薔薇聖斗事件」とも呼ばれますが事件の内容については割愛します。

    この少年の精神鑑定をした医師の話などを踏まえれば、少年は会社員の父と専業主婦であった母との間に長男として生まれ、初めての子供として皆に可愛がれ大切に育てられましたが、少年の誕生から1年四ヶ月後に次男が生まれ、更に3年二ヶ月後に三男が生まれました。少年は母乳で育てられていましたが、次男が生まれたために、母親が次男に母乳を与えているのを見てよく泣いたそうです。
    そのために「母子一体感関係の時期の短さが最低限の満足を与えなかった」と分析され、母親の愛情が次男に移ったので寂しさと孤独を感じ、三男も生まれたことによって少年の孤独感はより強まったと判断されました。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2021年04月10日 12:37
    母親の少年に対しての躾が厳しく、次男や三男がしでかしたことまで少年に責任を押し付けて叱ったことから、母親への思慕の気持ちと恨みとが合わさって葛藤が生じるようになったと分析されました。このような少年に対して祖母は常に優しく、祖母は少年の躾について母と衝突をしたことが度々ありましたが、祖母が亡くなると少年は糸の切れたタコの如く粗暴性がまして人を驚かすようなことを行い、そしてあの事件に突き進んでいきました。
    この少年については「少年A 矯正2500日 全記録」で詳しく書かれていますが、それの中からかいつまんでお話しました。
    特有な家庭環境だったためとは言えますが、子供特に少年と母親との関係は親密になりがちで、それを絶たれれば情緒不安定を引き起こし後々にまで影響を与えます。

    つまりは子供のことより自分の都合を優先しての物言いは「子供を切り捨てる」のと等しくて、親に愛されてないと思った子供は非行に走りやすいというデーターがあります。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2021年04月12日 11:58
    ジェンダーは「社会的見地から捉えた男女の性区別」でジェンダーレスは「その区別をなくそうとする考え」です。なので若干の意味相違はありますが、あなたのいうような正反対の意味ではありません。

    言葉は文脈によって意味することが異なります。かって奉公先では「旦那に対して下男や下女」が使われましたが、夫と妻においては「旦那やご主人」に対応する言葉は「奥さん」です。それを奉公先と同様な意味として受け取ってしまうのは「日本語の理解に問題がある」と共に、「被虐的な考え」に囚われてしまっているためです。

    男尊女卑とは「男性を重くみて、女性を軽んじること」ですが、男性優先社会ではありきたりです。国家を作り上げたのは男性であるために、自ずと男性優先社会となり女性は従属の位置づけになります。それは人と犬や猫が同じ社会で暮らしていても、社会を作り上げたのは人間であるために犬や猫は従属的位置に置かれているのと同じことです。
    キリスト教やイスラム教社会では「男性と女性」は別物として扱います。それは経典がそのようになっているためで、特にイスラム教社会では男女格差は当たり前となってます。それに比べれば日本の男女格差は宗教に基づいてないので、女性が男性の真似をしても殺されることはありません。

    >「嫁」も同様に家制度の中で女性の配偶者が自らの家を出て他家に嫁ぐという古い制度を象徴する言葉です。

    て、何のことを言われてるか分かりません。夫婦の間に生まれた女の子が、どこかの男と夫婦になる(嫁ぐ)ために家を出てその家に入るのが「嫁入り」で、現代でも仕組みはまったく変わりありません。それに対して男が夫婦になる女の家に入るのが「婿入り」で、これらは戸籍法における手続きと関わっています。

    新しい戸籍を作った時に嫁入りの場合には筆頭主は夫になり、婿入りの場合の筆頭主は妻になります。後者の場合に妻やその親が「家の婿です」と第三者に言ったりしますが、婿入りした男が第三者に妻を紹介する場合に「嫁です」とは言わないはずです。

    >一方であなた自身が指摘しているように女性はまだまだ差別や偏見にさらわれています。

    て、私がそんなことを言いましたか?まるで記憶にありません。男性と女性の能力には相違があるので、女性は女性として扱われているだけです。それを女性に男性と同様なことを求めるのであれば、「足が欠損している人」に足を生やしてこいと言うのと同様な愚かなことです。

    特定の事柄をどのように表現するかは個々人の知識や見識と関わっています。昨今では従来使われてきた言葉の置き換えをする人たちがいますが、それに合わすかどうかはそれぞれの人の好みで、「どの言葉が適切」かというのは無意味です。

    >ありていに言えばあなた方の言っていることは「難癖」以外の何物でもありません。

    それはあなたと私の判断基準が異なってるためです。私は物事を科学的に考察するので論理の整合性を重視して「真か偽か」判断することに重きを置いています。そのために第三者が私の主張を吟味して私の主張どおりに「真か偽か」の検証ができます。
    それに対してあなたの判断基準は「都合よいか悪いか」なので私からすれば「偽に相当する」ことがありますし、あなたの意見に同調する人は「都合よいか悪いか」があなたと同じ人だけです。

    子育てに関して私とあなたとの決定的な相違は、私が子供に視点を移しているのに対して、あなたは親の都合を重視して「子供には目を向けない」ことです。だから【「親の愛情」の子供に与える影響】という捉え方をするのであって、「子供はどのように受け取るか」ということについて考えようとはしないのです。

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2021年04月12日 11:58
    片親の子供は両親がいる家庭の子供とどう違うかは検索すればぞろぞろ出てきます。科学的なデーターが伴っているとは限りませんが、人は「経験則」で物をいう場合があります。
    例えば「教えてGoo」で【片親に育てられた子供は両親そろっている子と「何か違う」】という質問に対して
    -------------
    片親の子供というのは思わぬ常識が通用しないことがあります。
    親が子供を育てるために必死に働いているので、その分子供に対するしつけがしっかりできないです。
    (叱りつけるのだけがしつけではなく、じっくり時間をかけて教えてあげるということが難しいようですね。働いているのでどうしても時間が足りず、叱りつけるだけのしつけ+おとなしくさせるために、おやつやおもちゃなどのモノで釣るなどの傾向があります。)
    (中略)
    他には、友達の家に遊びに行くと、友達の親に対して、自分のことばかり見て!!というような態度で接し、子供同士で遊ばずに友達の親にばかり話しかけてきたりと、いまいち子供同士で遊んでいられない感じでした。
    (中略)
    「親に新しい恋人ができたとき」の子供の情緒不安定の度合いがかなり激しかったことです。やはり唯一の親である存在を他の人に取られてしまうという不安は、普通の子の情緒不安定よりも激しくて、また問題がプライベートなために改善が難しく対応に困った経験があります。この時はさすがに児童相談所のお世話にもなりました。
    -------------
    がありました。
    これらは外見から判断されたことで、子供の内面については
    ==========================
    片親のみの家庭が増えたことによる影響の1つとして、子どもの行動に及ぼす悪影響が挙げられます。こうした家庭の子どもは、行動面で多くの問題に直面しており、キレやすく、精神的な問題を抱えています。さらに、彼らについては周りの環境にうまく適応できず、自立性が欠如していることも指摘できます。このように、片親のみの家庭で育つ子どもは、精神的な問題に悩まされており、学校でも友達と適切な関係を築くことができないため、非行に走る可能性もが非常に高くなっています。

    研究者の間では、父親の不在が少年少女に様々な弊害をもたらすと考えられています。家庭に父親がいない場合、男子は社会的なルールへの違反行為に走る傾向があり、また女子については娘としての心のより所が揺らぐことになります。

    さらに、父親の不在が子どもに及ぼす悪影響を調査した結果、そうした家庭の子どもは知能指数が相対的に低く、また表現力も低いレベルに留まっていることが判明しています。アメリカの歴史家フランク・ルーサー・マットによれば、女子の方が男子よりも父親の不在による言語・表現能力への悪影響を受けやすく、父親の不在が女子の論理的な表現能力に弊害を及ぼしている、ということです。

    父親のいない子どもに対する弊害に関する調査の結果、彼らが父親とともに暮らす子どもに比べて、情緒面での障害やうつ病を抱えているケースが多いことが判明しています。
    (以下、省略)
    https://parstoday.com/ja/radio/programs-i42402
    ==========================

    米国は日本より遥かに前にシングルマザーの人が多くなっているので、それについての研究も進んでいます。その研究成果は日本人における母子家庭にも当てはまります。

    「神戸連続児童殺傷事件」は両親が揃っていたにも関わらず「特有の家庭環境」だったために少年の精神に悪影響をもたらして引き起こされた事件で、「親に愛されてないと思った」子供ならではの補償作用だったのです。

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