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2019年11月20日15:27

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堕落した「プロテスタント会派」の仕業だったわけで

誰しも世界史の授業で「宗教改革」について習ったと思うが、カトリックとプロテスタントはどこが違うかを知っている一般人は少ない。今でこそカトリックとプロテスタントは歪みあってないものの、分離当初はプロテスタントはカトリックから「異端者」と扱われた。

宗教改革の立役者とされるマルチン・ルターは修道院で従事していたが、体の奥底から湧き上がってくる激しい「情欲」に苛まれていた。カトリックの神父は伝統的に結婚をしないが、それは聖書中に「童貞はなんとやら」と記述があるためである。
しかし年若いマルチン・ルターしてみれば修道院生活は苦行そのものであった。そして日夜あれこれと思い悩んでいたが、ある時「この方法があったか!」と思わず膝を叩いたものと思われる。

それは結婚による「情欲の満喫」は正当化されるはずだ(神に受けいられる)といったもののことであるが、そのためには自分に賛同する仲間を多く集めなければならない。それは少数のままでは「異端者として葬られてしまう」のは目に見えていたからである。
そこで「結婚すれば離婚は許されない」ことに不満を感じていたカトリックの信徒に対して、「俺様が天下を取ったなら離婚は自由にする」として宣伝に努めたようである。
その結果「古女房に飽き飽きしていた力のある諸侯たち」から賛同を得られことにより、西洋史の授業で習う「95か条の論題」が張り出されることとなった。

宗教革命に成功したマルチン・ルターは同僚であった修道士に次々と淫行斡旋(結婚斡旋)をし、自身は25歳ほど下の元修道女と結婚して溜まりに溜まった情欲を発散し6人の子供を作ったそうである(資料を確認してないので、年齢及び子供の数は曖昧)。
このマルチン・ルターの功績によって、プロテスタントの牧師は「結婚によって情欲を満喫」できることとなったという次第である。

カトリックでは秘跡のひとつに結婚を含めているが、プロテスタントは含めてない。というか含められないのである。それはプロテスタント信徒は「離婚は自由」としてしまってるためで、結婚は神とは関わりないこととしているためである。

カトリックでは旧約聖書にある創世記はおとぎ話として扱ってるが、プロテスタントは事実であるとして扱っている。そのためにエデンの園は「どこそこにあった」として著された本を読んだこともあるが、聖書の記述の一部を否定し「都合の良い考え方取り入れた」プロテスタントにしてみれば、カトリックへの対抗意識から「ヘンテコな」ことを考え出すものであり、今回の記事で紹介されていることについても「その流れ」と見做せることなのだ。


■「死後さばきにあう」は廃版だった キリスト看板、制作の裏側に迫る 50万枚貼った聖書配布協力会の実像
(ウィズニュース - 11月20日 07:00)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=220&from=diary&id=5870887
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