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2021年04月12日13:32

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桜花と共に急逝した四宮正貴先生(渡邊昇ブログ 一介の素浪人より転載)


 平成22年の春に記念すべき第1回日本の心を学ぶ会が開催しました。
 四宮正貴先生には会の命名と趣意書を作成して頂き、令和三年にご逝去なされるまでの11年間、1度も欠かさず勉強会の講師をお勤め頂きました。東日本大震災やコロナ禍で休会することがあっても開催数は百八回も数え、國體論、和歌、祭祀、憲法、維新などその他多数のテーマに沿って講演されました。

 四宮正貴先生は國體や憲法に関する記述や論調、記紀万葉など古典の造詣の深さは愛国陣営の幅広い支持を受けていました。
一口に愛国陣営と言っても政治家、学者、評論家、神社、仏教などの宗教界、教育界、そして保守系団体から右翼民族派団体までと多岐にわたります。
四宮正貴先生が責任編集をなさっているオピニオン誌「伝統と革新」(たちばな出版・4月15日に第 38号発行、今後は四宮正貴先生の逝去にともない休刊決定)に詳しいのでバックナンバーを是非とも読んで貰いたいと思います。
 またお人柄もお優しい人柄で誰に対しても丁寧な口調でした。
 四宮正貴先生はよくこのような事をお話されていました。

 日本人の倫理・道徳の根本は「清明心」「正直」「誠」
わが國においては、私心をなくして天皇にお仕えすることが日本人の理想の姿として傳えられてきた。天皇に私心なくお仕え申し上げる心を汚れのない「きよらけき心」、暗いところのない「あきらけき心」、別の言葉で言えば、「心の清さ・いさぎよさ」が尊ばれた。それを「清明心」という。

 まさしく、自己の説く思想を実践なされた方でした。
 しかしながらご親族も旧友の方も口を揃えるように言われるのは「瞬間湯沸かし器」。
烈火の如く怒る姿はまるで雷鳴そのものです。辛うじて愚生は怒られた経験は一度も無いのですが、当勉強会の休憩時間に怒られた方はいました。しかし四宮正貴先生は闇雲に感情的に怒るのではないのです。皇室の尊厳を冒す発言、親孝行をしない人、道徳心の無い言動に四宮正貴先生は怒るのでした。

 さて、なぜ日本の心を学ぶ会を創立し、四宮正貴先生を本会の講師に毎回お願いしたかと申しますと、少し話はそれますが、現代社会は愛国陣営の活動をインターネットを経由して触発され、一念発起される方が老若男女問わずに数多く見受けられます。

 人はどうしても組織に入ろうとします。しかし最近では地道な学習や下積みもせずに組織を立ち上げる市民運動、政党組織を目指す選挙活動を行う人々がいます。
また歴史ある保守系団体に入会をしたり、天下国家のためなら直接行動も辞さぬ右翼民族派団体に加盟しても、ともすると日々の「時局問題」に右往左往され過ぎると本質である國體論が身に付かぬ人が多くみられます。
 そして天下国家の旗印を揚げた義憤よりも人間関係や金銭関係の集合離散に陥ります。
このような風潮は改め、小規模で愛国陣営の中で誰でも気楽に参加できる勉強会を立ち上げたいと四宮正貴先生にお願いしました。

 四宮正貴先生も口ぐせのように「内憂外患交々来る」と仰せになられていましたが、当然、主催者である渡邊昇も初心に立ち返り参加者とともに学ぶ立場であり、これは現在も変わらぬ姿勢であります。
この11年間、毎回同じようなテーマでマンネリ感があると酷評されることもある勉強会でしたが、愛国陣営で学ぶことは生涯をかけても学びきれません。悠久の歴史のある日本を学ぶには人一人の人生は余りにも短いと思います。

 だからこそ難しい内容であっても、誰にでも優しく判る言葉で話す四宮節とも言うべき独特の喋り方と、同じ内容を毎回繰り返すことで層を厚くする勉強会が出来たのです。
勉強会の設立を趣旨、そしてどうしても四宮正貴先生にお願いしく千駄木のご自宅をお訪ねした時に、「いずれこの勉強会から国政に出て、維新変革運動の風雲児を育てる」覚悟でお願いしたいと申した時の深々と頷くお姿を今でも鮮明に覚えています。

 このたび、令和3年4月9日(金)午前11時より東京の町屋斎場において故四宮正貴先生の密葬が行われ、ご遺族の方以外では50年近い親友である八千矛社社主・民族革新会議 犬塚博英議長、顧問を務めておられた政治結社大行社 丸川仁理事長、11年講師を務めていた日本の心を学ぶ会代表 渡邊昇 そして「たちばな出版」の関係者様、合わせて10名余りが参列しました。

 密葬の会場で、犬塚博英議長と丸川仁理事長から四宮正貴先生のご葬儀の模様をブログ等で発表し、弔意を示されている全国の多くの同憂同志に報告せよと命じられました。愚生のような道半ばの者が密葬の模様をご報告するのは憚ります。四宮先生を講師に迎えた勉強会の設立経緯を記し、菩提寺の真言宗智山派真光寺(東京都北区)のご住職・重原俊芳和尚の諷誦文が何よりも四宮正貴先生のお人柄を言い表していますので、ご遺族ならびに犬塚博英議長のご快諾のもとご紹介させていただきます。

諷誦文

恭しく惟(おもんみ)るに生死(しょうじ)の海は漫々(まんまん)として極まることなく法性(ほっしょう)の海は峨々(がが)として尽くること難し。覚者(かくしゃ)は之を憐れんで誓願の船をうかべ、凡夫は之に乗じて正信(せいしん)の帆をあぐ。是(ここ)において心源始めて開け、感応(かんのう)漸(ようや)く顕わる。
茲(ここ)に新円寂 俗名 四宮眞樹(まさき) 法名 法岳真皇信士 霊位
四大(しだい)不調和の為、忽然(こつぜん)として永別の旅におもむく。親族、知己(ちき)の悲しみ、ここに極まれり。思うに俗名 四宮眞樹(まき) 法名 法岳真皇信士 霊位は
 昭和二十二年三月十七日、四宮金彌、美根子ご夫婦の子供二人兄妹の長男として東京都文京区千駄木にて出生す。長ずるにしたがって、やさしく、思いやりのある、しっかりとした男子として成長する。幼少の頃から本を読み漁り、国語や社会科の先生を論破する程の読書家であった。
 二松学者大学国文学科を卒業後、大学の図書館にて司書として勤務するも、その後、四宮政治文化研究所を設立し、政治評論家として独立する。多くの機関紙、冊子の執筆活動や講演、著書を残した。その他、万葉集の研究をライフワークとし、自身も和歌を詠んだ。
 曲がった事が嫌いであり、間違っている事を堂々と言う、正義感が強く、皇室を敬い、日本国を愛する尊皇の愛国者であった。
 又、寺社仏閣を崇拝(すうはい)し、当菩提寺へも欠かさずにお参りに来る、信仰心の厚い檀徒信者であった。
 亡くなる前日のブログにこう記している。「日本人は桜の花を好む。桜の花は散ってもまた来年の春に甦る。滅亡の奥に永遠の命がある。理屈なしに素直に國のため大君のために命を捨てるという純粋なる精神もまた大和心(日本人)なのである。生命の永遠を信じているからこそ、潔く散ることをいとわないのである。」そう言い残し、その通り密言浄土に召されたのである。

 如来の大慈悲(だいじひ)心(しん)を信じ、仏性開顕(かいけん)して、生(しょう)老(ろう)病死の四苦を解脱し速(すみ)やかに仏の世界に至らんことを祈る。六大は無礙(むげ)にして常に瑜伽(ゆが)なり。四種曼荼、各々離れず、三密を加持すれば速疾に顕わる。重々帝網にして即身と名づく。
ノウマウ サマンダ アサンメイ チリ サンメイ ソワカ

惟時 令和三年 今月 今日 真光寺 沙門 俊芳 敬申

真言宗智山派真光寺(東京都北区)のご住職・重原俊芳和尚の諷誦文
お坊さんの文章

 四宮正貴先生、闘病生活、お疲れ様でした。本当に長い間ご指導ご鞭撻に賜りありがとうございました。
 復古即維新の精神を恢弘して、今後も日本の心を学ぶ会を続けていきますので見守っていて下さい。
ありがとうございました。

令和3年4月10日        
日本の心を学ぶ会 代表 渡邊昇

4月25日(日)に開催予定である第109回日本の心を学ぶ会は四宮正貴先生の追悼集会を開く予定です。
但し、会場に人数制限があります。
 尚、ご遺族のご意向により、ご自宅への弔問、香典、供花などはご遠慮下さりますよう宜しくお願いします。
第109回日本の心を学ぶ会
【演 題】追悼四宮正貴先生
【日 時】令和3年4月25日(日)午後6時30分開場受付
【場 所】文京シビック 区民会議室3C
【連絡先】渡邊昇 090-8770−7395
四宮正貴先生のブログ  四宮政治文化研究所
四宮正貴先生のTwitter  四宮正貴
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