mixiユーザー(id:4993915)

2020年01月24日14:15

63 view

帯久 2

この物語を聞いていると聖書のヨブ記を思い出す。
どんなに善い生き方に励んでも、それには関係なく災難は巡ってくる。

火付けの現行犯だから火あぶりの極刑は下さねばならない。
さてそこで奉行越前は、猫ババされた百両のことを調べる。

帯屋Bの仕業と分かっても証拠が無い。 そこで少し力業を使う。

「返しには行ったんだが、取り込み中だったので間違いがあるといけないから、
後でもう一度返しに行こうと思い、忘れたのではないか!?」と、納得させる。

では百両を返しましょう、となったが、「利息はどうする?」ということになった。
当時の利息から勘定すると10年で150両、併せて250両となった。

即座に返すことになったが、手元には百両しかない。
そこで越前は、「奉行所から百両貸すから準備でき次第返却しなさい。」
「残りの50両は年分割にて返して宜しい。 年いくら返せるか?

10両か?・・・、ン?5両か?、・・・、ン?・・・1両か?
「1両なら返せるのか!? 宜しい。 さて、裁きを申し渡す。」

「帯屋Aは火付けという大罪を犯したにより、火あぶりに処す。
ただし、処刑は返金が済んで後の50年後とする。」

それまでは親戚預けとし裁きを待ちなさい。 という大岡裁きの一席。
3 4

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する