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2021年04月26日13:39

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ヤマトグループ歴史館クロネコヤマトミュージアム見学

先日ヤマトグループ歴史館クロネコヤマトミュージアムへ見学に行って来ました。
緊急事態宣言解除中に行っています。
大人の社会科見学です。
https://www.yamato-hd.co.jp/museum/

ヤマト運輸の企業博物館です。ですが中身は名前の通りクロネコヤマトの紹介がメインです。
現地に着くと「どーん」と大きなビルが建っています。入口の近くにカフェなどがメニューを書くような案内板にクロネコヤマトミュージアムと案内がありますが「え?入っていいの?」と言う感じですが予約なしでも入場可能な施設です。
ガイドツアーは無いので自由に見て回る形になります。

ビル内の3階から6階がミュージアムになっています。企業博物館としては大きな部類に入ると思います。
そしてこのミュージアムの形が変わっていました。3階から6階までフロアごとに分かれているのではなく、らせん階段のようになっていて、各階の境目がないのです。その為階段が数段づつ何回もあります。ミュージアム内にはスロープも設けられていましたので車椅子でも見学は可能になっていました。

なぜこのような造りになっているかといえば、ヤマトミュージアムが入っているヤマト港南ビルは宅急便の集配拠点なども兼ねていて、ビルの外周部分は立体駐車場のように車が通れる通路になっています。その通路の間に二重螺旋構造でミュージアムがあるのでこのような造りになっているのだそうです。

この自動車用の通路とミュージアムはビルの外壁の内側にあるので、外からだと見えにくい構造になっています。
ミュージアム内のビルの模型やパンフレットを見てこのような構造になっているのだと分かりました。

見学は3階で受付を済ませた後、6階に行きそこから下りながら3階下りてくる形になっています。
展示は古い時代順から新しい時代順に並んでします。

6階にはシアターがありましたのでそちらも見ました。アニメ―ションで作られていて、クロネコがどのような物を配送していたかを、家族が3世代に渡って描かれている内容でした。奇麗に出来ていましたがクロネコを連呼する台詞はちょっとくどかったです。企業博物館なのだからしょうがないのでしょうけど。

クロネコヤマトの起業は1919年(大正8年)で牛馬車が主流だった時代に「これからはスピードの時代」と考え車を仕入れて運送業を始めたそうです。また1924年(大正13年)にはドライバーに制服を採用するなどかなり先進的だったようです。その後も事業は順調に拡大していったようなので、ずっと勝ち組の企業かと思いきや1971年(昭和46年)当時はそれ以前の古い体質から変化がなく競合他社からも遅れをとり「危ない会社」と言う本の中にも載ってしまうほど経営的に悪かったそうです。

その打開策として個人用の荷物を運ぶとニッチな所に需要を探した所から宅急便は始まったのだそうです。
この当時は個人が家庭から家庭へ手軽荷物を送る手軽なサービスがなかったそうです。
私の親も宅急便が出来る以前は実家から野菜などが送られると、届くころには腐っていたなどと話していましたから個人間での荷物のやり取りは難しい上に時間もかなりかかっていたようです。
この宅急便のサービスが当たり現在に至るようです。時代ごとにどんなサービスが増えて行ったかなどが紹介されていました。

あと今では誰でもが所持している携帯端末ですがクロネコヤマトでは1985年(昭和60年)から全ドライバーが所持していて訪問先でデータの入力ができるようにしていたのは驚きです。そんなに昔から持っていたっけ?と言う感じです。ちなみに1974年(昭和49年)からすでにオンラインシステムを利用しバーコードで荷物管理を行っていたそうです。こちらもネット以前から利用している事に驚いてしまいます。

クロネコの配送車も展示されていて中に入る事も出来ました。貨物室の中に入ってみると思ったより狭く感じました。外から見るともっと大きいと思っていたのですが、貨物室内に棚とかあるせいだと思います。しかし後方視界が悪いです。これで住宅街の中を走るのですから凄いと思ってしまいますね。
他にも荷物の積み下ろし体験もありましたが、こちらはコロナの影響で休止中でした。

こんな感じで見学は終了でした。映像系が少なめで掲示物を読んでいたせいか1時間半くらいはかかりました。企業博物館としては予想以上に面白かったですが、ガイドツアーなどが無い分小ぶりに感じてしまいます。1度通過してしまうと戻りにくいのは難点だとは思いました。


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