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2020年04月03日13:42

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いつまでも言わない…

■青木さやかが抱いた母への確執、抵抗しながらも迎えた最期のとき。多くの女性が悩み共感する母娘の関係性とは
(JIJICO - 04月03日 07:31)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=180&from=diary&id=6032844

物心ついた頃から、母とは喧嘩ばかり。

縦笛の練習してて出来なかったら笛で叩かれ、口答えして布団叩きで叩かれ、お風呂で潜って遊んでたら、お風呂の蓋で叩かれ…とにかくよく叩かれた。

洋服はいつもおさがり。

出来のイイ優等生の兄に出来の悪いブスな娘。と、言われていたので自覚していた。

いつも比べられては、口答えして喧嘩。
時には1か月以上無視し合った。

幼少期から、母には母の理想があったんだろうけど、そこにうまくハマった兄とハマらない娘…気を引きたいとも思わなかったし、今思えば酷い話だけど、母親がいなくなればいいのにと思っていた。

とにかく私には文句しか言わないから、この人は文句言い人形なんだって本人に言って喧嘩になっていた。

褒められた記憶はない。反抗期は特に、スーパー反抗期なので、褒められるようなことしてないし…風邪ひいたり、怪我しても怒られてた。自分は悪くなくても、とにかく周囲で起こった悪事のすべては私のせいだと言わんばかりのことをいつも言われていた。そのくせ、過干渉で箪笥や机の引き出しや交換日記や郵便物…すべて勝手に開けてみていた。
私の今の部屋のクローゼットには鍵がかかっている。母に勝手に見られないために…

ある程度の年齢になったら、私と母は気が合わないんだなと自覚できるようになった。

進路や就職などの将来のことは両親には相談せず、自分で勝手に決めて進んできた。そのため母は未だに私が美容師になれなかったことを悔いている。私の人生だからほっとけ。といつも私に言われてまた喧嘩。

今の仕事で資格試験を受ける時もこちらの都合はお構いなし。勉強してようがなにしてようが用事を言いつけてきて邪魔をする。
これくらいで落ちる試験なら何してもダメだと言われ、合格したら「今年は落ちた人いないんじゃないか?」と言われ…とにかく、可愛くないことを言い合いながら親子として生活してきた。

未だに気は合わない。趣味も違うし、何より母は私の仕事が美容師じゃないから納得出来ない。こいつはなんで介護の仕事なんてしてるんだ?なんで美容師にならなかったんだ??と折に触れて言ってくるので喧嘩している。

気が合わない母だけど、今思えばいつも美味しい料理を作って私のお腹はいっぱいだった。

理不尽なことを言われ続けて、ダメ出ししかされないけど、お蔭で今の私は強いメンタルを持っている。母のお蔭で心身ともに健康です…

色々と押し付けられて気が合わないし、自分の人生の邪魔を(言葉は悪いけど)してくる母親だと思っていたけど、今もちょっと思っているけど…見捨てられたり、虐待されたりせずに育ててくれたことに最近は感謝している。80代の母…あと何年何十年この世にいるかわからないけど、まぁせめて晩年は気が合わない娘と楽しくすごしたなと思えるようにしてあげようと思えるようになった。

幼少期や思春期、自分が子どものころにあーだったこーだったっていつまでも言わない。
自分は大人になったんだから、大人の対応をしよう。と私は思えるようになった。



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