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2020年07月01日21:14

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天国と仏教

人生は苦あれば楽あり。
これを損得で考える。
苦は損である。何かを学んで帳尻を合わす。
楽は得である。儚い。
得は徳ともいえる。未来への投資である。
何も学びえない苦というのもある。
後に捨てる修行を必要とす。
捨てれば軽く、重ければ、緻密。
時に、真実と理想が苦境を生かす。
認め合うを、理想とし、希望となる。
この理想は、以前に近しいものあり。
故に信じる。
損すれば後得をする。善を為し、死すれば天国へ往くように。
しかるに、道を知れば、死は損であり、生は得である。
得のままに終わるや、修行である。
師と書があれば成す。
修行は、稼ぎである。徳の稼ぎ。
徳至れば、神明、助を成す。
生は80年。
調子良きは、20年ほどであろう。
これを修行に費やし、未来を救い、
生を救う。
仏家にあり。金果にあり。
併せて養生を勧む。
知足清貧である。官位を退ける。
仏家の要は捨てるにあり。重ね積むにあり。
環境静かであれば成る。
人に会えば過つ。
街は、毒を薦める。
控えるべきである。
瞑想熟練せば、清らかで明るい。
天にも、認められん。
死は、如来の衣に布される。
念仏は、生と死を救う。
これら徳であり、大得である。
道を得れば、人生の得は大方である。
道を得れば、死後にも道を行くが故に。
道を得ずば、大損である。死後にも道は無し。
縛られ、暗く、労働である。
山は死後にあり、鬼となる。鬼、神あれば、山を登る。
神無くんば、拘束される。
神はあるかないかは、信心だが、閻魔は神である。
死後を裁断される。
悪を為せば、寿命は削られる。
善を為せば、見守られる。
守護が多ければ、徳であり、大得である。
捨てるは天国への投資と言える。
総て捧げよ。さすれば天国で、友を得る。
得である。徳である。
この世の修行によっては、天国の地位も定まる。
善を為すのみであれば、下士である。
瞑想を知るは中士である。
瞑想に熟練するは上士である。
天国にも仕事がある。
善悪を監視する。
時に罰を与え、時に利益しもする。
その間にも、修行をするのである。
瞑想を果たせば、高官として迎えられる。
まこと仏法は偉大である。
このように偉大である。
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