mixiユーザー(id:48131024)

2020年06月07日14:24

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人の本質

人は、愛を持っている。
どんな人でもそうだ。
愛とは、誰かの幸せを願い、誰かのためになる事を望む心だ。
みなこれを持っている。
しかし、そうに思えないだろう。
それは見過ぎている。
眼を閉じ、瞑想すれば、ありありと、人の本質が見える。
愛だ。しかし、なぜ、発現されないか?
因果のものであり、縁があれば発現されるが、縁がなければ発現されない。
また、覆う蓋がある。欲望や、見濁などだ。
仏陀は、人は動転しているのだ、と言う。
本来慈悲だと。私もようやく分かるようになってきた。
見過ぎてたのだ。しかし、瞑想すれば確かに、人の本質は善良である。
心は穢れでもあり、真心でもある。
ちなみに、見濁とは、五濁の一つで、
他に、命濁、煩悩濁、劫濁、衆生濁がある。
仏陀は五濁の悪世を、慈悲を以て現れる、とある。
仏の知見を得しめるためである。
それは、無常無我だ。
しかし、法を聞かぬ人もいる。
大いに動転している、と言うのだ。
しかしまあ、だから何だ?という話でもあるが。
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