mixiユーザー(id:4799115)

2016年03月15日00:42

5437 view

【これ読んだよメモ】菊池寛『忠直卿行状記』・太宰治『水仙』(青空文庫)

太宰治の短編小説「水仙」は以前読んだことがあるのですが、そのなかで「忠直卿行状記」のことが書かれていたので、こっちも興味が湧いて読んでみました。

フォト
フォト
越前福井藩主・松平忠直という殿様の史実エピソードをもとにした小説です。
マツダイラ姓からわかる通り徳川の親類で、徳川家康の孫にあたる人だ。

忠直卿は幼い頃からずっと周りからチヤホヤされて持ち上げられて育って君主になった。
殿様にありがちなイメージだ。
何をしても人より秀でていると思って育ってきた。

大坂の陣では一度不覚をとったものの、いざ最終局面を迎えたとき、忠直の軍勢は真田幸村を討ちとる武勲をあげ、家康からたいそう褒められた。
武将として最高の働きをしたわけだ。
忠直卿自身、武芸においても誰にも遅れを取らない自信を持っていた。

ところがある時、武芸試合を催して自身が出場して華々しい勝利をものにした夜、偶然にも武芸試合で負かした家臣たちが話しているのを耳にした。
家臣たちは「殿様は最近腕を上げて、負けてあげるのが楽になった」というようなことを言っていたのだ。

それをきいて忠直卿は、いままでの自分のやってきたこと、自分への賞賛の言葉や手にした勝利や栄光や、そういうものが一切信じられなくなった。
家臣の言葉が信じられない。
武芸で自分の本当のちからを知りたいと思って、真剣で試合をせよと命じても家臣たちは対等に相手をしてくれず、死んでしまう。
主君たる自分と家臣の間に「虚偽の膜」ができてしまい、それを取り払うことができない。

自分を対等に見てくれる人間がいないことで、なにをしても誰のことも信じられない。
それがどんどん負のスパイラルを生んで、まわりからは乱行としか見えない行為に及んでいく。


そんなような、君主という特殊な状況に置かれた人間の悲劇です。
人の上に立って贅沢の限りも尽くせる人間が、本当に得たいものが得られない。
えも言われぬ孤独感が伝わってくる。

菊池寛の小説は短編をいくつか読んだきりですが、読みやすい文章で人間的な悩み・悲劇のようなテーマをわかりやすい提示しているので、どれも読んだあとにいろいろ考えてみたくなります。
他の人の感想をきいてみたくもなる。
短編小説の読書会なんかをやるには恰好の題材かもしれません。


太宰治の「水仙」は、この「忠直卿行状記」のエピソードを引きつつ、芸術的な才能があるばっかりに人生を迷った人間の物語を書いています。
これも青空文庫で読めます。
フォト
フォト
出だしのところで、昔読んでこんな話だったと思うと書いているところ、実際の内容とはちょっと違っているね。
まぁそれはそんなに気にしなくていい。

太宰の小説では、「忠直卿行状記」の感想をこんなふうに書いている。

もしかして、忠直卿は家臣から持ち上げられていたわけではなく、本当に才能ある人間だったのではないか。
忠直卿はが家臣との関係に思い迷うようになるきっかけとなった家臣の言葉は、本当に家臣の負け惜しみだったのではないか。
だとしたら、とんでもない悲劇だ。

太宰は人間関係的なところではなく、才能的なところに着目して書いているようだね。
「水仙」では、芸術的な才能に振り回された女性を忠直卿に重ね合わせて描いている。
芸術に生きるとはどういうことだろう、というようなことがテーマですね。

これまた短いながら深い作品なので、初めて読んだときは読後にため息がでました。
太宰の中期ごろの作品は芸術について、書いたものが多くて、僕はこのころの作品が好きですね。



気になった人は二作合わせてどうぞ!
すぐ読めるよ!
5 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する