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2020年08月14日14:16

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『メロンはいかが?』第5話

『メロンはいかが?』第5話

 オケアノス一家とサガとカノンは、その日は城戸邸に宿泊することになった。「さすがにとんぼ返りはきついです…」と、それぞれの技での次元移動を担当させられることになるサガとカノンの二人が、日帰りでのギリシャと日本の往復に難色を示したからだ。
 夜になると、星矢と瞬は城戸邸の裏庭で花火を楽しむことにした。沙織も彼らの輪に加わり、大人たちは酒だのつまみだのを持ち出して、夜風に吹かれながら野外での宴会を開催した。庭の芝生の上にピクニックシートを敷き、オケアノス神、アケローオス河神、エウリュノメ女神、それにサガとカノンも加わって車座になる。
「いや〜、しかし、今日はなかなかに楽しかったな」
 夜になって気温も下がり、涼しい風の吹き渡る夜空には月と星が輝いている、その控えめな明かりの下で、アケローオス河神は夏の星座を眺めながら酒杯を傾けた。「星の子学園」の子供と一通り遊んで、彼の「お兄ちゃん魂」も満たされたらしい。
「そうねぇ。あ、大兄様、そこの白ワインをちょうだい」
「ほい」
 妹のグラスにアケローオス河神がドイツ産の白葡萄酒を注ぐ。冷やした甘口の白葡萄酒は、涼やかな夏の夜によく合っていた。
「あ、そうだ。親父の酒蔵からくすねてきた秘蔵の酒もあるんだ。サガ、カノン、飲むか?」
 ぽん、と異空間からアケローオス河神が葡萄酒の入った陶器の壺を取り出した。
「お前…。いつの間に…」
 息子の手癖の早さに呆れた顔になった父親に、長男は「まあ、まあ」と酒を酌してごまかした。息子はさらに、ぽん、ぽん、と酒壺を二つほど異空間から取り出してみせた。
「これなんか百年物のブランデーだぞ?飲むか?」
「飲む、飲む!それ、くれ!」
 カノンが「はい!はい!」と勢いよく手を上げ、「百年物のブランデー」をねだる。
「あら、楽しそう」
 花火も終わりになり、沙織が彼らの輪に近付いた。星矢と瞬は、最後に線香花火に取り掛かっていた。
 未成年の青銅たちや沙織のために、酒類に加えてオレンジやブドウのジュースが飲み物に加えられた。サガとカノンが台所からジュース類や追加の酒類を運んでくる。さらにアケローオス河神も彼らを手伝って、スナック菓子やつまみの類を運んだ。さらに彼は庭と台所の往復の途中で窓から楽器室の中にギターがあるのに気付き、沙織の許可を得ると、そこからギターを持ち出した。酔って興が乗ってきたのか、再び着座したアケローオス河神がギターを奏でだす。
「よし、エウリュノメ、踊れ」
 長兄が妹に命じる。エウリュノメ女神の娘である「優雅の女神たち(カリテス)」は「三美神」として輪舞をする姿で描かれることが多い。その母であるエウリュノメ女神も、また踊りが得意だった。
 兄同様、エウリュノメ女神もほろ酔い加減で興が乗っていたのか、彼女は素直に長兄の命に従った。素足で芝生の上に立ち、兄が奏でる楽の音に乗って踊り出した。
 身に着けていた薄いスカーフを手にして、エウリュノメ女神は舞った。彼女の動きに従って、手のスカーフは南国の色鮮やかな鳥の尾羽のようにたなびき、あるいは熱帯に住まうあでやかな蝶のように宙を飛び、変幻自在の動きを見せた。エウリュノメ女神が回転すれば、スカーフもまた体にまといつくように回転する。しなやかな腕が伸ばされれば、スカーフもまた空に伸びる。女神のくびれた腰がなまめかしくリズムを刻み、華奢な足首は軽やかにステップを踏む。素足で跳躍し、かと思えば高々と白い足が伸ばされる。手首と足首につけられた銀のブレスレットとアンクレットは月光を受けて輝き、彼女が動きに合わせてにしゃらしゃらと心地よく鳴った。地面に着くようで着かないスカーフの躍動が、見る者の目を奪う。
「…蘭の露は涙の目。愛の証は何もなく、霞む花は切ることが出来ない。草はしとね、松は傘、風は裳裾、水は玉飾り…」
 アケローオス河神が自ら奏でるギターの音に合わせ、甘やかなバリトンで朗々と歌う。長兄の歌と楽の音に乗って、エウリュノメ女神は軽やかに舞い続けた。
 その時、彼女の足元と地面に変化が起きた。
「ちょ…!星矢、見て…!」
 変化に気付いた瞬が星矢に注意を促す。エウリュノメ女神の足元では、芝生の中から花々が咲き始めていた。スミレにパンジー、プリムラに芝桜、さらにマリーゴールド、ペチュニア、ガーベラ、コスモス、リンドウ、シネラリア…と、季節を無視して、ありとあらゆる種類の花が彼女の足元に咲き集う。エウリュノメ女神の足元から始まった花々の狂宴は、次第にその範囲を庭全体にと広げていった。
「嘘だろ…」
 星矢もまた驚愕し、花々が広がっていく様に目を見開いた。
「…エウリュノメ伯母様の踊りにはね、万物を生み出す力があるのよ」
 沙織が微笑みながら、そう説明する。
 エウリュノメ女神には次のような神話がある。
 「初めに万物の女神であるエウリュノメ女神が混沌の中から立ち上がり、混沌から天と海を分けて波間で踊っていた。すると北風が巻き起こり、彼女がそれを捕らえて両手でこすると、大蛇のオフィオンが生まれた。オフィオンはエウリュノメ女神と交わり、やがてエウリュノメ女神は鳩の姿で卵を産んだ。オフィオンが卵の周りを七重に巻いて、卵がかえると、中から太陽や月、惑星や星々、そして山川草木と地球が生まれた」と。
 創造の大女神としてのエウリュノメ女神の一面を示す逸話だが、その後、「だがオフィオンが自分こそが世界を創造したと思い上がったため、エウリュノメ女神は彼の頭を踏み潰して牙を抜き取り、洞窟に追放した」と続くあたり、彼女の苛烈な一面が現れている。
 エウリュノメ女神の踊りによって現れた変化は、花々だけではなかった。青い燐光が中空に現れ、蛍のように舞い始めたのだ。
「これ…蛍…?」
「いや、蛍じゃない。なんだ、これ…?」
 ふわふわと漂う燐光を星矢が掌に乗せる。
「精霊たちが、伯母様の踊りで実体化したのね」
 沙織が二人にそう説明する。
「すっげー…!」
「綺麗…」
 季節を無視して花々が狂い咲く。エウリュノメ女神がステップを踏むと、風を巻き起こり、花びらが夜風に乗って彼女の足元を舞った。さらに青白い燐光を放つ精霊たちが彼女の周りに集い、輝きながら女神の動きに合わせて宙を動き、乱舞し、一人踊るエウリュノメ女神を美しく彩った。
 神々による宴がもたらしたあまりに幻想的な光景に、少年たちはただただ目を奪われるのだった。
 神々の舞と歌が終わると、星矢と瞬はエウリュノメ女神の踊りに惜しみない拍手を贈った。
 やがて宴会もお開きとなり、城戸邸に一泊した後、オケアノス一家は沙織と別れを惜しみながら、サガとカノンとともにギリシャに帰っていったのだった。
 ある夏の日の、ちょっとした珍事であった。

<FIN>

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