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2020年08月12日13:29

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『メロンはいかが?』第3話

『メロンはいかが?』第3話

「しかし、これもレアな光景だよな…」
 向かいに座るオケアノス一家の姿に、カノンがしみじみとつぶやいた。
 上品な白いカットソーに青いフレアスカートで、お嬢様っぽい格好のエウリュノメ女神。その隣のアケローオス河神は、「あ〜、漢字の分からない外人が変なTシャツ着てるな〜」な「竜神」Tシャツにダメージ・ジーンズのラフな姿。さらにその隣に座るオケアノス神はというと、娘たちの手作りであろう上質のワイシャツに夏仕様の麻のスーツをきっちりと着込み、いかにも紳士然としている。三者三様の姿でありながら、なぜか隣に孤児を座らせて食事介助をしている点だけは共通していた。
 アケローオス河神のどうでもいいTシャツとジーンズはともかく、エウリュノメ女神やオケアノス神の上等そうな衣装に、子供たちが手づかみしたメロンの汁だの唾液だのをこぼすたびにサガはうろたえているのだが、当の本人たちは一向に気にする気配がない。
「…っていうか、こういうことをさせていい方々ではないだが…。人間の子供の世話とか…、なんか、本当にすみません…」
 別にサガが世話をさせているわけでもないのだが、申し訳ない気分で一杯になるサガであった。
 だが当の本人たちはというと
「え?別にいいぞ?子供は好きだし」
「こんな小さい子の相手をするのって、本当に久しぶり!懐かしくて楽しいわ〜」
 と、実に気さくに保父さんと保母さんをしているのであった。
 「大洋の娘たち(オケアニデス)」も「河の神々(ポタモイ)」も、「アポロンとともに子を青年に育てる」と叙事詩で歌われている。そのせいなのか、オケアノス一族は一様に子供好きだった。そのおかげで、サガとカノンも子供のころは彼らに散々と可愛がってもらったものだ。
「う…すみません…。本当にすみません…」
 サガが小さくなる一方で、サガに比べて神々への畏敬の念が薄い星矢などは実に呑気に状況を受け入れていた。
「本人たちがこう言ってるんだからいいじゃん、サガ。美穂ちゃんも人手が足りないから助かってるし」
「そうは言うがな、星矢…」
「あれ?そういえば、蛇の王様は?」
 いつの間にか、「蛇の王様」ことオケアノス神が席を立っていたことにカノンが気付く。
「私がどうかしたか?」
 カノンの声に応えて、背後から子供を抱えたオケアノス神が姿を見せた。
「何かありましたか?」
 サガの問いに、オケアノス神はあっさりと答えた。
「いや、この子が便が出たのでおむつ交換を…」
「は…?」
 サガの手から先割れスプーンがポロリと落ちた。
「お…む…?おむ…?おむ…つ?お…むつ…?」
 サガの言語機能が壊れた。「おむつ」ってなんだっけ?と頭の中でその単語がぐるぐると回る。
 呆然とするサガをよそに、オケアノス神は子供を抱いてあやしながら元の席に着いた。そこで、サガのフリーズ状態が解除された。
「ミホサーン!」
 泣きながら、サガは覚えている日本語で叫び、立ち上がった。
「は、はい!?」
 他の子供の世話をしていた美穂がびっくりして振り向いた。ちょっとそこらでは見ない、人工のものかと思うほどに端正な容貌の白人の美青年が、泣きながら彼女に訴えているのだ。長髪で長身なだけに、迫力も段違いだ。
「ダメ!サセナイデ!コノヒト、ソウイウコトサセル、ダメ!」
「え、えと…」
 パニックになっているサガの言葉を、星矢が翻訳した。
「あのさぁ…美穂ちゃん。そこの人たち、すっごい偉い人たちなんだって。だから、あまり汚いことはさせないでって…サガが」
 そう言ってるみたい、と、サガの言いたいことを星矢は美穂に伝えた。
「そ、そうなの?人手が足りないから、私もつい頼んじゃって…。ご、ごめんなさい。いけなかったのね?」
「いや、本人たちは全然気にしてないみたいんだけど、サガがさ…。なんかすごい気にしてるから…まあ、ちょっと気をつけてあげて」
「そ、そうなのね。分かった、気をつけます」
 だーだーと泣きながら、サガは美穂に向けてこくこくとうなずいた。カノンは兄の有り様に呆れたように息をつき、「アホか…」とつぶやいた。
「まあ、細かいことは気にするな。ってか、ソコノ、オジョーサン!アトゴネンシタラ、オレトツキアイマセンカー!」
「気にしますよ!というか、アケローオス様、どさくさに紛れて、下手な日本語で美穂さんを口説かないで!」
 血相を変えるサガに、でもなぁ、とアケローオス河神は手に持った先割れスプーンを振ってみせた。
「…つーか、今さらヒステリーを起こすようなことでもないだろ?お前だって、女神のキルケにおねしょをした布団を片付けてもらってたじゃないか」
 ようやく気持ちがいくらか静まって席に着いたサガに、アケローオス河神が爆弾を突然投げ込んだ。サガが再び飛び上がる。
「ちょっ…!そ、それとこれとは話が…!」
「え!?サガもおねしょしてたの?」
 その話題に食いついたのは星矢だった。興味津々で身を乗り出してくる。
「してたぞ。カノンも。何歳くらいまでしてたかな?あれは確か…」
「ちょ…言うなぁぁぁぁー!」
 カノンが絶叫する。
「だめ!言わないで!」
「言ったら、殺すー!」
 サガとカノンが二人して慌てふためき、河神の口止めを図る。アケローオス河神はにやりと笑って、視線を泳がせてみせた。
「ふっふっふ。言っちゃおうかな〜?お前たちが何歳までおねしょしてたか、聖域中に触れ回っちゃおうかな〜?」
「だめー!絶対、だめー!」
「言うなー!」
 双子たちの慌てぶりにアケローオス河神は高笑いした。
「ふははははは!弟妹たちの弱みを一手に握るのが長兄の特権よ!サガ!カノン!お前たちの秘密をばらされたくなかったら、以後おれのことを敬い、崇め奉るように!」
「くっ…!姑息な…!」
「この卑怯者ーっ!」
 うぐぐぐ…と唸るサガとカノンに、エウリュノメ女神はぐっと親指を立ててみせた。
「さすが大兄様!やり方がせこい。実にせこいわ!」
「…おい、エウリュノメ…」
「え〜、これでも褒めてるのに」
 と、全然褒め言葉になっていない賛辞を妹は長兄に贈るのだった。
 星矢も瞬も、サガとカノンのことを良き先輩として、そして頼りになる黄金聖闘士して尊敬し、慕ってもいた。だがその二人がアケローオス河神にあまりにくだらないことでマウントを取られてうろたえている様を見ると、彼らへの敬意が少しばかり欠けそうになったのだった。

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