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2020年08月11日03:10

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『メロンはいかが?』第2話

『メロンはいかが?』第2話

「…つーか、親父に荷物持ちをさせたり、おれに荷車を引かせたりするなんて、お前くらいだよ、エウリュノメ…」
 切り分けたメロンを食べながらアケローオス河神が愚痴る。
 「星の子学園」の中に招き入れられたオケアノス一家&双子座様ご一行は、沙織や星矢、瞬、それに美穂や学園の孤児たちに交じって、食堂で持参したメロンを食べていた。
 めったに食べられない高級フルーツのメロン、それも甘くて大きくてみずみずしい上質のものを大量にもらって、子供たちは大喜びだった。彼らが持参したメロンはさっそく切り分けられ、子供たちに与えられた。孤児たちは床に座って低い座卓を並ぶと、配られたメロンにかじりついた。
「荷車?」
 アケローオス河神の愚痴の中にあった単語に、沙織が気を止める。
「ああ。聖域に持って行ったメロンはね、荷車一台分を持って行ったの。で、アケローオス大兄様に天馬(ペガサス)に変化してもらって、荷車を引いてもらったわけ」
 長兄を酷使したことをあっさりと告げ、エウリュノメ女神が小さく切られたメロンを口に運ぶ。
「馬にして…荷車を引かせた…」
 さすがに沙織が絶句する。仮にもアケローオス河神は「河の王」、そういうこき使い方をしていい立場の存在ではないはずなのだが…。
「だって、お父様とメロンを聖域に持って行こうって言ったら、大兄様が『ならおれも行く。サガに会いたいし』って言い出すんだもん。だったら、ついでに運んでもらうのが効率がいいじゃない」
「いや、そこはちゃんと厩舎から天馬(ペガサス)を引き出して使えよ。なんでおれが馬に…」
「だってぇ〜、大兄様まで荷車に乗ったら狭いじゃない。馬になってくれたら、一人分の席が空くでしょ?」
「あー、はいはい。お前の言うことは何でも正しいですよ」
 一向に悪びれる気配のない妹に長兄がため息をつく。
 妹の隣に座るアケローオス河神は、どこで入手したのやら、毛筆様のフォントで「竜神」という漢字を黒々と描いた白いTシャツを着ていた。下半身は適度にダメージを与えたジーンズで、上流のお嬢様めいた格好をした妹とは対照的に、実に庶民的な格好だった。
 アケローオス河神は妹であるエウリュノメ女神と同じ色の髪と瞳を持ち、南欧的な風貌の持ち主で、妹とよく似ていた。長い銀髪と灰色の瞳をして、北欧的な印象を与える父親のオケアノス神とはまるで似ていないが、この兄妹の容貌は母親のテーテュス女神に似ているそうだ。大洋を司る者として、夫のオケアノス神は北の海を、妻のテ−テュス女神は南の海を、それぞれ象徴しているらしい。
「あれはレアな光景でしたね…。メロンを積んだ荷車が、バシレウスとエウリュノメ様を載せて、天馬(ペガサス)に牽かれて空からこうスーッと降りてきて…。雑兵たちは目を点にして見上げてるし、候補生たちは大はしゃぎするし…。さすがに天馬(ペガサス)の正体がアケローオス様と知った時には、私も絶句しましたけど…」
 遠い目で、サガがオケアノス一家が聖域に来た時の光景を回顧する。
 「バシレウス」とは「王」を意味する言葉で、名を直接呼ぶのは恐れ多いと、サガたちはオケアノス神をこのように呼んでいる。
「で、アテナが聖域に不在と分かったら、おれを海界から呼び出して、サガとおれに『あなたたちの次元移動技で私たちを日本まで連れて行きなさい。ついでにメロンも持って』だろ。人使い荒すぎだっつーの!」
 カノンが文句を言いながら、手にした昔懐かしい先割れスプーンに苛立ちをぶつけてメロンに突き刺した。テレパシーで呼ばれてどんな変事が起きたかと思い、急いで海界から聖域に駆け付けてみれば、いきなりエウリュノメ女神にメロンを入れたビニール袋を差し出されて、突然の日本行きを命じられたカノンであった。その時の脱力感たるや…!
 エウリュノメ女神とは、双子たちは子供のころに何度か顔を会わせたことがある。双子を訪ねてくるオケアノス神に一緒についてきたリ、養母のキルケ女神の元に必要な物資を差し入れする時に来てくれたりと、そんな仲だ。なので彼女の性格もある程度は把握している。弟の「河の神々たち(ポタモイ)」が「姉妹で最強なのはステュクス大姉上だけど、最凶で最恐なのはエウリュノメ姉上」と言い合っていることも、知っている。
「あなたたちの技で日本まで来たの?」
 沙織に問われたサガとカノンはため息をついた。
「ええ、まあ…」
「一度で日本まで行くのは距離がありすぎてちょっと無理があったんで、何度か中継点を経由して、サガのアナザーディメンションと私のゴールデントライアングルを交互に使って、ようやく日本まで…」
 さすがに疲れました…と、カノンは肩を落とした。
「まあ、中継ついでにジャミールと五老峰に寄って、シオン様と老師にもメロンをお分けできたので、それは良かったんですが…」
 と、サガがぼやく。
 ギリシャから日本まで次元移動する途中、サガとカノンは、チベットのジャミールと中国の五老峰を経由することにした。そしてジャミールでは隠居中の前教皇シオンとムウに、五老峰では童虎と紫龍に会い、それぞれメロンを分けて、彼らに喜ばれたのだった。聖域の長老二人にも会えて、彼らの喜ぶ顔が見れて、とりあえずその点は満足しているサガだった。
「あの伯母様…。サガとカノンは私の聖闘士なので、あまり無茶は言わないで…」
 女神たるエウリュノメがその気になれば、サガやカノンの力に頼らずとも、自らの神力で日本まで移動することもできるだろう。だが彼女は「面倒だから」と、下僕…もとい人間たちをこき使う方を選んだらしい。
 たしなめる沙織に、エウリュノメ女神は指を立てて「ちっ、ちっ、ちっ」と舌打ちしてみせた。
「いいこと、アテナ。男なんて甘やかしちゃだめよ。男はこき使ってなんぼ!甘やかすとすぐつけあがるんだから」
「はあ…。伯母様の教えは胸に刻みます」
 二人の会話を聞いていた星矢はつぶやいた。
「…沙織さんの性格って、伯母さん譲りだったんだな…」
 エリシオンの戦いで死にかけて「もうだめだ」と思った時に、沙織に「貴方たちにはまだ生命が残っているではありませんか!」と叱咤激励されて「こき使われた」星矢は、しみじみとそう思ったのだった。
「え?なに?アテナもきっついの?お前たちに?」
 アケローオス河神が星矢と瞬に問う。「アテナは人間に甘い」というのが神々の間では通説だからだ。問われた少年二人はあいまいに笑った。
「まあ、今はそうでもないけど。子供のころとかさ〜」
「『馬になりなさい!』とか、やらされたよね」
「そうそう。『お馬さんごっこ』!」
 あはははは、と、今となっては懐かしい思い出を少年二人は屈託なく笑い合った。二人の隣で沙織は子供のころのわがまま放題だった自分の姿を思い出し、一人赤面した。
「はっはー。懐かしいな。『お馬さんごっこ』か。やった、やった!おれもやらされた!」
 孤児の少年の一人を隣に座らせて、その子がメロンを食べる介助をしながら、アケローオス河神が笑う。
「え?やら…された?」
「あんたが召使相手にやる方じゃなくて?」
 サガとカノンがそろってアケローオス河神に問う。カノンの言葉に河神は顔をしかめた。
「召使を虐げるような、そんな真似ができるか。親父に叱られるわ。おれが馬になるんだよ。で、背中に小さい弟とか妹とかを乗せて、はいどーどーって走るわけ」
「ははぁ…」
 アケローオス河神が隣の孤児にメロンを食べさせながら説明する。
「で、そうしてると、他の妹や弟も集まってきてだな。我も我もとおれの背中に乗ってきて、最後は組体操みたいな訳の分からんことになるんだな、これが」
「あはは…なんか想像つきます」
 アケローオス河神の広い背中に幼い子供たちが群がって山になり、最後は身動きが取れなくなっている彼の姿を想像して、瞬が笑った。
 一方、カノンはじーっと真顔でアケローオス河神を見つめていた。
「なに?何だ、カノン。その視線は?」
「…いや、あんた、いい『お兄ちゃん』だったんだなーって…」
 まじまじとカノンがアケローオス河神の顔を見る。
「あのな、カノン、お前はおれを何だと思ってるんだ?」
「ただのスケベ」
 カノンが即座に断言する。
「あのなぁ…」
 アケローオス河神がため息をついた。まったく、可愛がり甲斐のない「弟」である。
「大兄様、こう見えて優しいのよね。そういう子供のわがままにもちゃんと付き合ってくれるの。ただし怒ると鉄拳制裁が飛んでくるけど。特にお父様に逆らうのは厳禁ね。そういう上下関係には厳しいのよ。でも私も良くやってもらったわー、『お馬さんごっこ』。懐かしー」
 エウリュノメ女神が笑いながら、どことなく自慢げに長兄の話をする。何だかんだでアケローオス河神は弟妹たちに慕われていた。
 そんな兄妹を見るサガは、羨ましそうだった。
「いいなぁ…。『お馬さんごっこ』。私たちはしてもらったことないなぁ…」
 羨ましそうにサガが漏らした本音に、アケローオス河神は困った顔になった。
「いや、だって、お前たち、出会った頃にはもう背に乗せられるほど小さくなかったし。肩車はしてやったけど、あれもかなりきつかったぞ?」
「ん〜…でも…」
 なんかいいなあ…と、遠い目でいつまでも羨ましがっているサガに、アケローオス河神はこう聞いた。
「え?なに?お前、おれの上に乗りたいの?だったら、今夜にでもおれの腰の上に乗せて揺さぶって…」
「ちょ…っ!」
 唐突かつ意味深なアケローオス河神の言葉に、サガは赤面した。
「子供の前で…何を…!やめてください…!」
 もう…!とサガは慌てたが、無垢な少年たちには幸いにも意味が通じなかったようだ。孤児の子供たちはというと、ギリシャ語で会話していたので、そもそも何を話しているのか分からない。意味が通じた大人たちはというと、皆、平静な顔でスルーしていて、彼らの中でうろたえているのはサガ一人であった。
「『お馬さんごっこ』!私もやりたい!」
 エウリュノメ女神の隣に座ってメロンを食べていた女の子が、星矢と瞬の会話を聞きつけて、そう声を上げた。アケローオス河神に介助してもらっていた少年も、「僕も!僕も!」と手を上げた。
「そうか。やりたいか?じゃあ、お兄ちゃん、久しぶりに張り切っちゃおうかなー?」
 ギリシャ語で発せられたアケローオス河神の言葉を沙織が翻訳して伝えると、子供たちは歓声を上げた。
「わーい!」
「お馬さん!お馬さん!」
「ちょ…いいんですか、アケローオス様?」
「ん?別に構わんぞ?後でポニーにでも化けて、子供たちを背に乗せてやるさ」
 戸惑うサガに対して、アケローオス河神は「子供たちの馬になること」をあっさりと請け負ったのだった。

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