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2019年01月14日03:03

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『ヘラクレスの死』第3話

『ヘラクレスの死』第3話

 ヘラクレスは死に瀕していた。
 デーイアネイラが媚薬と信じて彼の下着に塗りつけたネッソスの血には、ヘラクレスの矢についていた水蛇ヒュドラの猛毒が含まれていた。その下着を着たヘラクレスが太陽の光に当たるや、毒は泡立ち、ヘラクレスの皮膚を焼き、ただれさせた。苦痛のあまりにヘラクレスが衣服を脱ごうとしても、皮膚が一緒に剥がれ落ちてしまう有り様だった。さらに毒は皮膚を通して、内臓まで達し、もはや手の付けようがなかった。ヘラクレスは怒り狂って使者のリカスを海中に投げ落として殺したが、苦痛の軽減には何の足しにもならなかった。
「思えば、かつてアポロン神に予言されたことがある。おれに課せられた労苦を完遂したあかつきには、おれは不死の神になるだろうと。どうやらその時が来たようだ」
 死を悟ったヘラクレスはオイテ山の山頂に薪を積み上げさせ、自分の体をその上に横たえさせた。
「父上…、父上…っ!」
 父の脇に長男のヒュロスが駆け寄った。リカスとともに父に下着を届け、その後の惨状を目にした彼は、何が起きたかを報告するために母のもとに戻った。そして再び、父の所に取って返したのだ。
「おお、息子よ。畜生!あのオイネウスの娘め!あんな女と縁を結んだのが、そもそも破滅の始まりだった!ヒュロスよ、息子よ、どうか父の仇を討ってくれ。こんな忌まわしい贈り物をよこした女をそのままにはしておくな」
「父上…」
 ヒュロスは泣きながら話した。
「母上は…亡くなられました!」
「なんだと!?」
「父上、母上は決して悪気があったわけではないのです!」
 ヒュロスは、母が父をイオレーに奪われるのではないかと案じたこと、父の愛をつなぎとめるために媚薬と信じたネッソスの血を使ったこと、そしてその血が実は毒であり、そのためにヘラクレスが瀕死の状態になったと聞くと、デーイアネイラは罪の意識から自害したことを話して聞かせた。
「父上…、母上は、剣で自分の胴を貫いて自ら死んでしまわれました!ああ、父上、どうか母上を許してあげてください!」
 息子から妻の死を聞いたヘラクレスは嘆息した。
「ああ、あの女は死んだのか。おれの手にかかって死ぬべきだったのになぁ。ネッソスの奴め!見事に自分を殺した者に復讐したというわけだな。ネメアの獅子にもレルネの水蛇にも勝ったこのおれが、あんなつまらぬ奴のために命を落とす羽目になるとは…!」
 猛毒に体を焼かれる苦しみにあえぎながら、やがてヘラクレスは息子に言った。
「ヒュロスよ、息子よ、最後に頼みがある」
「何でしょう?」
「この薪の山にお前が火をつけるのだ。おれを火葬してくれ」
 父の求めにヒュロスは驚愕した。
「そんなこと…出来ません!父上を焼き殺すなど!」
「いいから、するのだ。この苦痛を終わらせてくれ。お前が本当にこのおれの息子であるならな。証を立てろ。勇気を振り絞れ」
「父上…」
「幾多の苦難に黙って耐えたこのおれが、此度は女のように泣きわめいて、無様な姿をさらしてしまった。星空の王ゼウスを父に、高貴なアルクメーネーを母に持つおれが、今はまるでぼろきれのように横たわっている。だがそれも終わりだ。天にいる父ゼウスの声が聞こえる。見ろ、おれを天に招いているぞ」
「うう…父上…」
「それに美しい青春の女神へべの姿も見える。おれが神となったら、女神ヘラとの娘であるへべを花嫁にやろうとゼウスが言っている。…ハヤク、ワカクテキレイナヨメサント、イチャイチャシタイ…」
「父上ーっ!」
 父親がこぼした本音にヒュロスは思わず叫んだ。
「新しい妻とイチャイチャしたいから昇天するって…母上はどうなるんですか!?」
「あの鬼嫁とはもう縁が切れた!それにどうせあの女は冥府行きだ」
「あんまりです!しかも母上が死んですぐに自分は再婚だなんて!」
「これも我が父ゼウスの意志だ。文句を言うな。さあ、早く火をつけろ!」
「いやですよ!」
「何だと、父の言うことが聞けんのか!?この親不孝者め!」
「私には出来ません!」
 その時、一人の羊飼いが通りかかった。
「おお、そこの羊飼い!」
 ヘラクレスが呼び止める。
「は、はい?」
「そこのお前だ。名前は何という?」
「ポイアスです」
「では、ポイアス、お前がこの薪に着火してくれ。礼におれの弓をやる」
「は、はぁ?」
「いいから、火を着けろ!」
 ポイアスという羊飼いはヘラクレスの勢いに押され、薪に火をつけようとした。しかし薪が湿っていたのか、なかなか火は着かなかった。舌打ちしながら、ポイアスは何度も着火を試みた。
「ヒュロス、最後にもう一つ、頼みがある。こう、右手をおれの手の中に置いてな、誓ってくれ。おれの父ゼウスの頭にかけて」
「何でしょう、父上。何であれ、誓いますとも」
「オイカリアでおれが捕虜にしたイオレーな、お前が妻にするのだ」
「…え?」
 ヒュロスは父を囲む人々を見渡した。その中にイオレーもいる。自分の母と同じくらいの年齢の、恰幅の良い三十代半ばのおばさん。今年十五歳のヒュロスより二十歳は年長である。
 さーっとヒュロスの顔から血の気が引いた。
「いやいやいや、無理無理無理ーっ!」
 ヒュロスは叫んで父に言った。
「無理ですよ!あの人、死んだ母上と同じくらいの年じゃないですか!それに母上が死んだのも、父上がこうなったのも、あの女のせいも同然なんですよ!一緒になんて暮らせません!」
「まあ、そう言うな。イオレーに若い夫を与えると約束してしまってな。適当なのがお前しかおらんのだ」
「そんな理由で私に押し付けないでくださいよ!ってか、父上、イオラオスの時もそうでしたけど、自分が手を付けた女を身内に下げ渡すその癖、やめましょうよ!」
 イオラオスは、ヘラクレスの甥、ヒュロスの従兄にあたり、水蛇ヒュドラの退治をはじめ数々の冒険でヘラクレスに従って彼を助けた男である。ヘラクレスは「十二功業」を終えた後、先妻のメガラをこのイオラオスに妻として与えていた。メガラとの間の子供たちをヘラクレスが発狂して殺してしまったため、もう自分の子供をメガラは産んでくれないだろうと思ったからだ。イオラオスは、ヘラクレスの双子の弟であるイピクレスの息子なので、ヘラクレスとイオラオスの年齢差は当然十五歳ほどで、メガラとイオラオスの年齢差も同じくらいはある。伯父に心酔するイオラオスは黙ってヘラクレスの決定に従って、年増の妻を迎えたのだった。
「イオラオスも何だかんだでメガラと娘を作ったじゃないか。ヒュロス、お前も頑張れば、いける、いける」
「むーりーっ!」
「死に際の父の頼みだぞ!断ろうとは何事だ!」
「全然、死にそうにないんですけど!?」
 その時、
「あ、着いた」
 と、ポイアスが言った。
 たちまち薪が燃え上り、ヘラクレスが火に包まれる。ヒュロスは炎の熱さに飛びのいた。
「ああ、父上、父上ーっ!」
「ではヒュロスよ、後は任せたぞ。下の弟たちを強く育ててくれ。イオレーと仲良くな。おれの母アルクメーネーの老後の面倒もよろしく頼む」
「父上ーっ、後に託されることが多すぎます!」
「みんな、さらばだ。黄金の冠を付けた麗しの女神ヘベよ、今行くぞぉ…」
 燃え盛る炎はたちまちヘラクレスの死すべき肉体を焼き尽くした。すると天から雲が降りてきて、火葬壇を包み込んだ。雷光が走り、雷鳴がとどろく。そして雲は再びゆっくりと天に昇っていく。ゼウスが息子ヘラクレスの、自らに由来する不死の部分を神として天上に迎え入れたのだ。
 ヘラクレスの神霊を包んで天に上っていく雲を見つめながら、呆然とヒュロスが地面にひざまずいた。その肩を、がしっとつかむ者がいた。イオレーである。
「……」
 ヒュロスが恐る恐る彼女の顔を見る。
「うっふっふ。お肌ピッチピチの若い夫!逃がさなくてよーっ!」
「…いーやーっ!精気を吸いつくされるーっ!」
 こうして息子ヒュロスの悲痛な叫びの中、ヘラクレスは神として昇天したのだった。

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