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2021年01月08日21:08

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「ラブユー東京」で始まり〜昭和歌謡曲141オリコン〜「東京のバカヤロー」で終わった

〜淳子「はじめての出来事」〜シンシアも昌子もなかった1位〜サムエル「ラストチャンス」は2位〜

先月の昭和歌謡日記で「シンシアにはオリコン1位曲がない」と書いた。
確かにないんだな(「17才」が2位で最高)。
他の‘70年代アイドルは、たいてい一回は1位を取っている。
あの浅田美代子さえも(^^:

キャンディーズは、ヒット曲「春一番」が
フォト
オバケヒットの「およげたいやき君」に阻止され、1位を取れなかったが、
引退曲「微笑み返し」がファンの力で最後に1位を取ったのは有名な話。

さて、そのオリコンだが、始まったのは昭和42年の11月だという。
栄えある、最初のオリコン1位曲(43年1月4日付)は、
るんるん「ラブユー東京」黒沢明とロス・プリモス作詞:上原尚/作曲:中川博之
昭和41年4月リリースだから、ずいぶん時間が掛かった。
https://www.youtube.com/watch?v=E0D6yx-D1ws

この曲もずいぶん流行った記憶がある。

私がオリコンと言う言葉を意識したのは、47年初めから48年夏に掛けて
天地真理が、デビュー2曲目の「ちいさな恋」から3曲連続、1曲挟んで、
また「若葉のささやき」「恋する夏の日」で連続1位という当時としては、
離れ業をやってのけたことだ。

かたや、ライバルの小柳ルミ子は、デビュー曲「わたしの城下町」が
フォト
12週にわたって週間1位を独走した(だからシンシアの「17才」も
1位を取れなかった)。
この記録は2016年現在、ソロの女性歌手では歴代1位の記録だそうだ。
ふたりとも凄い記録を持っている目

かたや、シンシアは最高2位が一度だけ。
「3人娘」と言っても、レコード売上では、ずいぶん差があった。
昭和46年当時、デビューして「娘」という年ごろは、この3人しか
いなかったから、纏められた感がある。
欧陽菲菲も、平山三紀もちょっと年を行ってる。

手(パー)「中三トリオ」では、桜田淳子は「はじめての出来事」で初めて1位
https://www.youtube.com/watch?v=RX1oIB2ZA88

作詞:阿久悠/作曲:森田公一、昭和49年12月

百恵は「冬の色」作詞:千家和也、作曲:都倉俊一
https://www.youtube.com/watch?v=mEtlt0c0Mgo


♪あなたから許された口紅の色は♪
この曲が1位を取ったとは知らなかった。
実際に売り上げ52万枚って、ビッグヒットではないね。
リリースは奇しくも49年12月と、淳子と同じ時期だったのか!?
そして、「1位獲得当時は15歳11ヶ月の女性ソロ最年少」
それは知らなかった。
百恵と淳子は学年は一緒だが、生活年齢で9カ月、淳子が長いからな。

で、森昌子もオリコン1位がなし
チェリッシュも太田裕美もなし。
太田裕美は自身の最大ヒット「木綿のハンカチーフ」(50年12月)は、
キャンディーズの「春一番」同様、「およげ!たいやき君」に阻止された。
売り上げ数なら1位を取ってもおかしくないんだがね。(86万枚)
オリコンは週で売れたレコードの順位だから、例えミリオンセラーになっても、
もっと売れた曲があれば1位にはなれない。

人影新御三家は最初に取ったのが西城秀樹は「ちぎれた愛」
作詞:安井かずみ/作曲・編曲:馬飼野康二昭和48年9月
https://www.youtube.com/watch?v=CuHaQFfCM1g


これの前の♪君が望むなら♪ヒデキー!!”の
「情熱の嵐」6位の方が印象に残っている。
あと「YOUNGMAN」でも取っている。

郷ひろみは「「よろしく哀愁」49年9月、、、だけ

野口五郎は、49年10月の「甘い生活」で初1位
やはり、この49年はヤングアイドルが本格的な歌手に脱皮した年と言えるね。
続く「私鉄沿線」で連続1位。だがその後は、なし。

そんなことを言っているうちに昭和52年、またオバケアーティストが登場。
ピンク・レディ!連続9曲1位

しかし、そういう昭和の記録も平成になってことごとく破れたんだな。
ジャニーズやAKB系に1位獲得数とかデビューからのシングル連続1位や
獲得作品数で。


でも、いまだにシングル売り上げ1位「およげ!たいやき君」
2位が「おんなの道」と昭和の曲と言うのが良いな。
手(パー)昭和最後のオリコン一位(昭和64年1月2日付け)は
「とんぼ」長渕剛(作詞、作曲も)63年10月リリース

https://www.youtube.com/watch?v=jIe5GtVhD0k
昭和のオリコンは「ラブユー東京」で始まり、「東京のバカヤロー」で
終わったのか!?

あせあせ最後に平成ネタだが平成10年
日本テレビのバラエティ「電波少年」で売れないバンドに
「3か月間、3人で1つの部屋に、こもって曲を作り、その曲を
次のシングルとしてリリースを約束する代わりに、そのシングルが

オリコン初登場20位以内に入らなければバンドを解散・音楽以外の職種に
転職しなければならない」

この企画、時々見ていた。
彼等のバンド名はSomething ELse、リリースした曲「ラストチャンス」は
https://www.youtube.com/watch?v=ZSF6V3ffT78


運命の発表時、初登場2位になり、みごと首がつながった。
結局、このバンドもその数年後、解散したんだが。がく〜(落胆した顔)


霜降りの粗品、歌手としてオリコン1位を取ったら、
M−1、R-1に次ぐビッグタイトルだな!
位置情報霜降り粗品、音楽活動を本格化 レーベル立ち上げ&YouTube発表のボカロ曲リリースへ
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=54&from=diary&id=6370395



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