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2020年10月20日22:00

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筒美京平〜ブルースリー〜デヴィ夫人←共通することは→ジョン・レノン、たこ八郎、ストロング小林

〜「ダイナマイト!」と叫んだ人、「岡山のオバアチャン!」と叫んだ人〜

先週、1970〜80年代を代表する人気作曲家筒美京平が死去していた、
というニュースが流れた(享年80)。
特に1971年は「また逢う日まで」(尾崎 紀世彦)がレコード大賞を受賞、
「さいはて慕情」(渚ゆう子)が歌唱賞、「さらば恋人」(堺 正章)が大衆賞、
「雨がやんだら」(朝丘雪路)「真夏の出来事」平山みき」で作曲賞、
「17才」南沙織」で新人賞と 筒美京平作品が賞を独占した。
(最優秀歌唱賞と最優秀新人賞は受賞ならず)

グループサウンズに始まり、シンシア、麻丘めぐみ、郷ひろみなどの
ヤングアイドルに多く提供した。多分にアメリカンポップスにインスパイア
されたモノが少なからずあったが。

洋楽と言えば、マイミクさんがクリフ・リチャードの
「ダイナマイト」を紹介していた。これリリースは1959年だが、’
65年にリバイバルヒットをしたのを覚えている。

「ダイナマーーイト!」と絶叫するのが当時の小学生の間でも流行った。

クリフ・リチャードとシャドウズって、ビートルズ以前の人気歌手で、
アメリカで言えば、ニール・セダカやポール・アンカと同じ世代と
言う感じだが(10代の終わり1950年代の終わりにデビュー、ブレイクした)、
ジョン・レノンやリンゴ・スターとと同じ1940年生まれなんだな。
ジョンとは同年10月生まれまで一緒。

クリフの曲は、彼が歌ったとは知らず、
♪やーまに行こうよサマホリデー♪の「サマーホリデー」とか
藤田まことが67年頃カバーした「コングラッチュレーション」を耳にした。
↓坂本九版で


手(パー)話は変わって、先日、mixiのニュースでは、
デヴィ夫人の27歳当時の写真が公開され「美人だ!」
という賞賛の声が挙がった。(中央画像)
今は、ああいうキャラだが、やはり私が小学生の時、インドネシアの
スカルノ大統領の奥さん(第3夫人だが、正妻)になったデヴィさんと
いったら、日本のシンデレラだったよ。その後、スカルノ大統領が
65年に失脚し、日本に戻って来て、
2000年くらいから盛んにテレビに出るようになったんだね。
女王様キャラで出川哲郎なんか、よく弄られたが、
もう出川が若手芸人を弄る立場になったのか!?
位置情報出川哲朗ドッキリにおっさんずラブファンからも非難の声が
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=145&from=diary&id=6275822


手(パー)またまた話は変わって、マイクさんの一人が、
「今年はブルース・リー生誕80年」と、つぶやいていた。
1973年、私が高校生だったが、大ブームを呼んだ。
ただ、ブームになった時は、すでに亡くなっていた。

がく〜(落胆した顔)訃報と言えば、9月29日、レツゴー三匹の 正児さんが亡くなった。
フォト
最初のつかみで「ジュンです!」「長作でーす!」と自己紹介をし、
真ん中の正司が「三波春夫でございます」と、恭しく言って、両方からド突かれる。

手(パー)さて、ここまで出て来た5名
(ジョン・レノン、リンゴ・スターを含めて7人と言っても良いが)。
共通点がある。それは1940年生まれ。

他に、麻生太郎副総理兼財務大臣、野球の王 貞治、大相撲、横綱大鵬、
サッカーのペレ、ボクシングの海老原博幸、写真家の篠山 紀信、将棋の加藤 一二三
と各界を代表する人がこの年生まれ。
シンシアなんかお世話になった作曲家の先生と旦那が共に‘40年生まれってことか!?

プロレスでは、ストロング小林、現役時代は‘42年生まれとか言っていたが、、
フォト
それに上田馬之助とサンダー杉山、、、(^^:
3人共、元IWA世界ヘビー級王者だった。

杉山、上田のコンビで、坂口征二、ストロング小林の保持する北米タッグ選手権に
挑戦したなぁ(1978年12月)
フォト

パンチボクシングでは、他に藤 猛(ふじたけし)と、たこ 八郎がいた、、
藤 猛も世界王者だった。WBA・WBC世界スーパーライト級王座。
ハワイ州ホノルル出身の日系3世のアメリカ人だが、1967年王座奪取の時、
『オカヤマのおバアちゃん、見てる?』『ぼく、ヤマトダマシイで勝ったよ!』
と、たどたどしい日本語でマイクアピール。このフレーズが受けた!
フォト
オカヤマのオバアチャンって、藤の祖母もハワイ出身で、
この時、たまたま岡山県に来訪していたとのこと。
みんな岡山県に住んでいると思ったが(^^:。

書いていて気付いたが、1940年生まれの人は、‘67年に大きな出来事があるな。
筒美京平氏も最初のヒット曲が同年8月の『バラ色の雲』〔ブレッジシンガーズ〕だし。デヴィ夫人は長女出産。ストロング小林は67年7月デビュー(覆面太郎としてだが)。
ブルース・リーはアメリカテレビドラマ、「グリーン・ホーネット」の助手兼運転手
のカトー役を演じた時か!?私、このドラマは見ていないんだよね。
フォト

手(パー)1940年、昭和15年、日本は紀元2600年、東京オリンピックと
万国博覧会を招聘したが、戦争で返上した。

この年に生まれた人は名前に「紀」の字が付く人が多い(篠山紀信もそのひとり)
以前、ある女性の父親の名前に「紀」の字が入っていたので、
「もしかしたらお父さん昭和15年生まれ?」と聞いたら、
「えええ!どうして分かったの!?」と驚かれた。

私の世代では、就職した時、‘40年生まれの人は課長から部長になるくらいの
世代だった。私の部長に二人、いたなぁ。

ともあれ、筒美氏を始め亡くなった方もいるが、今年は80歳の「傘寿祝い」
100歳目指して頑張ってください

最近見ないけれど、この人も‘40年生まれ。
フォト




18 14

コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2020年10月20日 22:14
    ブルース・リーやジョンレノンなど生誕80年の人が多いですね。
    サラリーマン時代の上司も今80歳になっていますが、どんな生活をしているのか分からないです。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2020年10月20日 22:44
    > mixiユーザー 
    ジョン・レノンは今年生誕80年。亡くなってから40年ですね。
    私の上司だった1940年生まれの部長2人は、本当は2000年に
    停年退職でしたが、一人は役員、もう一人も嘱託として
    会社に残っていました。
    今は、どうしているのかな?
    まぁ退職はしているでしょうが。
    亡くなったという話も聞きません。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2020年10月21日 00:43
     クリフ・リチャードの『ダイナマイト』は、本国イギリスよりも日本でヒットしたようですね。あと、『しあわせの朝(Early in the morning)』も日本のみのヒットとか。全米でヒットするのは、1976年の『デビル・ウーマン』まで待たなければならなかった。ビートルズやストーンズよりも前から活動しているのに、クリフにとっては、アメリカでのヒットは大きな壁だったようですね。

     1940年生まれの人が80歳なんですね。僕が生まれた1963年に80歳だった人は、1883年生まれ。明治憲法発布も、日清戦争も、日露戦争も、韓国併合も、第一次世界大戦も、米騒動も、昭和恐慌も、経験していたんですね…
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2020年10月21日 00:49
    僕もこの「グリーン・ホーネット」ははっきり記憶にないんですよね。
    67年だとすると、小学校2年生。
    ウルトラセブンやサンダーバードに夢中になってた頃かな。

    とにかくブルース・リーとしては、初めてテレビで大暴れできると思っていたら日本人役で、忸怩たる思いであったと何かに書かれてた気がしますが、出世作であったことは間違いないでしょうね。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2020年10月21日 12:25
    > mixiユーザー 
    >本国イギリスよりも日本でヒットしたようですね
    そうですか!?よくあるパターンですね。
    今、聞くと、やはり「ビートルズ以前のロックンロール」
    という感じがします。
    この曲とは関係ないけれど、66年頃、「女王陛下のダイナマイト」
    という映画もヒットして、なんかそれの主題歌だと
    思っていましたよ。
    相乗効果は、あったでしょうね。

    ブルース・リーもジョン・レノンも生きていれば80歳かぁ!?
    1940年生まれの人で頻繁に見るのは麻生大臣とデヴィ夫人ですが
    二人共元気ですね!


  • mixiユーザー

    mixiユーザー2020年10月21日 12:27
    > mixiユーザー 
    「グリーン・ホーネット」というマスクのヒーローものが
    人気を博していたのは知っていました。
    でも、そう目新しいドラマでもないし、「ちょっと衣装が普通のバットマン」
    という感じでした(苦笑)。他のチャンネルに、
    興味を引く番組があったんでしょうね。
    私は見ていませんでした。

    ブルース・リーがこのドラマに出ていたというのは、
    後年、話題になりましたね。
    Youtubeにありましたよ。
    https://www.youtube.com/watch?v=9uhrB5MEcEs
    やはり、カトー(ブルース・リー)の空手アクションが
    売り物だったんでしょうね。
    あと、彼が素顔で空手家のちょい役で出演した映画が
    「ブルース・リーの○○」と紹介されたりしました(^^:
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2020年10月21日 13:49
    デヴイ夫人はオノ・ヨーコと並んで、1960年代の日本人女性の中で世界的に有名になった二大ヤマト撫子である。

    というジョークを聞いたことがあります。

    二人とも当時の一般的な評判はあんまり芳しくなかったので、ブラックジョークの類いだったのだろうと思います。

    その一方の当事者のジョン・レノンは1940年生まれで、ストロング小林と同い年でしたか。

    西暦でなくて和暦ですが、「昭和40年男」という雑誌があります。 歌謡曲やマンガなど、昭和40年に生まれた者たちがハマった昭和の流行りものを特集する雑誌でして、僕や蟹座さんより若干若い世代向けではあるものの、懐かしいものがいっぱい出てくるので、ちょくちょく本屋で立ち読みするんですが。。

    いつぞや、俺たちが熱狂したものとして特集されていたのが、アントニオ猪木対ストロング小林の一戦でした。手(パー)
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2020年10月21日 20:05
    > mixiユーザー 
    カトーの設定も二転三転しているようですね。
    彼の活躍シーンを集めて、劇場公開もされたりしているようです。

    死亡遊戯もいくつかのシーンを付け足されて公開されたり、とにかく彼が出てる映像がほんの少しでもあれば編集されて劇場公開された感じですね。
    それだけ人気があったし。需要もあったのでしょう。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2020年10月21日 20:52
    > mixiユーザー 
    デヴィ夫人は、海外では、オノヨーコほど有名でもないと思いますが
    どうなんでしょう?

    私は、昔「海外に出したくない日本女性トップ3」という記事があって
    オノヨーコと、大屋 政子と、あと誰だったかな?デヴィ夫人だは無かったと思います。
    その時、デヴィさんは、まだ芸能界に入っていなかった時で、
    検索してもヒットしませんね(^^:

    >ストロング小林と同い年でしたか?
    現在、彼の生年月日は1940年12月25日とありますが、
    本文にも書きましたが、現役中は1942年が公称でした。
    手元のベースボールマガジン社刊「激動の昭和スポーツ史、プロレス」の
    選手名鑑P130にもストロング小林の生年月日は昭和17年(1942年)
    1月3日とあります。
    昭和のアイドルなら、ともかくプロレスラーで
    年齢サバ読みは少ないんですがね。
    「昭和40年男」立ち読みしたことはあります。
    共鳴できることもありますが、9年離れると、
    やはり世界観が違いますね(苦笑)

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2020年10月21日 21:17
    > mixiユーザー 
    テレビの洋画劇場の予告で
    ブルース・リーのアップとカンフーアクションが映し出され、
    「お!来週はブルース・リーの映画か!?」と思ったら、
    彼の出演シーンは、1分にも満たない作品というのがありました(^^:。

    WIKIを見ると、1969年の
    『かわいい女』かな?
    ともあれ、ブルース・リーは、日本で公開され、
    話題になった時にはもう亡くなっていた
    という事実が伝説になりましたね。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2020年10月21日 22:59
    たこ八郎が印象的です。
    今でも、意味なく「たこです。申し訳ない」っと言ってます。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2020年10月21日 23:29
    > mixiユーザー 
    たこ 八郎も後年は
    壊れキャラのコメディアンでしたが、
    プロボクサーとしても
    結構、有望視されていたようですね。
    最終成績41戦してダウンを一度も喫しなかったとか、
    ノーガード戦法は「あしたのジョー」のモデルになったとか。

    タレントとして人気があった1985年夏に突然、
    亡くなってしまいましたね。
    あの事故の後に日航機墜落事件が続いたのを
    覚えていますよ。

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2020年10月22日 13:07
    筒美京平さんは、本当に思い出深い曲をたくさん残してくれました。私らが、歌謡曲に夢中になったとき、彼が最高のヒットメーカーでしたね。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2020年10月22日 17:27
    > mixiユーザー 
    ことに私は、シンシアファンだったので
    想い出深い曲が多いんですよ。
    その前、60年代後半で、すでにグループサウンズの曲を
    提供、ヒットさせていますね。作曲者が筒美さんとは知らず、
    馴染んだ歌が多々あります。

    やはり彼の曲は60年代アメリカンポップスが
    土台になっているので、それを聞いていた私にとっても、
    親しみやすかったと思いますよ。

mixiユーザー

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