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mixiユーザー(id:4597260)

2019年10月25日22:00

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トム&ジェリー〜ウッドペッカー〜懐かしのアメリカアニメ〜フィリックちゃん

〜ディック・トレーシーはズルい!〜

私が子供の頃(1960年代の前半)は、アニメと言ったら、
アメリカの物だった。
アニメに限らずアメリカのドラマを見て育った。
‘63年から、「鉄腕アトム」を始め、国産アニメが始まるのだが、
まだまだ、アメリカ産には敵わなかった。

なんかあの時代は、毎日、アメリカンアニメが放送されていた。

手(パー)まず、有名なのは「ディズニー」のアニメ、
これは金曜の夜8時に「ディズニーランド」という番組が
隔週に放送。別の金曜日はプロレス。

そのディズ二―の日も実写の「冒険の日」とかあり、
アニメは「漫画の国」の週だった。
つまり4週(一か月)に一回しか
やらなかったのかな?
とにかくディズニーはアニメの質も高かった。
キャラクターが特にドナルドダック(左画像)が好きだった。

目ポパイ
これも有名だけれど、絵(キャラクター)は、
そんなに好きでもなかった。
ポパイはお爺さんみたいだし、オリーブはポパイとブルートが
奪い合うほど美人ではないし(^^:。
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1959年〜65年まで日曜日の夜7:30〜8時の放映。
提供は不二家。この時間帯は、後に「オバケのQ太郎」〜「パーマン」
「怪物くん」と日本(藤子不二雄)のアニメになった。

あと、このアニメでハンバーガーハンバーガーという食い物を知った。
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その10年後に日本上陸したのがマクドナルド
位置情報■マクドナルド社員3千万円横領容疑 口座の7億円消える
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=5839030

目その他としては
「トムとジェリー」1964年5月から‘66年2月まで放映。
その後、70年代、80年代も再放送、新作が
放映されたので、説明不要だろう。
典型的なスラップスティック. コメディ。
テーマ曲が有名。



○ウッドペッカーというのもあったなぁ
1961年9月から64年7月か!?
これも2001年から新作が放映されたとのこと。


こういうアニメは日本の漫画にも影響されている。
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赤塚不二夫「おそ松くん」、竹書房18巻、P95

○「マイティハーキュリー」
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1963年11月〜64年8月および65年6月〜66年4月、
月曜から土曜までの午後6時55分から5分間の枠で放映。
ギリシャ神話をモチーフにしたアニメだった。
指輪を付けると怪力を発するハ―キューリーが主人公。
提供は明治乳業。CMで、ハーキュリーが明治の牛乳を飲んでいる絵
(日本人が模写したもの)を覚えている。

○「ディック・トレーシー」
刑事モノだが、この主人公は、事件が起き、警察署長から命令が来ると
配下の4人の警部に順番に連絡をする(腕時計型の通信機)。
で、この警部が犯人を突き止め、最後にディック・トレーシーが踏み込み、
解決。部下に仕事を丸投げして、良いところだけ取るのな!
こういう上司はいたよ(^^:。

で、部下の一人日本人の「山田警部」、↓の右の男
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細目、メガネ、単身、出っ歯と
当時、アメリカ人がイメージする日本人像。
ちょっと笑えなかった。
他の部下は犬のブル警部は覚えているが、
メキシコ人のゴメス警部とかボヤキ警部は記憶にない。

後年、弘兼憲史の「課長・島耕作」に出て来る中沢喜一部長
(後に社長まで出世)を見たら、ディック・トレーシーを思い出した。
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この二つは、主人公がシリアスな絵柄。

○「宇宙家族ジェットソン」1963年1月 - 1964年12月
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○「原始家族フリントストーン」1961年6月 - 1967年6月
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この2作は、未来と、原始時代と舞台が対照的だが、
似たような作りだった。派手なアクションも、濃いキャラクターも
ないアメリカのホームドラマという感じだった。

後で知ったが、同じハンナ・バーベラ・プロダクションの制作とか。
私より若いマイミクさんで、このプロダクションのアニメが
お好きな人がいる。

さらに同プロの作品には「どら猫大将」(中央画像)というのもあった。
これも、やはりちょっと引いた笑いが印象に残っている。

これは1963年10月から1964年4月まで藤沢薬品の提供で
放映とあるが、この後、6月から同社の社名を背負った
和製アニメ「風のフジ丸」が放映になったのを覚えている。

○「ロードランナー」
なぜかすごく印象に残っているキャラクター
野鳥オオミチバシリをモデルにしているらしい。
コヨーテに追いかけられるが、Beep! Beep!と鳴いて、
グランドキャニオンを彷彿とさせる道を疾走する


私は、中学1年の時に買った辞書に、
このキャラクターのシールを張っていた(^^:。
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○「フィリックス」(右画像)
♪フィリックスちゃん、お利口猫ちゃん♪
これも猫が主人公のアニメだが、
ちょっと毛色が変わっていた。
どんなものにも変化する魔法の黄色いカバン
を持ち飄々としていた。

こういうアメリカアニメは、1960年代半ばに、
前述した「ポパイ」→「藤子不二雄アニメ」、
「どら猫大将」→「風のフジ丸」のように、
どんどん60年代の半ばから(昭和30年代)終了して、
日本製のアニメモノが始まった。

私としては、雑誌に載っている漫画が
テレビアニメになっても、ストーリーは知っているし、
とにかく日本製は絵が荒い。
漫画を見ている方が良かった。特に「エイトマン」とか。
アメリカのアニメが無くなったのは残念だった。

現在、アメリカのアニメは好きだった
ハンナ・バーベラ・プロも、もう制作しておらず、
むしろ、海外の人々は日本のアニメを見て育ったと言う。
隔世の感がある。



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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年10月25日 22:24
     アメリカンアニメの時代は、知りませんなぁ〜ってか僕が生まれた前後ですからわかりません<(_ _)>
     60年代半ばからどんどん終了していったのなら、殆どわかりません。
     あ、ポパイはもしかしたらリアルタイムで観たかも?
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年10月25日 22:53
    > mixiユーザー 
    あだちーさんの世代は、もうアメリカアニメの
    時代は終わっていましたか!?
    私なんかが、直撃世代だったんですね。
    まぁポパイとかトムとジェリーなんかは
    後の世代でも有名でしょうが、
    他にも名作がありましたよ。


  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年10月26日 04:46
    日本のテレビアニメって、海外のアニメに日本独自の主題歌をつけて、一瞬日本のアニメかと子供に思わせて、なじまない変な物語と思わせるものが多かったと思います。ただし、見ていると非常に面白い。
    「チキチキマシン猛レース」「ペネロッピー絶体絶命」「スカイキッドブラック魔王」「スーパースリー」「大魔王シャザーン」。

    ポパイは面白くなかったし、缶のホーレン草って全くイメージなく、絶対に生で食べたくないと思ったものです。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年10月26日 04:49
    どれもこれも懐かしいですね(^^)/

    私はほとんどの作品の再放送を観た世代ですね。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年10月26日 05:02
    追伸
    「ドボチョン一家」から発想を得て、「怪物くん」ができたのかなあ。

    「宇宙怪人ゴースト」なんていうのもあった。

    今もやっているかもしれないけれど、「おさるのジョージ」も好きだった。

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年10月26日 06:32
    ポパイに、トムとジェリーは見てましたが、他はあまり記憶にない、、、もしくは見てなかったかexclamation & question

    私はチキチキマシンとキングコング、親指トムが好きでした!
    いずれも最終回は覚えていません、、、泣き顔
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年10月26日 08:58
    えと、アニメヲタクの立場から申し上げますと。

    1960年代の日本にはアニメーションやその略語のアニメという言葉はまだ定着していなかったと思います。 

    当時、僕らはアトムや藤丸をテレビマンガと呼んでいました。

    映画館でアニメ作品がかかると、漫画映画なんていったりしていました。

    たぶん、70年代に入ってもそういう呼ばれ方の方が主流の時期が続いたように思います。

    それがいつからアニメに代わったのかは僕にも定かではないんですが。。

    アニメージュという雑誌がありまして、ヲタク向け雑誌の最古参なんですが、これが創刊された1978年くらいがかつてのテレビマンガ文化から今のアニメ文化への転換期だったのではないかと思います。

    その辺からテーマソングも変化してきました。 それまでのテレビマンガの主題歌は純粋日本ものも日本語の歌をつけたアメリカからの輸入ものも主人公の名前を連呼するものでした。

    ビューンと飛んでく鉄人28号♪ とか スーパースリーは正義の味方♪ など

    それがだんだんそういうのはダサいという風潮になって今に至っています。

    あっ、すいません、本題からズレ過ぎました。あせあせ(飛び散る汗)

    僕も蟹座さんと同世代なので子供時代はディズニーが大好きだったし、トムとジェリーもよく見ていたし、ポパイはアメコミ色が強すぎてあんまり好きでなかったのも一緒ですが。

    当時、一番好きだったのは鉄人28号で、それに準じるのがアトムやスーパージェッターでした。 保育園の友達も大体は同じで、アメリカのアニメが話題になることはあまりなかったと思います。^^
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年10月26日 09:24
    懐かしいですね。私は二本足で歩くワニのが好きでした。パートナーのハイエナ?にソックリな近所の友達がいたので。
    肝心の題名が思い出せません( ̄з ̄)
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年10月26日 12:22
    > mixiユーザー 
    まあくんのパパさん
    とは2学年違いますが、もう見ていたアニメ
    も変わっていますね。
    私は、「チキチキマシン猛レース」は知っていますが、
    あまり見ていませんでした。
    「ペネロッピー絶体絶命」「スカイキッドブラック魔王」
    「大魔王シャザーン」は、聞いたことがありません。
    いずれも‘60年代後半の作品だと思いますが、
    もう、その時、私はアニメ離れしていました。
    「スーパースリー」のテーマソングは
    「ラリホー ラリホー ラリルレロンというモノですね。
    小学校の同級生が良く歌っていたので、それは覚えています。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年10月26日 12:32
    > mixiユーザー 
    ディズニーや、ポパイ、トムとジェリー
    あたりはもう定番ですが、他の作品も
    再放送されていましたか!?

    むしろ、私と*永遠乃舞*さんの
    中間くらいの世代が、
    ウッドペッカーとか
    知らないと思いますよ。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年10月26日 15:54
    > mixiユーザー ウッドペッカーはよく観ましたよ。鳴き声マネしましたから(笑)
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年10月26日 20:14
    > mixiユーザー 
    幽霊城のドボチョン一家は、
    アメリカでも1970年放映。
    対して「怪物くん」は、65年1月号から
    連載開始ですから、こっちの方が先ですね。
    ドボチョン一家と言っても、怪物たちは、
    家族ではないのですね。
    これに先立ち、アメリカの実写ドラマに
    「マンスターズ」というのが65,6年にありました。
    旦那がフランケンシュタイン、奥さんが吸血鬼、
    そのお父さんがドラキュラ、フランケンの息子も吸血鬼、
    その姉は、なぜか普通の人間の美女ですが、
    家族から怪物扱いされているというコメディでした。
    それは記憶にありませんか?


  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年10月26日 20:43
    > mixiユーザー 
    >『001/7親指トム』
    1967年4月- 1967年9月放映ですね。
    主題歌は
    ♪ちびっこ光線浴びちゃって、みるみる小さくなっちゃた♪
    >「キングコング」
    これも同時期、67年の4月から10月放映で
    ♪ウッホ、ウホウホ、ウッホホー♪ですね。
    この67年は、キングコングブームで少年マガジンにも
    漫画が連載されたり、東宝で「キングコングの逆襲」という
    特撮映画が公開されました。
    テレビのこの2作は主題歌を覚えていて、ちょっとは見ていました。
    60年代後半から、アメリカアニメが減ったこともありますが
    私も、アニメから卒業しつつありましたよ。

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年10月26日 21:19
    > mixiユーザー 
    >1960年代の日本にはアニメーションやその略語のアニメ
    確かに、‘63年頃、「ポパイ」を、アニメと呼んだ記憶はありません。
    でも、60年代と言っても10年あって、
    もう68年(私が小6)、69年(中1)の時は、
    アニメっていう言葉を使っていたような気がします。
    ちょっと「アニメ」で検索すると、手塚治虫が1969年6月に
    公開した劇場用長編アニメーション「千夜一夜物語」
    (これは覚えています)を「アニメラマ」と称したとあります。
    これは、「アニメーション + ドラマ」の造語ですが、
    もうアニメ―ションという言葉が一般化したからこそ、
    その造語が作られたと言う気がします。

    それと、手塚治虫は‘61年に、虫プロダクションでアニメ制作。
    ちょっと遅れて63年、藤子不二雄の二人や石森章太郎が
    アニメ制作会社「スタジオ・ゼロ」を設立しますが、
    横文字や新語が好きな手塚や石森が、60年代半ばに
    「アニメ―ション」「アニメ」と呼んで、それが広まった
    とも考えられます
    (サイボーグやミュータントも彼らが広めましたからね)

    で、同世代のまあくんのパパさんもレスしていましたが、
    ポパイは、その知名度の割には人気がありませんね(^^:
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年10月26日 21:23
    > mixiユーザー 
    >二本足で歩くワニ
    見たような気がします。
    私も、どの作品かは分かりませんが。
    64年頃の赤塚不二夫の「おそ松くん」にも
    そんなキャラクターが出て来ます。

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年10月26日 21:36
    > mixiユーザー 
    「ウッドペッカー!ウッドペッカー!ウッドペッカー!
    ゥアアアアアアアアアアアアア!」
    というカン高い鳴き声が売り物でしたね。

    ロードランナーの「ミン、ミン・(私はビンビンと聞こえた)
    と並んで印象に残っています。


  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年10月26日 21:42
    > mixiユーザー 
    >はじめ人間 ギャートルズ
    園山俊二の漫画は見たことがあります。
    最初は、大人向けの「週刊漫画サンデー」
    (少年サンデーとは全く別)
    に連載された漫画なので、
    ちょっとエッチなんですよ(^^:
    テレビで放映されたのは見たことがありませんが、
    子供向けだったんでしょうね。

    「原始家族フリントストーン」は
    舞台が原始時代なのに、地面を蹴って走る車や
    男性がネクタイをしているのが面白かった。

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年10月27日 01:04
    ハンナ・バーベラは大好きです。
    LDやらDVDやら出てるのは全部買って、スカパーから録画してと頑張ってます。
    できれば全部揃えたいです。
    宇宙家族はDVD出てるんですが、原始家族はないんです。
    その代り、映画は何本か制作されてますが。
    ずっとハンナ・バーベラを愛し続けます。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年10月27日 10:12
    > mixiユーザー 

    うーん、どうなんでしょうねえ。あせあせ(飛び散る汗)

    アニメという略語、一種の和製英語は今や常識的な日本語になっていますが。

    68〜69年には使っていたと言われると、そおかなあという気になったので、その起源をYahoo!知恵袋で探ってみました。 そうすると、やはり僕が先にあげたアニメージュという雑誌や宇宙戦艦ヤマトの劇場版公開などがヒットします。 いずれも70年代の終わりころで、大学生がああいうのを見ることが社会現象化した時期です。

    自分の記憶に照らしても、それまではああいうのは子供が見るものとされていて、テレビマンガという言葉の方が一般的だったように思うんですけどねえ。

    手塚治虫は自分の劇場版を漫画映画とは呼ばれたくなかったので、日本ではまだ一般的ではなかった英語のアニメーションから造語を作ったのではないかという気がします。

    やけにどうでもいいことなんですけどね。^^
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年10月27日 12:25
    > mixiユーザー 
    以前、「宇宙家族」のことを「つぶやき」
    に書いたら、健太郎さんから、これと「原始家族」は、
    同じハンナ・バーベラプロの作品と教えてもらったんですね。
    派手なキャラクターもなく、引いた笑いでどちらかと言えば、
    大人向きのアニメという気もします。
    ムービーシアターや、値段当てクイズにも
    出ていた回を覚えています。
    調べたら、この2作の他、「どら猫大将」も、同プロの制作ですね。
    古き良きアメリカのアニメと言う感じです。

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年10月27日 20:14
    > mixiユーザー 
    う〜ん、ちょっと私となしごれんさんの論点が、
    噛みあっていないと感じます。

    なしごれんさんは「68〜69年頃、(今でいうアニメ)はテレビ漫画と
    呼ばれていて、アニメとは言われていなかった」ということですね。
    それは実際に、ご覧になっていた人の意見を尊重します。
    私はテレビのアニメとは別に(それは見ていなかったので、
    アニメだかテレビ漫画だったかは分かりません)、
    69年頃は、略語「アニメ」はともかく、アニメーションという
    新語は、一般に浸透しつつあって、中一の私も
    知っていたんじゃないかな?ということです。
    ちなみに、私は1968年発行の国語辞典を、まだ持っており、
    (昔は、この言葉があったのか、あるいはどう定義づけられていたか知るために)
    そこの「新語」の欄に「アニメーション」は載っています。

    今回の日記に挙げた‘60年代前半のアメリカテレビアニメも、
    当時はアニメとは呼ばれていなかったでしょう。
    ただ、日記に書くにあたり、皆さんが分かりやすい
    言葉を使ったまでです。

    まぁアニメファンのなしごれんさんが、その言葉に
    拘りを持つのは分かりますよ。

    私も、若いライターが「1971年に小柳ルミ子、南沙織、天地真理の3人が
    【新・三人娘】と呼ばれていた」と記述したら、「呼ばれていない!」
    と反論しますもの(^^:
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年10月27日 21:17
    『トムとジェリー』 製作していたのって1940年からなんですよね。
    アカデミー賞を受賞した「勝利は我に」や「ネズミ獲り必勝法」など、
    僕が好きなのは1940年代のものが多いのですが、
    戦争中にこういうスラップスティックなアニメをばんばん作っていたというところに
    今さらながらアメリカの余裕さが窺えます。

    それにしても、こういうアメリカのアニメ作品は、
    日本だけでなく、欧米を始め世界の国々で放映されていたのでしょうが、
    ここから国産向けのアニメを積極的に作っていったのが、ほぼ日本だけだったというのは興味深いことです。
    やはり日本が他の国と違うのは、「漫画」の存在が大きかったのではないかと思いますね。
    60〜70年代にかけて漫画とアニメが大きく連動していきましたから。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年10月27日 22:23
    > mixiユーザー 
    「ディズニーランド(番組)」では、ミッキーマウスや
    ドナルドの初期のアニメを紹介した回があり、
    1963,4年の時点で、もう30年前から作っていたんだな、
    と子供心に感心しました。
    ポパイも1929年開始だそうですが、なんとなく
    絵柄が古いと思っていました。

    トム&ジェリーやウッドペッカーも戦前なんですね。
    これは古いと言う気はしませんでしたが。

    >戦争中にこういうスラップスティックなアニメを
    映画評論家の田山 力哉の本だったと思いますが、
    1944年制作のアメリカ映画『我が道を往く』を見て、
    同時期、日本は戦争一色だったのに、
    アメリカは、日本と戦いながら、こんな名作を作れるとは、
    全く国力が違う!と嘆いていました。

    >日本だけでなく、欧米を始め世界の国々で放映されていたのでしょうが
    無論、日本以外の国にも輸出されたんでしょうが、、
    日本がこんなにアニメ大国になり、世界中の人が
    日本のアニメを見て育ったとか聞くと、本当に
    隔世の感がありますよ。

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年10月28日 20:50
    ディズニーでは自分もドナルドダッグが好きでした。
    ポパイの提供が不二家だとなんとなく覚えております。鐘の映像と一緒に鐘の音楽があるやつでしたか。
    ハーキュリーは懐かしいですね。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年10月28日 21:52
    > mixiユーザー 
    ミッキーはちょっと優等生っぽいところがあり、
    あまり面白いとはいう気はしませんでした。
    ドナルドには、三匹の甥がいて、彼らがうるさくて
    ドナルドがよく怒っていましたね。

    >鐘の映像と一緒に鐘の音楽があるやつでしたか。
    それは記憶にないんですが、ポパイの終わりに
    ♪不二家、不二家、では、また来週♪
    というエンディングがあったのは覚えています。

    東京では、1963年頃、日曜日
    夜の6時〜6時半「てなもんや三度笠」
    6時半〜7時「シャボン玉ホリデー」そして
    その後、「ポパイ」でしたよ。

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年11月03日 10:59
    このところ私的理由で忙しくて〜夜にはミクシィとかパソコン起動して見ておりましたが、スッカリ忘れてヤフオクとかしか、見なくなってしまっておりました!
    蟹座さんの日記も楽しみだったのに〜自分の頭の中では〜新しいバイクの事で一杯だったのです。あせあせ

    それにしても〜フィッリクちゃん(私はフィッリクス」ちゃんだとばかり〜思ってました)、トムとジェリー、ウッドペッカー等々〜懐かしいアメリカアニメが本当に嬉しい感じでした〜(^_-)-☆
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年11月03日 16:51
    > mixiユーザー 
    コメントどうも!

    私は「フィッリプス」ちゃんんだと
    思っていました(^^:
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年11月06日 06:35
    私も好きですねアニメ、まあ憧れてアニメの仕事を一時期やってましたが、私はディズニーに憧れてあんな作品を作りたいって英語が出来ればアメリカに行ってかも、行かなく正解でした、自分の実力じゃ生きていけなかったでしょうね!アメリカのアニメ(カートゥーン)は動きがオーバーで私が好きなところです、動物を擬人化してものは、今でもアメリカには日本はかなわないですね、ストーリー展開絵で見せる2Dの技術は日本が一番です、3Dに関してはやはりアメリカを越える作品(ヒット作)はまだまだですね、昔のアニメを今見ても、アメリカのアニメは単純な絵ですが動きが面白いので
    古い感じはしませんが、日本のアニメは私がやって居た頃の作品と現在の作品を見ると、アナログからデジタルに変わったせいもあるのでしょうが、緻密で動きがスムーズですね、アニメーターの技術とかが上がっているのでしょうね
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2019年11月06日 21:25
    > mixiユーザー 
    >アメリカのアニメ(カートゥーン)は動きがオーバーで
    独特な動きがありましたね。
    ネズミのジェリーの逃げる姿とか、
    ロードランナーの走りとか。
    でも、「原始家族」や「未来家族」は、
    そこのところをちょっと押さえているのが、
    また魅力的でしたよ。

    >動物を擬人化してものは、今でもアメリカには
    >日本はかなわないですね、
    これもアメリカの作品によくありますが、
    日本でも、赤塚不二夫の漫画、特に「おそ松くん」
    に出て来る猫や犬、豚にそれが引き継がれていますね。

    今の劇場用の日本アニメは(そんなに見ていませんが)、
    ‘60年代のテレビアニメとは格段の差がありますね。


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