〜デストロイヤーはベイビーフェイス〜
先月、キングをテーマにした日記でキングトーンズを紹介した。
彼等ヒット曲の「グッドナイトベイビー」から「ベイビー」のことで、
マイミクさんと話が弾んだ。
ということで、今回の昭和歌謡曲のテーマは「ベイビー」
言うまでもなく、この場合の「ベイビー」とは
赤ちゃんではなく、恋人のことを指す。
おそらく、私が聞いた最初のベイビー(正確にはベビー)の曲は、

中尾ミエの「可愛いベビー」コニー・フランシスのカバー、
昭和37年リリース
可愛いベビー(赤ちゃん)が這い這いしているのではなく(^^:
この曲で、「ベイビー」は恋人のことも意味することを知った、
というより、「ベイビー」が赤ちゃんの意味を知るのと
同時だったのではないかな?
その頃、日常で赤ちゃんを「ベイビー」とは呼ばなかった。
普通に赤ちゃん、赤ん坊と呼んだ。
梓みちよも「こんにちは赤ちゃん」という歌を出した(昭和39年)。
「ハローベイビー」ではない。
今以上に「ベイビー」という言葉を使わなかったと思う。
だから、赤ちゃんの意味の前か、ほぼ同時に「恋人」を
指す言葉としてベビーを覚えたのかも知れない。
「悲しき願い」尾藤 イサオ、
これも洋楽(アニマルズ)のカバー
(昭和39年7月
歌い出しで♪ベイビー、俺の負けだ〜♪って赤ん坊に負けたのかよ!
って、突っ込まれた(^^:
その後、しばらく純然たる日本歌謡曲で、「ベイビー」が付く題名、
含まれる歌詞は見当たらなかった。
私が知っている限り、最初にベイビーと言う言葉を曲名にしたのは↓だと思う。

ザ・ワイルドワンズのデビュー曲想い出の渚/(41年11月5日)の
B面「ユア・ベイビー」作詞:安井かずみ/作曲:加瀬邦彦
https://www.youtube.com/watch?v=H93FZPAzOlw
このレコード、姉が持っていた。ステレオは居間にあったので、
いつも勝手に聞いていた。
歌詞の内容は、「仲間に彼女が出来た。
今度、連れて来いよ。独り占めをするな」
って、聞き方によってはヤバいぞ!(^^:

ジャッキー吉川とブルー・コメッツの「青い瞳(英語盤)
昭和41年3月、テレビで聞いたが、「カモン!ベイビー」は聞き取れた。
https://www.uta-net.com/movie/145809/
他にグループサウンズで、歌詞に含まれるのは

「君に会いたい」ザ・ジャガーズ
作詞・作曲は清川正一42年6月
サビが英語で「My baby want you want you see again」
ジャガーズは、タイガースやテンプターズと同じ、
ローリングストーンズ型のバンド。つまり一人、格好良い奴が
楽器を持たずボーカルに専念するスタイルだった。
GSではないが、先に紹介したキングトーンズの
「グッドナイトベイビー」と並んで「ベイビー」が
大いに前面に出たのは、

「神様お願い」ザ・テンプターズ
作詞・作曲:松崎由治昭和43年3月
これ、サビの「♪さよならベイビー、グッバイ、グッバイ♪」で最後に
ボーカルのショーケンが「ベイビー〜!!」と絶叫すると
女性ファンが悲鳴を上げた。
グッバイベイビー」の反対語が「こんにちは赤ちゃん」
翌昭和44年には、歌謡曲でないが、「やったぜベイビー!」
という言葉が流行った。言い出したのは大橋巨泉らしい。
これに付随して、なんでも最後に「ベイビー」を
付けた言い方もあったぜ!ベイビー(^^:

「ファンキ―モンキーベイビー」
作詞:大倉洋一 作曲:矢沢永吉昭和48年6月
キャロルの代表曲(中央画像)。
ファンキーは分かるが、モンキーベイビーって、
どんな女の子だよ。
「ベイビー」は、男性が女性に対して使うことが多いが、
その逆もあるんだね。

「ビーマイ・ベイビー」ザ・ロネッツ昭和38年
この曲、大好きで、日本では、弘田 三枝子や伊東 ゆかりもカバー。
シンシアのアルバムにも収録されていた。
で、女性側から「ベイビー」と言った曲は、

林寛子の「カモン・ベイビー」、
作詞:千家 和也、作曲:穂口 雄右。51年1月
まぁ、あまり印象に残っている曲でもないんだが。
右画像の寛子(この場合、「カンコ」と読んで)、
気合が入っています!

「渚のラブレター」ジュリー
作詞:三浦徳子/作曲:沢田研二56年5月
この曲は、
♪今なら取り消せるBABY♪、このBABYという
言葉が物凄く陳腐で、全体の歌詞から
浮いていると感じた。

「い・け・な・い ルージュマジック 」
忌野清志郎 + 坂本龍一 (作詞、作曲も)57年2月
♪Baby Oh Baby い・け・な・いルージュマジック♪
かなり弾けています。

「さよならは八月のララバイ」吉川晃司
作詞:売野雅勇、作曲:NOBODY(相沢行夫)。59年6月
♪Sleep BABY♪←赤ん坊は寝ろ!ってことか?

「Hey! Baby」竹内まりや(作詞・作曲も)
昭和からちょっと外れてしまった。
平成元年9月リリースの「シングル・アゲイン」のB面
これは、CDをレンタルショップで借りてダビングした。
60年代アメリカポップスの影響を受けているね。
彼女(昭和30年早生まれ)は、直撃世代だろ?

あと「ベビーフェイス」という言葉もあり、
これは「童顔」=「可愛い顔」のこと

プロレス用語では「善玉」
この選手は、最初、「悪役」だったが、昭和48年
日本定着後はベビーファイスになった。

■ザ・デストロイヤーさん死去 必殺技「4の字固め」
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=5528867
で、まあ、その後、ベイビーというのは主に男が恋人ないし恋人にしたい女子のことを指すときに使う符牒だと知りましたが。。
でも考えてみると、日常会話でベイビーなんて呼び方をするやつを見たことがないです。 いたとしたらかなりおバカなやつか、キャロルみたいなイケイケのやつだったと思います。 米国はそうだったのかもしれないけど、少なくとも日本にはあんまりいなかった。
いわんや中尾ミエの時代をやですが、彼女の周りにはそういうのが集まってたんですかねえ。^^
よく聞いたし、自分もわけわからずにそう言いながらガッツポーズなんかしていましたが、大橋巨泉が流行らせたのですか。まぁそんな感じがしますが。
> ♪Baby Oh Baby い・け・な・いルージュマジック♪
男同士が舐め舐めすると言う、ある意味、画期的な曲でしたね(苦笑)
結構好きでよく唄ってました。
ベイビーと聞いて一番に思い浮かんだのは、ベイ・シティ・ローラーズのバイ・バイ・ベイビーですが。
>アイドルを探せ
シルビィ・バルタンですね。
あの曲から「アイドル」という言葉が流行ったように思います。
Wワンズの「ユア・ベイビー」B面なのに、ご存知でしたか!?
私は、ジャガーズの「君に会いたい」は良く歌いましたよ。
>日常会話でベイビーなんて呼び方をするやつ
小学6年の時(昭和43年)、グッドナイトベイビー」と
「神様お願い」のベイビーが流行って、クラスの小柄の女子が
「ベイビー」と呼ばれていました。
いや、その子、みんなのアイドルではなく、
単に「小柄」で「赤ん坊」みたいなので「チビ」と同じ感覚ですね。
後、翌44年、中一の時「やったぜ!ベイビー」が流行った頃、
言葉の終わりになんでも「ベイビー!」を付ける奴がいました。
私と話をしていても「分かったよ!ベイビー」「知らないよ!ベイビー」とか
数年前、ツィッターの影響で、最後に「〜なう」を付けるのと同じですね。
>やったぜベイビー!
私も誰が初めに言い出したのか
興味があって、ネットで検索しましたが、
やはり大橋巨泉説が有力です。
あと、アメリカ帰りの生島ヒロシ説とかありました。
坂本九説もあったけれど、それは違うでしょうね。
加藤茶が、これのバリエーションで「やったぜ!カトちゃん」
と言っていました。
>男同士が舐め舐め
忌野清志郎はやりそうですが、 坂本龍一があそこまで
やるとは驚きましたよ。
>「い・け・な・い ルージュマジック 」
改めて、youtubeを見ると、
かなり忌野清志郎は、弾けていますね。
あと、この映像ではありませんが、
プロモーションビデオでは、
ビルの屋上から一万円札の札束をばらまいたり、
忌野清志郎と坂本龍一がキスをしたり、
センセーションを呼びました。
>バイ・バイ・ベイビー
懐かしいですね。
https:/
この曲、「シェリー」で有名なフォー・シーズンズが
オリジナルだったんですね。
>ジャガーズは、リードボーカルの岡本信さんが
恰好良いし、タイガース、テンプターズに続く人気グループに
なれる。と思いましたよ。
第二弾の『マドモアゼル・ブルース』もヒットしました。
でも、移動中に事故を起こし、ブレーキが
掛かってしまったんですよ。
馬場とタッグを組んで試合したのをよく覚えています。彼が知名度を上げた?のは、「うわさのチャンネル」でせんだや湯原に四の字をかけて、笑いの種にした時でしょうか。
フォーシーズンズの「君の瞳に恋してる」も名曲ですね。
デストロイヤーは、初来日昭和38年に来日した時、
「覆面の魔王」というキャッチフレーズで、
噛みついたり、それほど凶悪なことはしませんでしたが、
やはり悪役で子供心には怖い存在でしたよ。
馬場と組んだのは、昭和47年、馬場が全日本プロレスを
旗揚げし、日本陣営が手薄だったのと、デストロイヤー自身、
もうアメリカでは活躍の場がなかったので、人気のある日本を
ホームリングにしたんですね。
「噂のチャンネル」は、腹を抱えて笑って見ていましたが、
かつての「魔王」が和田アキ子に叩かれるのは複雑な思いでしたよ。
フォーシーズンズの大ヒット曲「シェリー」
♪シェーリーシェーリーベイビー♪の
レコードは、やはり姉が持っていました。
あの高音には子供心に痺れました。
その後、67年に「サイレンス・イズ・ゴールデン 」
もヒットさせました。
これは、テレビの洋楽ランキング番組「ビートポップス」
(司会・大橋巨泉)で知りました。
82、3年頃、discoで「「君の瞳に恋してる」が
よく掛かりました。
これもオリジナルは、フォーシーズンズと聞いて驚きましたよ。
私は、1960年代前半に幼稚園〜小学入学
したんですが、テレビのドラマやアニメも
アメリカもの。音楽も今で言うオールディズですね。
明るく楽しい世界です。
テレビの「ヒットパレード」や「シャボン玉ホリデー」で
ザ・ピーナツや弘田三恵子がカバーで歌っていました。
それを見て音楽を志したのが、私よりちょっと上の
ユーミンや、シンシア、竹内まりやでしょう。
私も脳の中にシッカリ沁みついていますよ。(^^:
それに対して林寛子の歌はイマイチ。まあ歌はいいけれど、女性アイドルにはベイビーという言葉は不向きに思います。中尾ミエや弘田三枝子のようなタイプが似合うと思う。
私は「シェリー」の日本人カバーと言ったら、
ザ・ピーナツが歌っていた記憶があります。
九重ゆみ子さん、分かりますよ。
田辺のやっちんと結婚したんですね。
「初代コメットさん」に出て来た
太っちょの子役、「アッちゃん」で主役にもなった
蔵忠芳さん、小学校の一級先輩です。
中尾ミエは「スパーク3人娘」の中で、
最初にヒットを出した人でしょうね。
でも、それから後の二人(伊東ゆかり、園まり)に
歌手として遅れを取ったと思います。
その分、今で言う「パラドル」でテレビに出ていましたが。
林寛子は、歌手よりも中尾ミエのような
歯に衣を着せないタレントの方が向いていたかも知れませんが
早々と黒沢久雄と結婚して引退しましたね。
私も赤ちゃんの唄なのかなって当時思ってました。
Be My Baby、いい曲ですよね。
いろんな人がカバーしてるけど、リンダロンシュタットのこのVerが好きなんです。
https:/
デストロイヤーって言ったら、足四の字固めですね。
よく徳光さんとかに技かけてましたね。
若い頃の素顔も公開されてるけど、ほんと優しくてベイビーフェイスですね。
https:/
>Be My Baby
シンシアもアルバムでカバーしましたが、
本家ロネッツのような粘り就く歌い方ではなく
アッサリしていました。
シンシアの「ともだち」の英題が「Be My FRIEND」なのは
ここから取ったのかも知れません。
デストロイヤーに変身する前、
ディック・ベイヤーの本名で試合をしていた
フィルムを見たことがありますよ。
まだ4の字固めを使っておらず、身体のバネを活かした
ファイトをしていました。
あの顔では、悪役として売れなかったでしょう。
マスクをして正解でした
吉川晃司は、
ジュリーに代わる渡辺プロの切り札でしたね。
何と言っても、ジャニーズ事務所に対抗できる
「片腕バク転」が決め技でした。