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2016年01月22日21:54

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サンドイッチマン〜昭和歌謡曲83昭和ワードの歌 禅軻少年

〜連絡船、停車場〜
今回は、昭和歌謡曲のテーマに相応しく、題名、歌詞に
「昭和ワード」が入っている曲を取り上げてみた。

手(パー)まず古い順に
「アドバルーン」曲名「あゝそれなのに」美ち奴
作詞:星野貞志/作曲:古賀政男 昭和12年

♪空にゃ今日もアドバルーン さぞかし会社で今頃は♪
戦前の歌だから、無論私もリアルタイムで聞いたことはないが
子供の頃、どこかで耳にした。

私が小学生時代でも渋谷あたりのデパートでは、
よくアドバルーンが上がっていた。
フォト
これ見なくなったのはいつくらいかな?

怪盗20面相が、明智探偵に建物の中で
屋上まで追い詰められ、アドバルーンに捉まり、
ロープを切ってそのまま逃げるシーンもあった。

目サンドイッチマン
『街のサンドイッチマン』鶴田浩二 (作詞:宮川哲夫、作曲:吉田正).昭和28年


これもどこかで耳にした曲だ。
哀愁を帯びたメロディと歌詞が印象に残っている。
このサンドイッチマンとは、体の前後に広告看板を
つけて歩く街頭宣伝マンのことで、やはり子供の頃
繁華街で見たような気がする。
フォト

ここで思い出すのは、お笑い芸人で同名のコンビがいること。
(正確にはサンドウィッチマンだが)
フォト
私は、「昔の街頭宣伝マン」のことかと思って、芸名の由来を調べたら、
>元はトリオで活動していて、真ん中にいるメンバーがガリガリだったため、
>サンドウィッチのようだということでサンドウィッチマンと命名した
とあった。
昭和49年生まれの彼らは、本来の「サンドイッチマン」を知らないのかも知れない。

目牛乳配達
「牛乳少年」山田太郎作詞:八反 ふじを、作曲:島津伸男。 昭和42年
実は、この歌を聞いたこともなく、ネット上にyoutubeも歌詞さえもない。
ただ、この曲の前に山田太郎は「新聞少年」という曲をヒットさせて、
その「二匹目のドジョウ」を狙ったのだが、見事に外れたようだ。
フォト

「牛乳少年」とは、牛乳を配達する少年のことだろうが、
昔もそんなに耳にした言葉ではないなぁ。
ただ昭和30〜40年代は、各家庭に朝、瓶入りの牛乳を
配達するシステムはあった。
どこの家も↓のような牛乳箱があったし。
フォト
その頃は、パック入りの牛乳もなく、牛乳は毎朝、
瓶入りでそのまま飲み干すという感じだった。
新聞は盗まれないだろうが、牛乳は時に
盗み飲みされたんじゃないかな?
昭和39年の「おそ松くん」の一コマ。
フォト

私も中学、高校の時は、早朝に牛乳配達の
ガチャガチャという音に時々、気付いたこともある。
今は、その風習が無くなりつつある。

目連絡船
代表曲「涙の連絡船」都はるみ
作詞:関沢新一、作曲・編曲:市川昭介昭和40年


その他、森昌子の「せんせい」昭和47年
2番の歌詞に
♪声を限りに叫んでも遠く離れる連絡船♪

石川さゆり「津軽海峡冬景色」 昭和52年
♪私もひとり連絡船に乗り、
凍えそうなカモメ見つめ泣いていました♪

と演歌調の曲にはよく出てきたが、
シンシアにも昭和48年「傷つく世代」のB面「昨日の街から」に
♪連絡船には両手を振るのよ♪とあった。

で、連絡船というのは時代的もさることながら、
地域的に私は全く馴染みがない言葉だった。

ちなみに「津軽海峡冬景色」の青函連絡船は、
昭和63年まであったとのこと。
文字通り昭和ワードだな。

目停車場
「冬の停車場」|布施明
詞:山上路夫 作曲:三月はじめ昭和45年11月

「夜明けの停車場」石橋正次
作詞:丹古晴己 / 作曲:叶弦大昭和46年1月


私は、奥村チヨの「終着駅」(昭和46年12月)に
出てくる停車場の方が好き
♪落ち葉の舞い散る停車場は〜♪

「冬の停車場」からこのフレーズが一時流行った感がある。
この昭和46年当時でも停車場というのは、少なくとも私の周りでは、
ほぼ死語にというか古語なっていたと思う。

芥川龍之介の短編小説「父」(大正5年)では
上野駅を「上野停車場」と記している。
http://homepage2.nifty.com/onibi/titi.html

停車場とは、駅・信号場・操車場の総体と定義されるそうだが
私のイメージとしては、もっと小さく寂れた
「無人駅」を思い浮べる。
世田谷線のような駅のような(^^:
フォト

奥村チヨの「終着駅」はまさにそんな感じだし。
ちなみに、この「終着駅」というフレーズも
1953年のイタリア映画の邦題で
これから、この言葉が一般的になったという。
これは良い例の邦題。
■映画の珍邦題3選を発表!
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=202&from=diary&id=3815396

鉄道の乗り入れで「終着駅」も減った。
数年前まで、東横線は渋谷が終着駅だったのに、
今は単なる通過駅に成り下がった。

では、この「昭和ワード」の曲、まだネタがあるので、
またやります。










14 28

コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月22日 21:59
    昭和の匂いがプンプンしてきそう。
    なつかしいなあ。
    場末のスナックでカラオケっていう感じがする。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月22日 22:03
    アドバルーンは、今でもパチンコ店とかの開店でたまに見かけます。
    停車場というと個人的には路面電車の駅(駅舎やホームはなく、単に道路に客の退避位置の線が引いてあるだけ)がイメージにあります。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月22日 22:37
    > mixiユーザー 
    スナックというのも昭和っぽい雰囲気がしますね。
    パープルシャドウズの「小さなスナック」昭和43年頃かな?
    この曲のスナックは、その後や今でいうスナックとは
    ちょっと店の形態が違うようですが。

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月22日 22:44
    > mixiユーザー 
    昔は、話が大きく誇大妄想的なことを言う人を
    「あの人はアドバルーンを上げている」とか言いましたよ。

    >停車場というと路面電車の駅(駅舎やホームはなく、
    >単に道路に客の退避位置の線が引いてあるだけ)がイメージ

    私もそのイメージですよ。
    布施明の「冬の停車場」や奥村チヨの「終着駅」の
    歌詞から受けるシーンは
    ひとけがなく、吹きさらしで、雪や冷たい風がもろに
    吹き付ける場所を連想させます。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月22日 22:45
    牛乳、うちは今でも配達で届けてもらってます。紙パック入りですけど。
    中学生の頃、技術の時間に牛乳箱を作ったのを思い出しました。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月22日 23:20
    涙の連絡船以降は知った歌です。
    青函連絡船は、高校時代修学旅行で行き帰り乗りました。どちらも夜中で、船底で寝て夜明け前にたたき起こされるのでした。ちなみに電車は特急ではなく、東北本線各駅停車でした。何時間乗っているんだという感じ。
    一時期牛乳をとっていましたが、牛乳箱はありませんでした。昔はよく見かけました。
    アドバルーンも、そういえばいつしか見かけなくなりましたね。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月22日 23:28
    > mixiユーザー 
    >牛乳、うちは今でも配達で届けてもらってます

    おや!?そうですか!
    私は子供の頃、育った町には牛乳屋さんがありましたが、
    今は見かけません。
    ヤクルト配達所はありますが。

    私が中学の時、技術の時間は
    折り畳みの椅子
    (又←こんな形のモノ)を作りましたよ。
    完成したら、先生の前で

    自分で座って壊れなければOK。

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月22日 23:33
    > mixiユーザー 
    都はるみの「涙の連絡船」と「アンコ椿は恋の花」は
    流行りましたし、あの歌い回しは耳に残りますよね。

    >船底で寝て夜明け前にたたき起こされるのでした
    う〜ん、それは修学旅行と言えどハードですね。あせあせ

    私の家も小学校の時は、牛乳を取っていたような
    いないような、、
    牛乳箱はありあしたがね。
    家のそばにすぐ食料品店があったので、
    届けてもらわなくても
    すぐに牛乳は買えましたよ。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月22日 23:43
     昭和歌謡は、やはり昭和の香りがしますねほっとした顔

     牛乳箱、懐かしいなぁ〜学校給食では必ずガラス瓶入りの牛乳でしたし(今もそうかな?)

     連絡船は、そう青函トンネルや瀬戸大橋が開通した昭和63年まであり、学生時代の旅行で渡道時は必ず利用したものです。⇒あ、青函連絡船です。

     停車場(ていしゃば)も懐かしい響き!
     石川啄木の ”ふるさとの 訛なつかし 停車場の 人ごみの中に そを聴きにゆく” で、この文言を知りましたが、歌謡曲にもこれだけ用いられているんですねウインク
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月22日 23:51
    たまに近所の肉屋でアドバルーンが上がります。
    買いに行ったことはないのですが。

    お風呂で、昨日は石川さゆり、今日は都はるみのCDを聞きました。
    どちらも良い曲ですよね。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月23日 00:35
    > mixiユーザー 
    >学校給食では必ずガラス瓶入りの牛乳でしたし(今もそうかな?)
    私の時代は、小学5年まで脱脂粉乳でした。(^^:
    瓶入り牛乳が美味しく感じられましたよ。
    今は、、、ご飯が主食の給食に牛乳は合わないから
    なくそうという話があるそうですね。

    私は芥川龍之介を出しましたが、
    そちらは啄木ですか!?
    その短歌も知っていました。
    そこで謳われた停車場は、
    東北の人が集まる大きな駅
    =上野ではないでしょうかね?
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月23日 00:39
    > mixiユーザー 
    アドバルーンを上げるとは
    大きな肉屋さんですね!?
    それともそのアドバルーンが小型なんでしょうか?

    石川さゆりもそうですが、
    森昌子が出て来て
    「連絡船」というフレーズを歌った時は
    都はるみを思い出しました。
    というか、その時点で、(昭和47年)、シンシアとか
    麻丘めぐみといった現代的なポップスを歌う女性歌手が
    出てきた時に、時代が逆回りした気がしましたが、、(^^:
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月23日 01:24
    美ち奴姐さんは懐メロ番組でよく歌っていたなあ。
    デイケアでおばあさんたちがよく歌うので、僕も2番まで覚えました。
    アドバルーンは銀座辺りに高いビルが増えて、風船を上げるより壁面の懸垂幕の方が効果的と、大学頃には都内ではほぼ見なくなったような?
    広告サークルやコピーライター養成校でも無視していたなあ。
    でも、まだ晴海の国際展示場が現役の時には、会場内で揚げた経験も。
    幕張メッセも天井は高いので、室内用バルーンを上げていました。

    「あゝそれなのに」は「うちの女房にゃヒケがある」と言う映画の歌ですね。
    主題歌は映画のタイトルと同名で、映画主演の杉狂児と美ち奴姐さんのデュエット。
    この杉狂児は戦前からの喜劇映画俳優らしいが、さすがに僕も古すぎる邦画の喜劇は見ていない。
    しかし杉狂児は渋谷のストリップ小屋の道頓堀劇場で現役でいてコント赤信号も鍛えたらしく、赤信号が師匠としてテレビに出していた。

    連絡船、かろうじて青函連絡船には乗っています。
    瀬戸内海の宇高連絡船も。
    連絡船は国鉄が、海峡などで路線が分断されろ部分を船で連絡したものなので、
    国鉄路線と別のは多くはフェリーと名乗っていた。
    映画化された「涙の連絡船」は鹿児島の桜島フェリーが舞台だった。連絡船か?(^_^:
    森昌子の「先生」や小柳ルミ子の「瀬戸の花嫁」は連絡船かなあ。島から島はビミョー?

    僕は下町の方だから、千住や関屋の隅田川の連絡船?、いわゆるポンポン蒸気もよく乗りました。

    停車場。
    日本鉄道の始めの新橋は、いまの新橋駅とは別で汐留の方。地下鉄の汐留駅の工事でかつての新橋の停車場が見つかりましたね。
    しかし、新橋は「停車場ていしゃじょう」の名も誇っていて、駅前に「停車場」と言う喫茶店もあったなあ。

    玉電とは別に、都電は都バスと同じ停留所と僕らは呼んでいた。
    考えれば停留は固定された駅ではなく移動した場所にも留置可能だから、いわゆる市電は停車場が?
    まあ、普通の人は陸自の駐屯地も、海自や空自と同じ「基地」と呼ぶようにあまり区別はしなかった。

    イタリア映画の「終着駅」は好きな古典。
    舞台になるローマのテルミニ駅も行きました。
    テルミニをターミナルと思い終着駅と訳した説もあるそうですが(蟹座さんの触れた説ではなく)、実際に行ったら駅の近くにテルミニと言う古代ローマの大浴場の遺跡がありました(^_^:
    ロンドンのヒースローからローマのレオナルド・ダヴィチへ最終便。空港駅でもたついて、最終の普通電車でテルミニに。
    箱席の向かいにはアメリカ人の女の子。
    挨拶程度はかわしたが映画のようには出会いには。
    でもね、これが最終のテルミニかと、降りた時の感慨は深かったなあ。

    サンドイッチマンは、歌舞伎町が懐かしい。殺伐とした呼び込みではなく。
    昼間の新宿通りや浅草には飲食店や物販、映画館のも記憶が。
    鶴田浩二、高校の頃にドラマも歌も再ブレイク。
    その勢いで「街のサンドイッチマン」も懐メロでスターに。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月23日 08:41
    少年時代、まだ周りに大きな建物もなく、私の育った板橋からは、池袋のデパート(西武とか東武、三越など)のアドバルーンがよく見えました。

    石川啄木が詠った「ふるさとの 訛り懐かし 停車場の 人ごみのなかに そを聴きにいく」はやはり上野駅でしょうね。
    「停車場」・・・なんかシンシアの歌にもあったようだなと思って、考えてみましたが、停車場ではなく駅でしたね。「・・・・・あの日分かれた、駅にたたずみ、あ〜〜青い枯葉噛んでみたの・・・」
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月23日 09:21
    山田太郎の「新聞少年」は知ってましたが、「牛乳少年」なんて歌ってたのですね。ムード
    私が子供の頃は牛乳を配達してるのは、少年じゃなくて近所のおじいちゃんでした。あせあせ業者から委託されたのでしょうが
    その後、今度はおばあちゃんに変わりました。
    たまにマミーやヤクルトや牛乳をもう1本おまけしてもらったり。


    青函連絡船、「津軽海峡・冬景色」がリリースされる以前に乗ったことがあります。船
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月23日 10:13
    家内の実家、尾鷲には市内の集落と集落を結ぶ連絡船=巡航船があります。湾が入りくんでて陸路だと時間かかってしまうのです。ある時、何の合図か?突然「峰子のマドロスさん」が流れたときは感動したなぁ。あ、これ映画のワンシーンだったかな?
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月23日 10:37
    20才の頃、歌舞伎町でサンドイッチマンのアルバイトをしたことがあります。
    午後5時前にコマ劇場の前で集合、ゴーゴークラブの看板を渡されて指定された辻に立つ。初めは恥ずかしかったけれど、馴れれば何てことない、たまにスタイルのいいお姉さんが手を振ってくれたり、会釈してくれたり。今考えればゴーゴーガールなんでしょうけど。

    午後10時くらいに終了。コマ劇場前で手配師のオッサンから日払いのギャラを受け取ります。
    1500円行ったか行かないか。
    貰ってションベン横丁に直行。
    焼き鳥と酎ハイで泡と消えました。笑。

    ちなみにその時のゴーゴークラブの看板には出演者が大木トオルと言ってその後アメリカに渡りミスターブルースマンと呼ばれ、今は被災地で生き残った犬の世話をして有名みたいです。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月23日 12:32
    うわぁ〜〜ハート達(複数ハート)今回の蟹座さん日記はははははは〜〜〜おじ3のまさにリアルで過ごして来た〜時代の歌とかバッカシで〜とっても懐かしくて〜メッチャ嬉しかったですよ〜〜ハート達(複数ハート)\(^o^)/ハート達(複数ハート)
    それにしても〜一番目から〜「みちやっこ」が〜出て来るとは〜夢にも思わなかったっすよ〜〜♪♪♪\(^o^)/♪♪♪
    そして今の若い人達は知らないだろう〜「アドバルーン」・・・まぁ〜今でもパチンコ店とかで〜たまにアドバルーンとか上げる店もたまにはあるのでしょうけど〜ほとんど見られなくなっちゃいましたよね〜ww
    それから〜おじ3もたまにカラオケスナックへ行くと歌う鶴田浩二さんの「街のサンドイッチマン」。。。鶴田浩二さん独特の〜ハンカチを添えてマイクを握り、自分の声を良く聞くために〜片方の手を耳に当てて歌うスタイルが〜懐かしいですなぁ〜〜カラオケハート達(複数ハート)
    おじ3も子供の頃には〜打つ飲み屋の中心街だったバンバ通りで良く目にしていた〜人間が看板を前と後ろにかけて〜通りを歩き宣伝するスタイルの〜本物のサンドイッチマンがいましたっけねぇ〜〜走る人ムード
    大好きな〜都はるみさんの〜涙の連絡船で〜おじ3のコメントを終わりマスあせあせ手(チョキ)揺れるハート
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月23日 18:12
    牛乳配達は我が家は今も利用してます。 カミサンが自分専用のなにやら栄養だか美容だかによい牛乳を配達してもらってるんです。 で、たまに配達の人と顔を合わせることがあるんですが、もろにおっさんです。

    新聞配達は早朝なので顔を見ることはないですが、昔的なバイトの少年でなくやっぱり成人の人がやってる印象です。 

    そういうことでは、昭和の風景は大分変わってきてるのかもしれません。

    ただ、新聞業界は未だに配達少年のイメージを利用してる印象はあります。

    なにかというと、新聞休刊日。 いまどきは大半の業界ではそういう休日協定的なものは廃れてますが、あの業界は未だにある。

    あれはマスコミが他の業界を徹底的に非難するカルテル的なものに近いと思う。 

    で、ときどきそういう批判が出るときがあるんですが、そうすると新聞業界は配達少年にも休みが必要だといったものごとの本質とはかけ離れた情緒的な説得を打ち出す傾向があるように思います。

    日記の本筋からかけ離れたコメントですいません。^^;
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月23日 21:02
    > mixiユーザー 
    >大学頃には都内ではほぼ見なくなったような?
    私も注意深く見ていたわけでないけれど、
    高校の時には、もう廃れていたような。
    もしかしたら昭和48年の秋、オイルショック時に
    ネオンと一緒に自粛され、そのまま亡くなったとか、、

    >うちの女房にゃ髭がある
    これの主題歌もありましたね。
    昭和29年にリメイクされていので、
    戦後もまたリバイバルしたのかな?
    「あゝそれなのに」も、結構私は子供の頃に
    耳にしたので戦前の歌だと思いませんでしたよ。

    昔の玉電とか、荒川線、函館、長崎の路面電車の駅は、
    道路の中央に屋根だけ付けたモノと記憶しています。
    駅とは呼べない、バスの停留所に「毛が生えた」くらいですね。
    世田谷線の駅は、(三軒茶屋と下高井戸を除いて)無人駅ですが、
    一応、プラットフォームはあり、路面電車と普通の電車の
    中間という気がします。

    >「終着駅」
    元々、日本語にこの言葉はなく
    この映画の邦題に作られたとか聞きましたよ。
    まぁそれまでは「終点」でしょう?
    今でも鉄道としては「終点」が正式名じゃないかな?
    でも「終着駅」は響きが良い。
    映画や歌の題名で「終点」では締まらない(^^:
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月23日 21:05
    > mixiユーザー 
    渋谷でも当時、高いビルは東横百貨店くらいでした。
    そこにアドバルールが上がっていたような。
    もしかしたらテレビで見た追体験かも知れませんが

    シンシアはモダンでアメリカンな少女でしたから
    歌詞に演歌調のフレーズはあまりありませんね。
    後年の「夜霧の街(昭和49年)」は、ちょっとその気がありますが。

    私はB面とは言え「昨日の街から」の「連絡船」という
    言葉に反応してしまいましたよ。
    まぁこの曲は、「連絡船があるような遠くまで旅に出た少女」
    を歌ったものですがね。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月23日 22:18
    > mixiユーザー 
    新聞少年は夕刊配達時に見かけましたが、
    牛乳は早朝しか配達しないので見た記憶はありません。
    おじいさんやおばあさんが配達していたんですか!?
    それは自転車ですかね?

    後年は、オート三輪で配っていたとも聞きますが、
    自転車で運ぶと、ただでさえ新聞より重いのに
    (新聞だって重たいですよ。私はちょっとやったことがありますが)
    牛乳は転倒すると割れますから、大変な労働ですね。

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月23日 22:37
    > mixiユーザー 
    正直に言って
    尾鷲ってどこの市か知りませんでした。
    見栄(三重)を張って「ああ、尾鷲ね!?」とレスしても
    良かったんですが。あせあせ

    子供の頃は歌謡曲、特に演歌を聞いても
    分からない単語が出てきました。
    連絡船と言っても、何を連絡するのか?とか(^^:

    マドロスはまだしも、
    ♪海に「ブイ」の灯(ひ)がともる♪
    とか、海面の{V}の文字が出てくるのかと
    思いましたよ。(苦笑)
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月23日 23:20
    > mixiユーザー 
    寝太郎さんが20歳の時って、昭和40年代前半頃ですよね?
    その時は、本式のサンドイッチマンはいたと思います。
    広告のプラカードを掲げたサンドイッチマンもいましたね。

    永島慎二の漫画で言えば「ピエロに扮したサンドイッチマンが
    いつも街で見かける少女を、長いことを掛け自室で絵に描いて
    最後に亡くなる」「その絵が展覧会に飾られ、結婚して子供もいる
    その時の少女が見つめている」話があります。

    あと、「漫画家残酷物語」では、私が好きな
    「雪」、作者の投影であろう漫画家(坂本)も
    サンドイッチマンのバイトをしている。
    その友人でそこそこ売れている漫画家(永島)が
    不思議そうに声を掛ける。
    「お前ほどの腕を持っているなら、
    こんなバイトをすることもないだろ?」
    しばしやりとりがあって坂本が
    「生き方の違いだ。お前までサンドイッチマン
    をやれ、とは言わない」
    永島「当たり前だ!」

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月23日 23:42
    > mixiユーザー 
    都はるみは、「涙の連絡船」の前後に「アンコ椿は恋の花」
    や「好きなった人」という大ヒットがありましたね。

    パチンコ屋でアドバルーンが上がる
    と言うのは他の人からもコメがありましたが、
    私はパチンコをやらないせいもありますが
    見たことがないなぁ。
    郊外の大きな店ですかね?

    鶴田浩二は、昭和46年に「傷だらけの人生」を歌い、
    その時に、片方の耳に手を当てるポーズが
    話題になりましたね。
    「街のサンドイッチマン」は、子供の頃、
    耳にした曲でしたが、これを鶴田浩二が
    歌ったとは後で知りましたよ。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月23日 23:54
    > mixiユーザー 
    >栄養だか美容だかによい牛乳を配達してもらってるんです。 
    今、牛乳を宅配してもらうというのは
    そういう特殊な種類のモノでしょうね。

    思うに、昭和30〜40年代は、学校の給食でも
    牛乳が出ましたが、国を挙げて推奨していた感がありますね。

    しかし、近年は「牛乳は、特に乳糖耐性がない日本人には却って害になる」
    という説もでるは、学校給食では米の主食に合わないから
    牛乳を取りやめるはで、牛乳そのものの需要が減っているようにも
    思えます。

    普通の日本人中年男性は腹がゴロゴロするとか言って牛乳を飲まないでしょう?
    それは乳糖耐性がないんですね。
    私は日本人には珍しくその耐性があるので、一日平均、500m醗幣
    飲みますが。

    新聞休刊日、昔に比べれば増えましたね。
    これも牛乳と同じく、昭和時代に比べれば需要が減ったので
    私は、「どうぞ、休んでください」という
    スタンスです。(^^:


  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月24日 07:18
    アドバルーンは分譲住宅展示場の場所を知らせるために今でも利用されますよ。
    遠くから見えますから、車で走っているといい目標になりますね。
    ウチの辺りではバリバリ現役ってとこでしょうか。

    我が家の近くには牛を飼っていて、牛乳を自家生産している家があります。
    最近までそれを配達してもらってました。
    紙パックの牛乳しか知らなければ、その味の違いに驚くはずです。
    美味しいんですよ〜うまい!

    連絡船と言えば、当地では「宇高連絡船」というものが最近まで運行されていました。
    岡山県の宇野と四国は香川県の高松を結ぶ航路です。
    ただし車で行くなら別のフェリーを利用しました。
    身一つなら、瀬戸内海横断約1時間がたった200円で行けるんですよ。
    そうそうホバークラフトも運行してました。


  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月24日 21:44
    > mixiユーザー 
    他に方からも、アドバルーンはまだある、
    というコメを貰いましたが、
    広々とした郊外ならアドバルーンも目立つでしょうが
    東京は、もう高いビルが乱立しているので
    上げても効果がないと判断されたのかも知れません。
    また地域の条例で上げてはイケないところもあるようです。

    >その味の違いに驚くはずです。
    >美味しいんですよ〜
    私も長野かどこかの牧場で搾りたての牛乳を
    飲んだことがありますが、
    市販のモノとは全く違いますね。

    1時間がたった200円で船旅の雰囲気が
    味わえるのは良いですね!


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