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2016年01月19日22:05

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飛雄馬、ワル〜漫画の登場人物の生年Α藤毅院腺毅廓〜『加治隆介の議』

〜柔道一直線、ドーベルマン刑事〜

久しぶりにこのテーマ。
1951年〜53年度生まれ、団塊世代とシラケ世代の中間世代。
かつて、柳沢きみおが「瑠璃色ゼネレーション 」
フォト
と称して、1980年代初め、30歳過ぎの疲れた世代を描いた。
あまり読んでいないけれど。

’53年生まれの阿川佐和子が自分たちを「シラケ世代」と呼んだが、
私からすれば、団塊世代に続く「全共闘世代」という気がする。
53年生まれの人が、高校に入った69年まで学生運動が盛んだった。
またビートルズ世代でもある。彼らが中学に入った66年にビートルズ来日。

著名人を挙げようとしたら、特に際立った人も思い浮かばない。
内閣総理大臣はいない。民主党政権の時に、岡田克也(53年)はなりそこなった。
国民栄誉賞もレコード大賞もいないなぁ、と思ったら、90年度ポップス・ロック部門を
受賞した「B.B.クィーンズ」のメンバーにいたくらいだ。

位置情報カラオケに行く前にチェック!音痴でもそれなりに聞こえる歌とは?
女性アーティスト編にランクイン
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=116&from=diary&id=3810397

芸能では、中島みゆき、五輪真弓、「3人娘」は、小柳さん、真理ちゃんが
それぞれ52年、51年生まれ。シンシアは53年だっけ?いや公称では54年だな(^^:

プロレスは、長州と故・ジャンボ鶴田が51年、藤波が53年も12月の終わり。
相撲では、「花の(昭和)28組」と言われ、横綱故・北の湖、若乃花、その他麒麟児とか
この年生まれの力士が活躍した。しかし千代の富士は、国民栄誉賞を受賞したが、
北の湖は貰えなかったんだな。記録的には千代の富士の方が上だからな。

手(パー)で!1951年度生まれの漫画の登場人物は、
おそ松君に「巨人の星」の星飛雄馬。
かつて少年サンデーと少年マガジンを支えたこの登場人物が
共に51年生まれと思われる。
まぁ、おそ松は62年連載開始時に小学5年生の設定だから推定として。

野球「巨人の星」の星飛雄馬は51年生まれがほぼ決定。
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1966年連載開始だが、‘58年長嶋茂雄巨人軍入団発表パーティーの場で
小学低学年の飛雄馬が長嶋に魔送球を投げつけるシーンから始まる。
67年4月に高校入学したあたりから、飛雄馬の年齢と実際の年が同時進行した。

「DRスランプ」の則巻千兵衛は、
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‘52年1月17日生まれとされているので、同じ学年。
連載当時は、この人が28歳で、主人公だった。

手(パー)‘52年度
「ワル」の氷室洋二(中央画像)原作:真樹日佐夫、作画:影丸穣也
少年マガジン‘70年〜’73年連載。その後、青年誌に続編が掲載された。
‘70年新年号に連載開始、その時点で高校二年。
青年誌化した70年代の少年マガジンに連載されたが、
もはや少年漫画の限界を越えていた。
武道の達人だが、とにかく悪い、冷酷でニヒルでクール。

少年マガジンにそれ以前に連載された小説「最後の番長」や
兄の梶原一騎が描いた「夕焼け番長」のような義侠心もない。

彼を矯正するために派遣された3人の新人教師の内、
2人の男性教師は殺され(一人は再起不能だったかな?)
美人の女性教師は逆に氷室の魅力に取りつかれ、教師を辞めて同棲する(^^:。
最後には少年院に入れられるのだが、そこでも、、(実は読んでいない)
少年マガジン編も時々、ちらっと見ていたが、通して読んでいない。
後年、単行本で読んだ。

作画は、この連載のちょっと前に少年マガジンで作品を発表していた影丸穣也。
貸本出身作家だが、ペンタッチが非常にシャープで、格闘シーンは迫力満点。
これぞ、劇画だ!
後に「空手バカ一代」でもその本領をいかんなく発揮した。

〔柔道一直線〕一条直也(左画像)
原作:梶原一騎、作画:永島慎二から途中で斎藤ゆずるに変更。
掲載誌:少年キング、‘67年〜’71年
これまた、梶原一騎のスポ根漫画。
少年マガジンの「巨人の星」の人気に目を付け、
柔道版のドラマを書かせたんだろうね。
梶原一騎って、「少年キング」の発売元「少年画報」デビューだし。
桜木健一主演のテレビドラマの方が有名だろうね。
私は、例によって見ていなかったが。
確か、連載開始時の67年に主人公、一条直也が中学3年だったと思う。

この漫画もリアルタイムでは読んでおらず、後に単行本を手に取ったが、
あまり読み進めなかった。

原作が梶原で、作画が「漫画家残酷物語」や一連の青春漫画で
名を馳せた永島慎二なのだが、途中で永島が梶原と衝突して
作画を降りてしまったという不祥事もあった。

まぁ無理だと思うよ。この組み合わせ。永島は手塚治虫の次に、
梶原と組ませてはイケない漫画家だろう?

私は、69年頃、テレビ化になったことで、この漫画と作者名を知り、
また別方向で、永島慎二という漫画家を知り、サンコミックスの
「漫画家残酷物語」や彼の単行本を買った。

目‘53年度
「嗚呼!!花の応援団」の3バカ幹部
団長、副団長、統制部長の幹部(4回生)だが、団員いびり、
金のピンハネとやりたい放題。
だが、決まって3回生青田赤道の怒りを受ける。
↓の画像の下あたりでノビテイル3人組。
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人影『加治隆介の議』、主人公加治隆介(かじりゅうすけ)
弘兼憲史作の政治漫画「ミスターマガジン」‘91年〜’98年に掲載。
「島耕作」よりは、知名度が低いかな?

主人公、加治は、鹿児島県出身。東大卒、一流商社に勤務していたが
(その時38歳)、政治家である父とその後継者と見なされている兄を
事故で失くし、その跡を継ぎ政治家に転身する。
(そこまででも一波乱、二波乱あるが)。
性格は、課長時代の島耕作以上に一直線。
最後は、総理大臣になったんだな。

衝撃「ドーベルマン刑事」の主人公加納錠治
原作:武論尊、画:平松伸二
‘75年連載開始時,22歳
バイオレンスというより、血しぶき!暴力、この毒々しさ、
陰惨なストーリー!
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フォト
いやあ、70年代の少年ジャンプだね!(^^:
この頃のジャンプって、ページをパラパラめくっても
本当に絵が汚かったもの。
初期の「こち亀」とか「東大一直線」とか、、考えてる顔


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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月19日 22:23
    ドーベルマン刑事ってシンナーでラリった若者にレイプされた女性がフラフラ街をさ迷ってる描写が多いイメージ(笑)
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月19日 22:42
    「ドーベルマン刑事」や「東大一直線」は好きでした。特に東大通のナンセンスギャグは最高。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月19日 22:44
    影丸穣也は画力は当時として群を抜いていたし、「ワル」と「空手バカ一代」で一流になりかけたんですが、なれなかった。

    あれは梶原兄弟にいいように使い回された感があります。

    なにしろ、「困ったときの影丸穣也」というジョークまであったくらいなので。

    一方、ジャンプについては、ドーベルマン刑事は僕もあんまり好まなかったですが。

    その前の段階。 

    「ハレンチ学園」一本で創成期をなんとか凌いだあとに、ほんとに人気が出たときの双璧は「男一匹ガキ大将」と「ど根性ガエル」でして、二つとも明るかったですよ。

    まあ、二つとも編集に使い回されて最後の方はへろへろになってましたが。^^
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月19日 22:48
    > mixiユーザー 
    ドーベルマン刑事、
    それとか、もろ覚醒剤中毒者とか、暴走族の集団が
    海辺の老人と子供ばっかりの村を襲撃。
    まず小学生の少女が襲われるんですよ。ふらふら
    さすがに少年雑誌だから、そのシーンはないけれど。
    少女が股から血を垂らして、「痛いよお」と泣いて帰ってくるんですね。
    エロ青年誌一歩前のゲリラ雑誌でしたよ。ジャンプは!
    少年マガジンの「ワル」は、ワルと言ってもそこまではやらず
    絵も綺麗でした。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月19日 23:23
    巨人の星は毎週見ていたと記憶デス♪
    「DRスランプ」の則巻千兵衛は、おじ3の一つ下みたいですなぁ〜〜wwあせあせ・・・当時のガールフレンドが山吹みどり先生で〜おじ3が則巻千兵衛役で〜「アラレちゃん」のマンガファンだった二人で〜良くTVアニメの様なやり取りをしたっけなぁ〜〜ww (´v`)ニィ
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月19日 23:36
    青田赤道が印象に残ってます。
    あの滅茶苦茶ぶりが好きでした。

    アラレちゃんは、もちろん読んでました。
    ドラゴンボールよりもDRスランプの方が好きです。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月19日 23:36
    巨人の星で思い出したがオズマってあだ名された女の子がいたなあ。わしは、結構悪くないなと思っていたが。どないしてるんやろなあ。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月19日 23:42
     巨人の星も、柔道一直線も、白黒テレビで観た世代ですウッシッシしかし野球にも柔道にも染まらなかったなぁ…今思えば不思議な自分考えてる顔

     51〜53年生まれって、確かに際立った方は…?
     54年と言えば、今を時めく安倍ちゃんの他、『連想ゲーム』で賢さ全面の檀ふみさん…シンシアもと思ったけど違うんですか。あと、あいつ!…パワハラ野郎もげっそり
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月20日 00:10
    > mixiユーザー 
    「東大一直線」は連載当初、絵が稚拙でしたが、
    (確か、「こち亀」の秋本治が「左手で描いていると思った
    」と言わせたほど)
    パワーはありましたね。

    そういえば、作者の小林よしのりも1953年生まれでした。
    その「こち亀」も当初は乱雑な絵だったんですが、
    80年代から、すっかり絵もストーリーも綺麗になりました。
    でも、2000年代に入ってからまた乱れましたがね。
    秋本治も52年か!?同世代ですね。
    この二人が、これほどメジャーになるとは
    当時想像もしていませんでした。あせあせ
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月20日 00:11
    「ドーベルマン刑事」好きでした(笑)
    でも、今なら絶対に連載できない漫画ですね。
    いろいろ問題がある表現が多いんですよ〜
    単行本も後に文庫化したときに、結構削除された回がありました。
    平松伸二の画は当時から垢抜けないなあと思ってましたが、
    ああいう作品の中では妙に合ってるんですよね。

    ちなみに、この作品のあとに
    「リッキー台風」というプロレス漫画を描きましたが
    蟹座さんは読んでらっしゃってたでしょうか?(^^;

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月20日 00:19
    > mixiユーザー 
    >影丸穣也
    「ワル」の前に少年マガジンで1968年頃、
    読み切りを発表していましたが(「白鯨」とか)
    私は貸本作家としての影丸を知りませんでしたから、
    「凄い新人が現れた!」と思いましたよ(苦笑)。
    あの人も、自分でストーリーを作れる漫画家ではなかったようですね。
    それで、
    >梶原兄弟にいいように使い回された感があります。
    になったんでしょうが、
    つのだじろうも梶原には絞められたし、中城健は、梶原の原作の
    「レイプ」と「殺戮」のシーンに嫌気がさして宗教の世界に入ったと聞きます。あせあせ

    ジャンプは創刊当時は、本当に名のある作家を取れず、
    若手や2、3流ばかりのショボイ雑誌でした。
    そして私が少年雑誌から一旦卒業する時期にも重なり
    69年〜73年頃はほとんど読んでいませんでしたよ。
    今、読み返すと「ど根性カエル」なんかは
    人情味があって良い作品ですね。

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月20日 00:33
    > mixiユーザー 
    >巨人の星
    私は、飛雄馬が甲子園に出て、決勝で敗れる、
    巨人に入団テストで入団
    大リーグボール一号を開発。
    このあたりは毎週楽しみに読んでいました。
    ただ、第二号が出てきた時は、もう「消える魔球」というのが陳腐だし、
    飛雄馬がまたグダグダ悩むので読むのを止めました(苦笑)

    「DRスランプ」は、絵が可愛くて、
    私は「ジャンプ」にしては珍しいと思いましたよ。
    そして、これはヒットするな!と確信しました。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月20日 00:41
    > mixiユーザー 
    青田赤道は、3回生で、3バカ幹部の後輩でしたが、
    最後にブチ切れる時は、先輩もOBもまとめて
    大暴れでのしてしまいましたね。
    あの泥臭さは癖になります。あせあせ

    私は、DRスランプの最初あたりは
    読んでいて結構好きでしたが、
    ドラゴンボールは、全く読んだことがありません。
    もう年齢的にキツクなりましたよ。
    あの画風には。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月20日 00:48
    > mixiユーザー 
    >オズマってあだ名された女の子が
    オズマですか、、、、
    う〜ん、格好良さそう。

    私の中学には「ボボ・ブラジル」に似た体育の女教師が
    いましたよ(苦笑)。20代後半、独身。
    保健体育の講義の時間は
    「春よね〜恋がしたいわ。世の中がバラ色に見えるような恋が!」
    チャイムが鳴ると、わざと机の列の中央を通り、
    両手でVサインを出しながら
    「アディオス!アディオス!」と言いながら
    後方のドアから出ていきました。ふらふら

    卒業間際には「みんな、スキーに行こうよ!」
    「教師と生徒ではなく友達として」
    とか、、、危ない!
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月20日 00:57
    > mixiユーザー 
    梶原一騎は1970年前後は大車輪で
    野球、柔道の他、サッカー(赤き血のイレブン)、
    プロレス(タイガーマスク)、ボクシング(あしたのジョー)、
    空手(空手バカ一代)とあらゆるスポ根漫画を描いていますね。
    柔道に付いて言えば、1964年の東京オリンピックの
    無差別級でオランダのヘーシンクに敗れて、
    彼にリベンジできず、そして次のメキシコ五輪では
    柔道が種目に入らなかったのが痛かった。

    >シンシアもと思ったけど
    1971年に「17才」でデビュー。
    その時、17才だったのかな?
    まぁ公表通りなら1954年7月2日生まれですね。
    なんだか、53年生まれ説もありますが、
    まぁ良いでしょう。(苦笑)
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月20日 01:13
    > mixiユーザー 
    >今なら絶対に連載できない
    あの当時でも、よく少年誌に連載できた!
    と思うほどです。(^^:

    2、3年前に「漫画ゴラク」で、
    「ドーベルマン刑事」の続編が2週に
    渡って発表されましたよ。
    確か、「ジャンプ」の最終話では死んだはずですが。

    この最終話も私はリアルタイムで読んだのではなく
    「いきなり最終回」というムック本で見ましたが、
    最後まで悲劇でしたね。

    >リッキー台風」
    読んでいたか、読んでいなかったかと聞かれたら
    毎週、熱心に読んではいませんでした。
    ほとんどそういう漫画が載っているなぁ、
    と気づいていた程度です。

    当時、プロレス雑誌の読者投稿ページに
    「少年ジャンプに「リッキー台風」というプロレス漫画が
    連載されているがこれが事実を無視したデタラメな作品である!」
    さらに「発行元に連載中止を求めよう!」
    と檄を飛ばしていたのをよく覚えています。あせあせ

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月20日 08:26
    > mixiユーザー ボボブラジル似の女教師、変やけど興味あるわあ、何か。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月20日 09:22
    「巨人の星」の星飛雄馬は51年生まれだったのですね。
    今65歳?
    なるほど、こういう考察おもしろいですね。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月20日 21:25
    永島慎二の「柔道一直線」。自分はもうこの頃少年漫画は殆ど読んでいませんでしたが、連載を始めたのは知っていました。

    貸本屋時代の傾向とあまりに違うけど、マンガの中でいつも悩んでいたアマ臭さを払拭していよいよプロの世界で活躍するんだろうと、心配半分、応援全部、まるで親の気持ちでしたね〜。
    でも途中で降板。やっぱりと言う気持ちと駄目じゃん、プロじゃないじゃんの気持ちが強かったですね。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月20日 21:31
    > mixiユーザー 
    ボボ・ブラジルというか
    アメージング・コングというか、
    その系統でしたよ。(^^:
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月20日 22:00
    > mixiユーザー 
    考えてみると「巨人の星」の連載が始まったのは、
    もう50年前なんですね。
    半世紀前のことを覚えているって、
    ずいぶん長生きしたものだと思いますよ(^^:。
    1951年生まれで飛雄馬と同じ時期に
    活躍したのは、ピンキーこと今陽子ですね。
    共に68年に、17才の時に「大リーグボール一号」と
    「恋の季節」でブレイクしました。
    正確にいうと、ピンキーの方がプロとしては
    早く注目されました。
    でも、飛雄馬は、高校一年で甲子園の
    決勝まで行ったし、
    今でいうと早実の清宮幸太郎みたいなものですね。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月20日 22:27
    > ネネネの寝太郎。さん
    1965年頃から貸本業界が斜陽になり、
    水木しげるなど多くの貸本漫画家が少年雑誌に
    活躍の場を求めたようですね。水木は違うけれど、影丸譲也とか
    園田光慶は、少年誌に「劇画」を持ち込みました。

    永島慎二も、やはり貸本からの転向ですが、
    「柔道一直線」はただビジネスとして引き受けたようですね。
    主人公の一条直也や、師匠の車周作は「巨人の星」の
    星飛雄馬と一徹にタッチが似ています。

    結局、永島はこの漫画を降りて、少年雑誌に
    それ以降描いていませんが、
    彼のリリカルな作風は70年代前半の過激な少年誌には
    向いていなかったと思いますよ。
    やはり貸本作家で70年頃、少年誌にちょっと作品を出していた
    青春モノのみやわき心太郎もブレイクしなかったし。


  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月20日 22:48
    > mixiユーザー ビジネスとして引き受けた。ならば弱音を吐かずに最後までやり通すのがプロだろう!
    と初期からのファンは思っていました。笑。

    リリカルな作風は、読者の少ない貸本屋だから成立してたんでしょう。
    みやわき心太郎も貸本屋時代の頃に劇画とは違う清冽さがあって愛読しましたが、やっぱり少年誌向きではないのでブレークはしないですよね。
    で、彼の名が定着したのはまさかの「レイプマン」笑。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月20日 23:46
    > mixiユーザー 
    私はリアルタイムで「少年キング」の
    「柔道一直線」を読んでいませんでしたが、
    永島慎二は降板というより、職場放棄。
    突然、仕事を放り出してニューヨークに
    行ってしまったらしいですね(^^:

    まぁこんなことをしたら、その後発行元の「少年画報社」は
    もとより、講談社も小学館からも仕事は来ないでしょうね。

    みやわき心太郎は、70年頃、「別冊少年マガジン」に
    作品を載せていたと記憶しています。
    画も作風もちょっと古いなぁ、と思う反面、
    なかなか味があると感じましたが、
    当時の漫画ファンには受けなかった。

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月23日 08:27
    シンシアと仲のよいあべ静江さんが1951年生まれですね。あとは、中日ドラゴンズ元監督の落合博満さんが53年生まれ。私はその翌年です。

    阿川さんの言う「シラケ世代」と言うのは半分当たっているかもしれません。私は1973年に大学に入学しましたが、入学式が大荒れで中止となりました。構内でデモやってましたが、後から思うと、それが全共闘運動の残り火のようなものでした。
    70年安保のあと、と言う時代が、シラケ世代を生んだのではないでしょうか。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月24日 10:24
    ちょっと主題とは違いますが・・。
    「柔道一直線」の殺陣は「大野剣友会」が担当。
    従って、構えや動きの中に「仮面ライダー」に共通するものがあります。
    佐々木剛は両方に出ているので、特に感じるのかもしれませんが。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月24日 22:07
    > mixiユーザー 
    シンシアら「3人娘」が出るちょっと前の
    女性人気アイドルといえば岡崎友紀が53年、
    あとチェリッシュの悦ちゃん、研ナオコ、中島みゆきらも
    51〜53年生まれです。
    野球には疎くて、この世代に有名な人がいたかな?
    と思いましたが、落合さんがそうでしたか!

    学校にもよるでしょうが73年の入学式でも
    まだそういうことはありましたか!?
    阿川さんは72年入学のはずだから、
    彼女のが「シラケ世代」と言ったのは
    違和感があり「若ぶっているのか!?」
    とさえ思いましたよ(苦笑)。

    本当に「シラケ世代」なのは、私の56年度からでしょうね。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月24日 22:50
    > mixiユーザー 
    >大野剣友会
    いや、、初めて聞く名前ですが、、(^^:
    「柔道一直線」では、主人公の派手な投げ技に
    吹っ飛んだ人達ですか?

    「仮面ライダー」の殺陣もちょっと見ただけです。


  • mixiユーザー

    mixiユーザー2016年01月25日 00:02
    > mixiユーザー 
    すみません。
    斯界では有名な殺陣師集団です。
    でした…かな。

    確かに「柔道一直線」では、顔出しでやられ役をやっている人もいます。

    主人公や脇役の構えや動きが、ライダーの変身・ファイティングポーズとそっくりのものがあります。

mixiユーザー

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