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2015年08月18日21:59

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1.2の三四郎〜漫画の登場人物の生年(‘60年〜’61年生まれ)〜マカロニほうれん荘

〜ナニワ金融道、灰原〜

今月は、‘60年度〜’61年度生まれの漫画のキャラクターについて。
実在のこの2世代の人は、大雑把に言って申し訳ないが、際立って
有名な人は思い浮かばない。

総理大臣いない。ノーベル賞、国民栄誉賞、レコード大賞受賞者いない
(田原俊彦が日本歌謡大賞を受賞しているが)、相撲の横綱いない。
プロ野球で私が知っている選手いない。
プロレスラーはその後政治家に転身した馳浩くらいだ。
まぁ、松田聖子(62年3月生まれ)は、ビッグスターと言える。
しかし、彼女も何故かレコード大賞を受賞していないんだな。

手(パー)では!60年度生まれ
「漂流教室」の主人公世代(72年に小6)=左画像
この時期は少年サンデーを読んでいなかった。
こういう漫画があることさえ知らなかった。
楳図かずおのサンデー連載は「おろち」は好きだったが、
後述するが、この頃の同誌は、低調でかつての明るさ
スマートさがなく休刊の噂さえあった。他誌もそうだが、
暗く、残酷でグロで世紀末的なんだな。
下手すると日野日出志の漫画げっそりが読み切りで掲載されるから、
うっかりページもめくれない。

ペン1,2の三四郎世代(主人公、東三四郎とその仲間(同級生))
=中央画像
少年マガジン連載、小林まこと作
‘78年連載時に高校3年生だったと思う。
上級生がいなかったから、多分そうだろ?

当初の話は、高校でラグビーや柔道をやる学園ものだった。
主人公の東三四郎は、少年マガジンの伝統を引き次いでいる。
つまり「親がいない」、母親は旦那に愛想をつかし出ていった。
その旦那(三四郎の父)も家出。
姉と共に一時親戚に預けられたが、その親戚がまた意地が悪く、
姉弟で独立してアパートを借り、姉が働いて家計を支えた、という
1960年前後の漫画の世界であった。

そして、三四郎は、大のプロレス(猪木)ファン、この年代は
猪木全盛期に、中学生だから直撃世代だな。
(それにしては実際にプロレスラーが少ないのはどういうわけだ?)

高校を卒業して、本当にプロレスラーになって活躍(いわば第2部)
ここまでが「少年マガジン」掲載。(78年〜83年)

その後、掲載誌を「ヤングマガジン」に移し、94年〜97年に掛けて、
『1・2の三四郎 2』として本格的プロレス漫画になった。
ここで同級生の北条志乃と結婚している(少しは時間の流れがある)
さらに、2003年から05年頃に掛け、今度は「イブニング」誌において
プロレスラーを引退した三四郎が、私立探偵として活躍する「格闘探偵団」が
連載されていた。ということで、私にとって付き合いが長いキャラクターなのだ。
また、続編を描いて欲しいモノである。

手(パー)61年度は掲載が早い順(登場人物の年齢が若い順)に列記すると

ペン「ダメおやじ」のタコ坊(小学生)、
古谷三敏作、少年サンデー(70年〜83年)
’70年連載時に小学校3年とある。
前述したように、連載当初の少年サンデーは殺伐としていた。
こんな感じ↓
フォト
私は、この漫画、タコ坊も嫌いだった。
それが、70年代の終わりに、ダメ親父の人生が
急に幸せな方向に変わり、漫画もむしろ他のキャラクターが
ウンチクを語るものとなった。
これは、サンデーや他の雑誌にも言えること。
で、私は70年代後半から、また少年雑誌を読み始めた。

ペン「マカロニほうれん草」の沖田総司(高校生)
フォト
鴨川つばめ作、少年チャピオン(77年〜79年)
77年春連載開始時に高校1年生。
九州福岡から単身上京、杉並区井草のアパート「ほうれん荘」に
下宿した真面目な沖田少年と、同じアパートに住む変な先輩2人(落第生)が、
騒動を巻き起こす不条理なギャグ。
作者の鴨川は新人ながら凄まじい人気を得たが、燃え尽きてしまった、、、
ちなみに鴨川も福岡出身とのこと。

位置情報福岡に来たらコレ! 味も勢いもノリにのっている定番名物3選!
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=44&from=diary&id=3571694

ペン「めぞん一刻」の主人公五代裕作(浪人〜大学〜社会人)
フォト
高橋留美子作、「ビッグコミックスピリッツ」80年〜87年
80年の暮れに連載開始で、その時、浪人一年生。
五代が61年生まれというのは確定。

この作品は、いままでヒロインの音無響子(59年度生まれ)、
恋敵の三鷹瞬(55年度)を紹介したが、五代は優柔不断だが、
優しい青年に描かれている。
ここは、同じ年代の沖田総司と共通している。
というか同じアパートの先輩住人の「オモチャ」にされているところは同じで、
私は「めぞん」を読んだ時「マカロニ」を思い出した。

マカロニのトシちゃん=めぞんの四谷、マカロニのきんどーさん=めぞんの市瀬夫人
フォト
フォト

高橋留美子は、明るさを取り戻した78年頃の「少年サンデー」でデビューしたが、
同じ頃「少年マガジン」で売り出した小林まことと、ほぼ同世代(高橋は一歳上)
そして同じ新潟県出身。共に小学館と講談社の青年誌に舞台を移して活躍した。

私はハッキリ言って、1965年以降の女性漫画家が描く
「大目玉で、肩幅が狭く、手足がか細い少女漫画」が苦手である
(それ以前の上田とし子、つのだじろう、ちばてつやの描いた少女漫画は好きだ)。
萩尾望都の漫画でも、10分持たない。目まいがする。あせあせ

しかるに高橋留美子の漫画は大丈夫というより好きである。
これは彼女が子供の頃から読んでいたのは、少女漫画ではなく、
兄が愛読した少年漫画であることが大きいであろう。
同じことは、女子プロレスラーの井上京子にも言える。
私は1980年代まで女子プロレスは見なかった。
少女漫画同様、「あんなのプロレスじゃないよ!」と思っていた。
それが井上のファイトで見直すようになったのだが、
彼女も男子プロレスを見て育った。それが従来の女子レスラーとは
違うところなんだな。

ペン「ナニワ金融道」の灰原達之(社会人)(右画像)
青木 雄二作、「モーニング」1990年〜96年
これも彼の生年月日を確定させるシーンが連載第一回にある。
灰原が金融企業に再就職しようとして試験を受けたが、
彼にはサラ金で借金をした経歴があり、不合格になる。
その会社のオンラインに「灰原達之」
(昭和36年(1961年)10月10日)と打たれていた。

この漫画も、作者の青木が亡くなった後、弟子たちが
描き繋ぎ綿々と続いている。
実際は25年経って、灰原も54歳のはずだが、
漫画内では3,4歳しか年齢を取っていないような気がする。
実際には、灰原は年齢とキャリア的に、桑田みたいになっているはずだ。




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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月18日 23:04
    漂流教室はタイムスリップしてしまうところが面白くて〜時々歯医者とか床屋とか行った時に置いてあると〜読んだ程度ですが〜あせあせ楳図かずおのマンガはホラーもの時代から「まことちゃん」とか〜どれもみな好きでした〜♪
    「ナニワ金融道」はおじ3今から何年前だったろうか!?・・・大阪商人の金銭感覚の鋭さ!?を少しでも学ぶために!?古本屋で20巻セットを一応買ったのですが〜以来友人から借りている倉庫に入れっぱなしで〜まだ一冊も読んでない有様なんですよ〜〜ww・・・その代わりコンビニで単発に売り出されていた「ナニワ金融道」を買って読んだ事はありますが〜wwあせあせ
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月18日 23:13
    > mixiユーザー 
    >まことちゃん
    も、ある意味、70年代後半の少年サンデーを表わす作品ですね。
    前半が「漂流教室」のようの暗く怖い漫画なのに対して
    まことちゃんは、明るく他愛のない漫画でした。
    まぁ私はあまり好きではなかったけれど、、(^^:

    >「ナニワ金融道」
    >古本屋で20巻セットを一応買ったのですが

    私は、単行本は持っていませんが、連載中は毎週、
    楽しみにしていましたよ。
    特に「小学校の教頭が先物取引にハマる話」「農家のボンクラ息子が、
    ヤクザのベンツに追突して、金を毟り取られる話」は、夢中になりました!あせあせ
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月18日 23:16
    どれもこれも懐かしい作品たちです。
    何のネタか忘れましたが、マカロニほうれん草で腹を抱えて笑った記憶があります。
    1・2の三四郎も忘れられません。途中、大食いしただけで身長があれだけ伸びるのか、疑問に思った箇所もありましたが。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月18日 23:23
    1,2の三四郎は大好きでした。

    最初はタイトルからしてダサいし画風もモダンじゃなかったしで、バカにしてたんですが、あっというまに好きになりました。 で、桜軍団のプロレス編でもっと好きになりました。

    ただ、あの編は小林流ギャグをかませながらも、プロレスというものを本格格闘技漫画として描くジレンマを内在させていたと思います。 

    「ジャイアント台風」の昔ならいざしらず、全部セメントという設定がちょっとつらかった。

    で、「1・2の三四郎 2」ではそれをリアルに近づけるために、総合格闘技的なチャンプを出して、それでもオーソドックスなプロレスラーの方が強いのだという組立にしてました。 

    って、ちょっと蟹座さんの地雷を踏むコメントにしちゃいましたかね。あせあせ(飛び散る汗)

    僕も「2」で三四郎が赤城欣市をプロレス技でのしたのを読んだときはカタルシスを感じたのでご容赦ください。^^
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月18日 23:59
    > mixiユーザー 

    「マカロニほうれん荘」も最初は、ちょっと絵が荒かったけれど、
    連載が春に始まって、夏から秋には「少年チャンピオン」を
    支える柱の一つになりましたね。
    こればかりではなく、78年頃の同誌は、最強だったと思いますよ。
    まぁそれにしては、「マカロニ」失速するのも速かった。
    この漫画、ピンクレディと人気曲線がほぼ一致するんですよね(^^:

    >1・2の三四郎、、、大食いしただけで身長があれだけ伸びるのか、
    >疑問に思った箇所もありましたが。

    高校編から、三四郎たちが卒業後、プロレス入りを目指し、
    体重もさることながら、身長も短期間で伸ばせてしまうという話ですね!
    確かに、高校三年の終わりで、それまで三四郎は、170cm台の半ばくらいだと
    思うんですが、それが190cmになってしまい、私も笑いました。
    まぁ漫画ですからね。
    作中で、三四郎がプロレス入りに向けて「180cmでもチビの方だ」と
    いうセリフが今、聞くと印象的です。
    今、正味180cmあれば十分ですよ。

    三四郎の190cmとは猪木の身長(公表)で、当時はアンドレとか
    ハンセンと言った大型外人選手と戦うのに、やはり190cmは
    欲しいというところでしょうね。


  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月19日 00:06
    鴨川つばめは後期には「マカロニほうれん荘」を書き続けるのが苦痛で、
    編集とも会話がなく、指示されたシノプシスの通りにネームを描いていたと、
    ジャンプの投稿時代からの仲間だった奴が言っていた。
    鴨川はマカロニ末期には絵も荒れて、編集部の諦めを狙いましたね(^_^彼は次第にチャンピオンからキングに。
    でもキング自体が。
    僕の知人もキングでデビューの予定が突然の休刊でで漫画家を諦めてデザイナーの道を。
    東京ひよことしてのロック雑誌の漫画を見たが、
    江口寿史のようにオシャレに処理せずに、汗臭いから売れそうに見えなかった。
    どうしてるのかな?

    高橋留美子は小池一夫の劇画村塾育ち?ですものね、絵も話のコンセプトを鍛えられていましたからね。
    「うる星やつら」が絶頂の時に、神保町で「ウル星セブン」と言う同人パロディー本を買いました。
    あたるの浮気癖に、ラムではなく志のぶ怒りで巨大化してエレキングに。
    ウルトラセブンに変身した諸星あたるに迫られる(^_^:
    あたるたちは1978年初出が高1だから1962年生まれ?まあ、高2以降、歳を取ったっけ?(^_^:
    しかし、めぞんとうる星はサンデーとスピリッツでほぼ同時連載。

    僕も劇画村塾に入る才能も根性もやる気もないが、一応シップの講座は読みました(^_^:
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月19日 00:16
    > mixiユーザー 
    >画風もモダンじゃなかったしで
    確かに、「少年チャンピオン」の「マカロニほうれん荘」、
    少年サンデーの【うる星やつら】(高橋留美子)の絵に
    比べれば、泥臭く、スマートさも斬新さも欠けていましたね。
    最初は、わりと、設定も絵もオーソドックスですよね。
    それで、時々、炸裂する小林ギャグが(プロレスをパロっていることもあり)
    好きでしたよ。

    >プロレスというものを本格格闘技漫画として描く
    >ジレンマを内在させていたと思います。
    小林が、いつまでプロレスを真剣勝負と信じていたのかが
    ポイントになりますが、
    途中、あるいは最初から気づいていても、仕事ならやるでしょうね。
    それを言うと、70〜80年代のプロレス雑誌記者は、心が保てませんよ。 

    >地雷を踏むコメントにしちゃいましたかね
    いや、それは大丈夫です。

    >『1・2の三四郎 2』
    は98年に終了しているですが、この後、2001年の暮れに、
    元レフェリーがプロレスの暴露本を出して、激震が走りました。
    まぁ、その後は、もうプロレスモノを描けないと思って、
    三四郎を「探偵」とした新編を発表したのかな?
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月19日 00:33
    > mixiユーザー 
    「マカロニほうれん荘」の、晩期の荒れっぷりは、
    目も当てられないものがありましたよ。ふらふら
    79年に一回、連載が終了して、半年くらいで、
    「マカロニ2」として再スタートしたんですが、これもダメでした。
    「少年キング」に東京ひよこのペンネームで発表した時、
    注目しましたが、画力は持ち直したものの、
    ギャグのパワーがかなり落ちていた。というか、もう通用しなくなっていた。
    思うに、何年も人気を持ち続けている漫画家は立派ですね。

    >「うる星やつら」の諸星あたる
    78年連載開始時で、高1ですから、‘62年生まれとカウントしました。
    ただ、私は、この漫画、リアルタイムで、そしてその後も単行本などで、
    よく読んでいないんですよ。
    なにか、鬼の娘とか妖怪が出てくるラブコメディーだと思っていましたが。
    ちょっと現実離れしていたし、、ごちゃごちゃした印象がありました。
    その点、「めぞん一刻」の方が好きですよ。

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月19日 01:30
    小林流ギャグは好きです。三四郎も読んでました。
    楳図漫画は苦手です。絵が…。
    馳と同世代のレスラー…確かに思い浮かびませんね。
    今度、女子プロの京子以前、京子以降をお願いいたします。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月19日 18:58
    楳図漫画は好きなのですが、漂流教室は怖くて途中で放棄。おろちは好きでした。
    マカロニほうれん荘は、時代ですね。キャラクターとギャグの爆発というか、めちゃぶりが愛された漫画です。新撰組を何故もじったのか、最初をよく覚えていないのですが、きんどうさんととしちゃんは、憎めないキャラでした。次が書けないのはわかるような気がします。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月19日 19:29
    > mixiユーザー 

    楳図かずおは、恐怖漫画家ですから、
    恐い!気持ち悪い!のは当然として、
    絵は、むしろ「まことちゃん」のビチグソとか、鼻水の方が
    見るに堪えられないものがありましたよ。

    また、彼の絵は、人物の手足のデッサンが狂っているモノを
    散見します。あれ、わざとやっているのかな?

    まぁ、でも彼は中編のストーリーを書かせたら、一流ですね。
    「おろち」とか。

    井上京子に限らず、90年以降、クラッシュギャルズ引退後の全女は
    男性ファンを取り込む女子プロレスをやっていましたね。
    それで私も見に行けたんですが。80年代は、男性が入れるような
    雰囲気ではありませんでしたよ。ふらふら
    で、男性ファンでも客が多く入れば、良いのか?
    確かに、それは興行的にはOKですが、若い女性ファン=女子レスラーに憧れ、
    入門してくる層を育てないと、団体は存続できないですね。
    それで、実際、90年代以降は入門者が減って、女子プロレス
    そのものも衰退していきました。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月19日 20:33
    > mixiユーザー 

    楳図かずお
    小学生3,4年の時、少年マガジンに「ひびわれ怪人」とか「半魚人」
    という短期連載物を書いていてそれで名前を知りましたが、
    恐い気持ちの悪い漫画だと思いました。
    同時期、少女雑誌にも怪奇モノを連載していたのを気づきましたよ。
    「おろち」は、もうちょっと後、中学に入った時くらいかな?
    そんなに怖い話でもなく、ストーリー構成が面白いので、
    これは好きになりました。

    その後、71〜72年は「アゲイン」という漫画を連載させます。
    この頃、もうサンデーは読んでおらず、後年単行本で読んだんですが、
    老人が高校生に若返って、また高校生活を始める、という学園コメディで、
    全然怖くなく、楽しい漫画でした。
    ちなみにその老人の孫がまことちゃんでした。

    で、その後が、「漂流教室」、その後76年頃に「アゲイン」の
    脇役をスピンアウトさせた「まことちゃん」が始まりました。
    私は怖いとは別の意味で、この漫画は読んでいませんでしたがね。

    77〜78年頃の「少年チャピオン」は本当にパワーがありました。
    でも、次回作が描けなかった。最初の作品を上回ることが出来なかった、
    という点では山上たつひこの「がきデカ」も、手塚治虫の「ブラックジャック」も
    同じことが言えると思います。それで80年以降、
    同誌の人気は急降下しましたよ。ふらふら
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月20日 22:25
    「マカロニほうれん草」の沖田総司って沖田浩之みたいですよね。
    この漫画に出てくるキャラで唇が厚い人、きんどーさん、印象に残ってます。
    コムシンさんのHNの写真の人ですよね。わーい(嬉しい顔)
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月20日 22:59
    > mixiユーザー 
    アイドルの沖田 浩之は、この漫画が終わってから出て来ました。
    「マカロニ」の沖田君より、気が強そうで、
    ちょっと不良が入っています。
    彼も、本名は置鮎 (おきあい )という珍しい姓ですね。
    それを少し変えて「沖田」としたんでしょう。
    沖田 ヒロ君も自殺とは、ショックな死に方でした。がく〜(落胆した顔)

    キンドーさんは、このキャラクターに雰囲気が似ている人は
    みな「キンドーさん」と呼ばれていましたよ。

    トシちゃんみたいに格好良い人は滅多にいなかったけれど。
    そういえば、それからアイドルのトシちゃんが出て来ましたね。
    まぁ偶然でしょうけれど。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月22日 01:58
    「漂流教室」は賞も取ったと思いますが、確かに名作だったと思います。
    恐怖作品ではなく、SFモノとしてしっかり成立していたと。

    「1,2の三四郎」は楽しく読みました。
    どんどん変わっていく設定には驚きましたけどあせあせ

    高橋留美子は男目線を持つ、本当に希有な女性漫画家ですよね。
    よくこんな心理が描けるな、と感心します。
    ただ最近のシリアス路線は、個人的にはちょっと残念。
    「うる星」「らんま」「めぞん」が僕にとってのすべてかな・・。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月22日 04:12
    > mixiユーザー 
    笑う評的なんかは、女目線ですよ。あと人魚の森シリーズとか・・。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月22日 11:00
    > mixiユーザー 
    >「漂流教室」は賞も取ったと思いますが
    昭和49年度の「小学館漫画賞」を受賞していますね。
    ただ、その時、大半の審査員はこの作品に否定的で、
    審査員のひとりカバゴンこと阿部進が強く推したので
    受賞したと言われます。
    (出典:「懐かしのマンガおもしろ意外史」二見文庫、逢河信彦著)
    まぁ迫力はありますね。

    「1, 2の三四郎」は、高校を卒業間近、プロレスラーを目指し、
    根性で身長を伸ばした下りは笑いましたよ。

    高橋留美子は、「めぞん一刻」は好きですが、他の「うる星やつら」
    や「らんま」「1/2ポンドの福音」とか、あまり読み進めないんですよ。

    ひとつの傑作があると、その作者の他の作品は
    傑作と比較してしまうんですね。


    あと、短編は気軽に読めるから好き。いまでも時々
    「ビックコミックオリジナル」に載りますね。

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