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2015年08月07日22:27

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アニメと〜なつかしCMシリーズ〜シールと食い物で

〜嬉しいとメガネが落ちるんです〜

先週の日記で「怒りの小金治」と紹介した桂小金治は、
確か、アフタヌーンショーの司会の前に「のりたま」のCMをやっていた。
Youtubeにないなぁ。

小金治が船の船長に扮し(右画像)、梶を廻し
「面舵一杯、のりたまで(ご飯)3杯!」

ご飯に掛けるだけでは売り上げが伸びないと思ったのか。
「(インスタント)ラーメンにも掛けよう!」と呼びかけていた。
これ、やってみたけれど美味くなかったよ。あせあせ

カップラーメンも、フリカケを掛ければ
何杯も食えるかな?
夢のカップヌードル食べ放題フェス、OKAMOTO'Sやねごとらの出演決定。
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=84&from=diary&id=3555203


手(パー)また先月、マーブルチョコのCMを紹介したが、
明治製菓はテレビアニメの「鉄腕アトム」のスポンサーだったので
マーブルチョコの中にアトムのシールがオマケで入っていた。

それに呼応したのか、「のりたま」の中には「エイトマン」、
フォト
グリコは「鉄人28号」、森永製菓の「ココア」には「オオカミ少年ケン」
フォト
とアニメ化されたキャラクターのシール、ワッペンがオマケについた。
ただ藤沢薬品の薬には「風のフジ丸」のシールは
入っていなかったと思う。あせあせ

【鉄人】の主題歌なんか、最後に「グリコ、グリコ、グリ−コ−」
とスポンサー名を連呼していた。

シール、ワッペン、私もそうだが、当時の小学生の間で
大流行して、社会現象までになった。

私と同学年の泉麻人は、「エイトマン」のシール欲しさに、
「のりたま」を買ってもらい、それでご飯を何杯も何杯も食べた結果、
小学2年生で肥満児になった、と著書に書いていた。

のりたまはエイトマンブームが終わると
独自のcmソングを出していたなぁ。
♪のりーたまシャッシャカ シャッシャカ かけよ 。
あったかいご飯にかけたのりたま 、
こんなうまいもん 滅多ないよ♪
こんなうまいもん 滅多ないとは思わなかったが、
私も結構「のりたま」は好きだった。

[m:33テレビ]アニメのことを言うと、
私は、幼児期からアメリカのアニメ〔ディズニー、ポパイ、トムとジェリー等〕を
見て育った。63年1月に国産テレビアニメ第一号の「鉄腕アトム」が始まった時は、
そのキャラクターも含め夢中になり、同作品が掲載されている「月刊少年」も購読した。

しかし、やはりどう見ても、アメリカのアニメより劣っていた。
それだけ手間を掛けて、作れなかったんだな。
そして、アニメ作品がどんどん登場した64〜65年頃、私は漫画雑誌も読んでいたが、
例えば「エイトマン」などは明らかに桑田次郎が描いていた漫画の方が描線鮮やかで、
むしろこっちのほうが躍動感があった。

ということで、私は小学校の時、テレビアニメは雑誌で読んだ物は、
筋を知っているから見ない。雑誌で読んでいないアニメは良く知らないから見ない。
どっちにしても見ていない、というスタンスを取った。あせあせ

リサイクルテレビCMの話に戻して
大村昆「オロナミンC」

嬉しいとメガネが落ちるんですよ」の名文句。

大村昆自身は、幼児の頃、大阪を舞台にした人情喜劇
「番頭はんと丁稚どん」で見ていた。

で、この「オロナミンC」という飲み物。
小学校の時は、飲んだことがなかった。
なにか、コーラなどの炭酸飲料とは違い、栄養が
含まれているという話だった。
でも、リポビンタンDのような栄養ドリンクとは違い、
あくまで「炭酸飲料」なんだな。

こういう炭酸飲料は、真夏に歩いて喉が
カラカラになった時に飲むと生き返る。
宣伝するわけでもないが
「リアルゴールド」とか「デカドミンドリンク」が好きだ。

オロナミンCのCMに戻るが、
のりたま同様、色々な飲み方を宣伝していた。
リビングで家族が集まり、
フォト
「オロナミンに生卵を混ぜる」とか「牛乳を混ぜる」とか。
牛乳は好きだから、やっても良いが、生卵は嫌だな。

あと、「ポカリスエット+オロナミン」。
これ、CMではなく、確か、シブガキ隊の薬丸が
言っていたような気がする。
淡白なオロナミンに、ちょっと塩味がする水であるポカリでは味が
付かないと思ったのだが、検索したら、その組み合わせは
炭酸飲料の「MATCH」になるという。
あとオロナミンは読売巨人軍の選手もcmに出ていた。
「元気はつらつオロナミンC」と
フォト


手(パー)では、今回はこの辺で。

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コメント

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月07日 23:27
    ふりかけの原料で、カルシウム補給のために使用されるのにドロマイトという石灰の一種がありまして、栃木県佐野市葛生がドロマイト日本有数の産地です。
    何年か前にアド街でやってました。
    ふりかけというとすぐ思い浮かぶのがこれでしたのでウッシッシ
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月07日 23:38
    オロナミンCのCMウルトラマンの前に有りませんでした三船敏郎でexclamation & questionあの頃はグリコの鉄人28号、明治の鉄腕アトム、宇宙少年ソランの森永のおまけ合戦で、おまけ収集に必死になってた想い出が。今、思うのは8マンと「のぞみ」どちらが速いのだろうexclamation & question
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月07日 23:40
    > mixiユーザー 
    >ドロマイト
    恥ずかしながら、初めてその名前を聞きました。
    ドロマイト、、ネーミングからすると、そう食欲を
    そそるものではないんですがあせあせ
    今まで、のりたまを初め、フリカケを食べるたびに
    お世話になっていたんですね!

    検索すると、
    カルシウム及び、マグネシウム補給に
    役立っていたとありました。
    有益な物質なんですね。
    勉強になりました。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月07日 23:59
    おじ3が覚えている桂小金治さんの〜TVCMでは〜やはり船に乗って来た〜外国人役でして〜「お〜!フジヤマ〜♪ すきやきふりかけ〜」と言っていたのを覚えておりマス♪
    おじ3も〜小学生時代には〜エイトマンのシールとか〜鉄人28号、オオカミ少年ケン、風のフジ丸とかの〜シールを筆箱とかに〜貼ってましたっけ〜〜あせあせ手(チョキ)るんるん
    おじ3の母親が三ツ矢サイダーとか好きだったので〜おじ3もサイダーをはじめとして〜オロナミンCドリンク、リアルゴールド、ドデカミンドリンク、デカビタCドリンク等〜今でもノド渇くと〜炭酸飲料を飲まないと〜ノドが潤った感じがしません〜〜wwほっとした顔
    オロナミンCと言えば〜何と言っても〜大村 昆さんですよねぇ〜〜(o^□^o)指でOKるんるん
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月08日 00:01
    > mixiユーザー 
    早速のコメをどうも!
    >オロナミンCのCMウルトラマンの前に
    >有りませんでした三船敏郎で

    えーと、、オロナミンCのCMがウルトラマンの番組に前にあったか?
    そして、それは三船敏郎がやっていた
    ということですか?
    両方とも記憶にありません。あせあせ
    「三船敏郎、オロナミンCのCM」で検索しても見当たりませんね。

    三船敏郎は、やはり「男は黙ってサッポロビール!」でしょう?

    あの1964年頃は、アニメ、シール、食い物(お菓子)
    の商法にしてやられた感がありますよ(苦笑)

    エイトマンのアニメ化と「夢の超特急」(新幹線)の開通が
    オーバーラップしていましたね。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月08日 00:08
    > mixiユーザー 
    >お〜!フジヤマ〜♪ すきやきふりかけ〜」
    そのCMは記憶にありませんが、
    (言われてみれば、あったような気もします(^^:)
    「すき焼きふりかけ」は、覚えていて実際に、
    買ってもらってフリカケましたよ。
    当時、「すき焼き」はご馳走で、そう滅多に食べられる料理でもなく、
    期待していたんですが、まぁ不味くはないにしろ、
    「なんでこれが【すきやき】なんだろう?」と思いました。(^^:

    本文にも書きましたが、この猛暑の折り、外出していると
    デカドミンドリンクなど、ついつい自販機で買って飲んでしまいます。

    オロナミンCドリンクは、そのために飲むにしてはちょっと量が少ないですね。

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月08日 01:49
    鉄人のワッペン懐かしいです。洋服ダンスにいっぱい貼りつけた記憶があります。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月08日 02:45
    そうだ、鉄人シールありましたね。
    フワフワした布製でしたよね。
    でも何の商品に付いてたかな?あせあせ

    日本のテレビアニメがアメリカのに大きく劣るのは当たり前でして・・。
    向こうは製作に膨大な時間と費用を掛けています。
    日本は作りながら放送して、超自転車操業ですから。
    でも毎週三十分のアニメをテレビの商業放送に流すというのは、それこそ画期的。
    世界でも日本が最初の快挙なんですよ。
    それを可能にしたのが、コマ数の節約です。
    向こうは1秒間に24コマのフルアニメ。
    こちらは平均しても秒間数コマのリミティッドアニメ。
    それでも現場は地獄の様相を呈したらしいです。

    右を向いて左を向くのに2枚の画で済ませるなんてのも普通にやってました。
    でもそれを思いつき実践したのは手塚治虫の偉業です。

    も少し言えば、エイトマンの中の何本かは「二段抜き」といって、陰を薄い影と濃い影の二段に塗り分けるという凝ったことをやっています。
    これは今のアニメでも滅多に行われない高度な技です。
    多少画がカクカクしても許してあげてもらえませんかほっとした顔

    ところで今年は丸美屋のなんかの記念で、「エイトマンシール」が封入されたふりかけセットが発売されてるはずです。
    見かけたら買いますよ〜手(グー)わーい(嬉しい顔)
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月08日 08:47
    オロナミンCに限らず、大塚製薬グループの看板、今でも田舎で見かけることがありますが、懐かしさを覚えますね。大村崑さんの他にも、浪花千栄子さん、水原弘さん、松山容子さんなど。
    忘れてならないのがアース渦巻きの由美かおるさん。今見ても色っぽいと思います。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月08日 10:10
    > mixiユーザー 

    なぜか、鉄人は「ワッペン」、アトムや
    その他のキャラクターは
    「シール」というイメ−ジがあります。
    ワッペンの方が重厚感、高級感がありました。
    そこのところ、グリコも考えて差別化したのかな?

    >洋服ダンスにいっぱい貼りつけた記憶があります。
    自分のノートや筆箱ならともかく、家具なんかに
    貼りつけたら怒られたでしょう?(苦笑)
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月08日 10:16
    > mixiユーザー 

    >フワフワした布製でしたよね
    布製と言ったら、ワッペンの方では?

    63,4年頃のテレビアニメは、
    まぁ、今、私は無責任に「アメリカのアニメより劣ってた」
    と言いましたが
    当時、虫プロダクションは、毎週「鉄腕アトム」の
    アニメを制作するのに大変な苦労をしたのは聞いています。
    昨年、草剛が手塚治虫を演じて、その当時の奮戦記を
    ドラマ化していましたね。
    アニメ制作だけでも大変なのに、手塚は本業の漫画も
    連載を数本抱えて。

    その時の苦労あるいは工夫が、現在の世界に誇る
    日本のアニメ文化の礎を築いたとも痛感しています。
    、、、でも、、、
    私は、アニメのみならず日本はどうやってもアメリカ(欧米)に勝てない、
    と思いましたよ。
    お家芸の柔道は東京オリンピックでヘーシンクに敗れたし、
    野球では、今みたいに日本人選手がメジャーリーグに行って
    活躍するなど、夢の夢。

    しかし、ただ、、ひとつ日本人がアメリカ人を
    やっつけられるジャンルがありました。
    それが「プロレス」で、これには夢中になりましたよ(^^:
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月08日 13:15
    子供の頃、ふりかけご飯美味しかったです。
    のりたまもそうなんですが初めて食べた「すきやき」ふりかけはびっくりするほど私は美味しかったです。
    アニメの番組ではよくCMに使われてましたね。
    私もシール欲しくて集めたりしてました。

    大村昆さんやボンカレーの松山容子さんのホーロータイプでできた看板
    よく田舎の道で見かけました。
    最近はもうほとんど見れなくなってしまいましたね。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月08日 13:44
    > mixiユーザー 
    ちょっと調べてみると、鉄人の不織布ワッペンは応募で全員貰えるという方式だったみたいですね。
    見た覚えも触った感触さえ記憶にあるのに、何に付いていたか覚えていないのはこの辺に原因があるようですね。

    それと蟹座さんとひとつ意見の違いがあるのは、僕は「現状では、欧米がどんなに頑張っても日本のアニメを超えられない」と思っていることです。
    彼らの中には、漫画やアニメは所詮レベルの低い、卒業すべきジャンルという意識が根強いと思います。
    それが彼らをして日本を抜くことができない要因となっているのではないでしょうか。

    日本では「子守り」として始まったテレビアニメが、「ヤマト」で中高校生以上を巻き込む社会現象を巻き起こしたことで、大きく様変わりしました。
    アニメが数十億単位のビジネスとして成立することを認知した大人達は、大慌てで対象年齢を上に定めたアニメの製作に走るようになります。

    「ヤマト」の続編は言うに及ばず、手塚の「火の鳥」、ルパンの劇場用作品、タツノコはシリアス路線の「ガッチャマン2」、サンライズは「ガンダム」「イデオン」etc。
    こうした流れの中で「AKIRA」や「攻殻機動隊」といった名作(というかこじらせすぎた作品も)が次々に生まれ、世界を大きく引き離すアニメ大国へと日本を押し上げたのです。

    まあ正直ディズニーのような万人受けする作品以外で、日本人を唸らせるような感性と技術の作品を作ってみろ!と言いたいですね手(パー)

    オリンピックで言えば、柔道はもはや日本人の手を離れてしまいましたね。
    空手が今必死で競技認定してもらうべく努力しているようですが、あれも正式競技となればたちまち外国勢に席巻されてしまうでしょうね。
    寸止めかフルコンかでも全く別物の競技になってしまうだろうし、止めておいた方がいいように思えてなりません。

    昔のプロレスは分かりやすくてよかったですなあほっとした顔
    卑怯なことばかりする外人レスラーをなぎ倒す日本人レスラー!
    雷電ドロップじゃ〜!(地味あせあせ
    足四の字じゃ〜!
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月08日 18:02
    > mixiユーザー 

    思えば大塚製薬は名作CMが多いですね。
    浪花 千栄子のオロナイン軟膏のcm
    慇懃な表情で、ちょっとためらいがちに「
    オロナインは痔にも良ろしくてなぁ、、」
    これは小学校で大流行でした!(^^:

    そして崑ちゃんの「オロナミンC」そして
    「五木の子守歌」の替え歌の「ボンカレー」
    ポスターでは、松山容子ものが今、お宝になっているとか。
    ポカリスエット もカロリーメイト大塚製薬ですね。
    こう見ると、薬よりも食品、飲料水が多いですね。
    由美かおるさんもさることながら、
    シンシアのあのCMも今後、紹介します!
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月08日 20:07
    > mixiユーザー 
    私は、「礒の吹き寄せ」というのを
    なぜかよく覚えています。
    これは丸美屋ではなく、
    永谷園のふりかけなんですね。
    それも単独で売っていたのではなく
    【お茶漬け海苔】5袋入りの中に
    一袋入っていたように記憶しています。

    永谷園はアニメのシールは付いていませんでしたが、
    葛飾北斎や、安藤広重の「東海道五十三次」の
    小さな絵が入っていて、これもなかなか洒落ていました。

    松山容子のホーローの看板。もうすっかり昭和レトロですね。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月08日 20:16
    > mixiユーザー 
    三船敏郎はドリンクではなくて、武田薬品のアリナミンでは?
    武田はウルトラマンのメインスポンサーでした。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月08日 20:27
    > mixiユーザー 

    >ひとつ意見の違いがあるのは
    えーーと、ちょっと誤解があるようですが、
    私は1963、4年時点で、「アニメのみならず日本は
    どうやってもアメリカ(欧米)に勝てない」
    と書きましたが、将来的なら、勝てる分野もあると思っていました。
    少なくとも、未来永劫絶対に勝てないこともないだろう、と。

    まぁ、それは良いてして
    >彼らの中には、漫画やアニメは所詮レベルの低い、卒業すべきジャンル
    >という意識が根強いと思います。

    これは同感ですね。
    というか私(と同世代)にも「漫画雑誌は小学校まで」
    という風潮がありましたけれどね。
    「中学に入ったら、少年マガジンや少年サンデーを卒業して
    「ボーイズ・ライフ(活字中心の月刊誌)を読もう!」とか。
    でも、私が中学に入った年に同誌は廃刊になったんですよ(^^:

    で、私も一旦、少年週刊誌は卒業しました。
    それで、プロレス雑誌を購読していましたよ。

    話は脱線しましたが、もうひとつ、
    日本のアニメが発達した以上に、欧米(というかアメリカ、
    それもデズィニー)のアニメは停滞しているように感じます。
    まぁ、大将のウオルト・デズィニーが1966年に
    亡くなったことも大きいでしょう。

    その後、映画や最近はコンピュータアニメーションに
    シフトして、アニメそのものはどうなんでしょうね?

    また、私が子供の頃、慣れ親しんだ「トムとジェリー」や
    「ウッド・ペッカー」といったテレビアニメも聞きません。
    その後、なんとかいうアニメ作品が紹介されましたが、
    可愛くないんですね。がく〜(落胆した顔)
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月08日 20:33
    > mixiユーザー 
    シール、ワッペンは大流行しましたからね
    でも、醒めるのも早かった。
    私の小学校だけかも知れませんが、
    男子を中心に2年生くらいまでは鉄人28号、鉄腕アトムの
    シールが流行ったのに、3年生の時は鎮火していました。
    しかし、5,6年の時、今度は女子を中心に
    水森亜土の可愛いシールが大流行したんですよ。

    >オロナミンCに 生玉子 
    あれは黄身だけでしたっか?
    それとも全部だったかな?
    いずれにしても、私は生卵がダメだからパスですね。
    まだ、醤油を混ぜて一気飲みなら出来ます。
    ロッキーみたいにそのまま飲むのはキツイですね。
    あのシーン,アメリカ人は「ウゲ!げっそり」という
    反応だったらしいですよ。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月08日 20:45
    >こう見ると、薬よりも食品、飲料水が多いですね。
    大塚製薬は医療製品がメインで市販薬はオロナインとサラリンぐらいでは?
    アース製薬を傘下にしたので、おミズや由美かおるもいますが。
    浪花千栄子は、本名が南口キクノで、大塚製薬の社長に気に入られたみたい
    トークCMもありましたね。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月08日 21:16
    > mixiユーザー 
    >シンシアのあのCMも今後、紹介します!
    「風邪ひきな〜んか〜、誰にもあ〜るわ〜」ですか?
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月08日 21:33
    スポンサーのCMソングはグリコやナショナルなど、企業名を連呼するオンパレードでしたが。 究極の歌は日曜7時ウルトラシリーズを提供していた武田薬品工業だと思います。

    なにしろ、タケダ、タケダ、タケダ♪タケダ、タ〜ケ〜ダー♪と会社の名前だけで完結させちゃったんですから。^^
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月08日 23:15
    > mixiユーザー 

    >トークCM
    って
    「オロナインは痔にも良ろしくてなぁ、、」
    というのですか?
    他のトークもありましたっけ?
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月08日 23:16
    > mixiユーザー 
    iいえ、それではなく、あせあせ
    まぁシンシア以外の歌手も
    引き次いで行った(歌った)CMです。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月08日 23:30
    > mixiユーザー 

    企業名連呼型のCMは
    日曜の夜、「不二家の時間」と呼ばれた19:30-20:00
    最初はアメリカアニメ「ポパイ」で、
    最後に「不二家  不二家、でーは また来週ー」で
    締めたのをよく覚えています。

    あと、やはり日曜日の夜、その後かな?
    「アップダウンクイズ」を見ていましたが、
    提供が「ロート製薬」で、これも
    「ロート、ロート」を連呼していましたね。
    【武田】も含めて、なんだか日曜日ばっかりですね。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月08日 23:38
    > mixiユーザー 
    おっしゃる通りCG技術の発達で、アニメは今大きな岐路に立っていると思います。

    あれをどんどん推し進めていけば、リアルなアニメが極めて簡単に描けるようになるとは思うのですが・・。
    それではどこまで現実に迫ることがアニメの使命というか目標なのか?ということになりますよね。

    人間が描けば数年も掛かるような作画の時間を短縮するとか、複雑なメカを正確かつ精巧に動かすためにCGを使うというのは分かりますが、人間などのキャラを安易にCGで描くことはどうなんでしょうかね。
    到達点が見えない難しい問題だと思います。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月08日 23:40
    いや、本名を知って大塚の社長が懇意にしてくれた
    と言う縁自体を語るCMもあったのですよ。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月09日 07:49
    ウルトラマンでの三船敏郎のCM
    アリナミンのCMと
    プラッシーのCMをごっちゃに記憶されているのでは?


    それと
    ディズニーやポパイ、トムジェリのTV放送って
    もともとは長い間に蓄積された短編映画でしょう?
    それと比べるとなると
    「マッハGoGoGo」の登場を待たねばならなかったのでは?

      
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月09日 11:54
    > mixiユーザー 

    >どこまで現実に迫ることがアニメの使命というか目標なのか?ということになりますよね。

    1978年頃、アメリカアニメ「指輪物語」を見ました。
    ご存知かも知れませんが、これは、ロトスコープと言って
    「モデルの動きをカメラで撮影し、それをトレースしてアニメーションにする」
    先ず、実写で撮って、それをわざわざなぞってアニメショーンにする手法です。

    確かに、動きは自然ですが、それがアニメとして良いか疑問に思いましたよ。
    この作品、手塚治虫は絶賛、それだからこそ私も見ようと思ったんですが。
    かたや宮駿は「あれを傑作と評する神経が理解できない」
    と批判したらしんですね。そのことは知りませんでしたよ。


  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月09日 11:55
    > mixiユーザー 

    それは知りませんでした。

    まぁ、>「オロナインは痔にも良ろしくてなぁ、、」
    って単にセリフを言うのがトークCMとは言いませんね(^^:
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月09日 12:44
    > mixiユーザー 

    「マッハGoGoGo」は、それ以前の日本アニメとは
    一線を画していた、とおっしゃりたいのでしょうが、
    すみません。
    実物を見ていない私としては、ピンときませんあせあせ
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月09日 14:14
    高校時に研修会=簡単に言うと高校の寮である軽井沢追分山荘での、生徒会役員や評議員の合宿」。レクリエーションも多く、罰ゲームの人が「オロナミンセーキの一気飲み」でした(^_^:

    当時、東映動画は世界に確たる技術も持っており、「安寿と厨子王」みたいに、役者の演技を撮影し、それをロトスコープでセル起こしというディズニーと同じ作り方もしていたが
    因みに安寿は山本富士子、厨子王は北大路欣也だ。

    しかし、この質をテレビで毎週晋作は無茶だった。
    アメリカは完全分業され、数チームが同時進行で交代に放映。常にストックがあり、日にちに余裕も。

    東映動画でもテレビをやることになり、日本初の連続テレビアニメ(単発はすでにあった)の先駆で、ストップモーションやセルのマルチュースなどを開発していた虫プロに助けを求めて
    月岡貞夫さんたちを借りるが、彼の才能と管理能力に、正式に引っこ抜く。
    月岡さんの企画、原案、キャラ、演出により、1963年元旦に放送のアトムに遅れること11ヶ月で「狼少年ケン」もスタート。
    因みに10月にスタートしていた「鉄人28号」はアニメCM制作のTCJが広告代理店の旭通信社と企画、グリコに売り込むのに、主題歌に社名の連呼が条件。
    「風のフジ丸」も、藤沢薬品にタイトルにフジと、「フジサワ、フジサワ、藤沢薬品」(^_^:

    因みに大学の広告サークルの連盟幹事として月岡貞夫さんを顧問に迎え、アニメを学びました。

    「狼少年ケン」のタイアップ商品は、正確には森永ココアではなく「森永まんがジュース」と「森永まんがココア」ですね。どちらもこのアニメのために開発されました。
    粉末ジュースは渡辺と春日井のシェアは大きく、缶のココアに集中。
    僕はすでにヴァンホーテンのココアを愛飲していたが、まんがココアも好きでした。特に缶ではなく小分けパッケージ版もあったが、溶かさずに舐めるのも好きでした。

    丸美屋は「スーパージェッター」もそうでしたね。
    8マンの桑田次郎ほどシャープではないが、久松文雄もモダンでした。
    同じ久松文雄の「冒険ガボテン島」は、アトムを継ぐかのようにマーブルチョコで、ガボテンシールも。
    フジ丸も白土三平だが、絵は久松文雄ですね。
    たしかビタミン剤のパッケージにシールが入っていた。
    あれは薬事法でいう薬ではなかったか?薬事法でオマケは規制があるもんね。
    オロナミンCの仲間?

    疑惑事件の「宇宙少年ソラン」と「W3」は、
    森永とロッテの戦いでもあった。

    タツノコプロの「宇宙エース」は地球の食べ物は受け付けず、特製の宇宙フードで力を出すが、どう見てもガム………スポンサーはハリスガム(^_^:吉田竜夫は梶原一騎と「ハリス無段」を描くが、アニメ化は頓挫。
    後に久里一平に描かせた「紅三四郎」はタツノコアニメになるが、森永とサッポロ/リボンの同居。
    ハリスガムは「ハリスの疾風」も。

    日本初の連続テレビフルカラーアニメの「ジャングル大帝」の提供はサンヨーカラーテレビ。画面の「カラー放送」の表示が目立ったなあ。
    まあ1964年東京オリンピッ前に東芝の20インチのカラーテレビを買い、あまつさえ祖母のくれたsonyの13インチを自分用していました、あの頃から。

    あ、「宇宙パトロール隊ホッパー」もグリコだっけ。
    オロナミンCとオロナイン軟膏、大村崑の「とんま天狗」
    「姓は軟膏、名はオロナイン」?逆?

    ボンカレーの松山容子、「旅ガラスくれないお仙」をよく見ていたなあ。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月09日 15:30
    因みにアトムは「日本初の連続テレビアニメ」、
    散発だ「国産初のテレビアニメシリーズ」は、横山隆一率いる「おとぎプロ」による
    1961年「インスタントヒストリー」
    1962年「おとぎまんがカレンダー」があります。
    一話5分ですが(^_^:
    月から土の夕方帯で300話以上続いた。
    この制作に関わったのが、おとぎプロにいた、ラーメン大好き鈴木伸一で、
    後にときわそうグループですスタジゼロを作る
    「レインボー戦隊ロビン」の提供を思い出せない???
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月09日 16:33
    ラルフ・バクシーの「指輪物語」も見ましたが、アメリカでの評価は今ひとつ。
    三部作の原作の第一部さえ、まるでダイジェストて、
    僕もそうですが、トルーキンの「指輪物語」ファンには響かなかった。
    雑誌で期待していたのに。http://photo.mixi.jp/view_photo.pl?photo_id=41407803&owner_id=7543841
    「指輪物語」60~70年代のアメリカ大統領や議員の選挙で、ガンダルフにかなりの票も入る人気ファンタジー。
    ビートルズもアニメ化を企画していた。

    ラルフ・バクシーによるこの習作の「ウィザーズ」のアニドゥ(アニメ同人大手)による限定公開を見た時、
    手塚治虫、萩尾望都、伊東愛子も来ていて、ロビーで雑談。
    ロトスコープも細かい、ニュース実写のインサートもうまい。だけど、人や物の影を描いていないのは、日本では受けない」と言うラブちゃん伊東愛子の感想に手塚治虫は強く同意してたのに(^_^:
    あ、伊東愛子は少女コミックの人気作家で、ポスト24年組ね。

    前のコメにも書きましたがロトスコープは1960年代のディズニーも多用。東映動画も採用していましたね。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月09日 20:39
    > mixiユーザー 
    >罰ゲームの人が「オロナミンセーキの一気飲み」でした
    まぁ高校生だったら、「酒」は使えないし、「青汁」はそのころ
    少なくともポピュラーでなかったから、それでしょうね。
    私だったら、罰ゲームにしたらそうキツクもない。

    本文で「日本(毎週放映のテレビ)アニメはしょぼかった」と書きましたが
    東映の劇場アニメは素晴らしいのがありましたね。
    「安寿と厨子王」ではなく、確か「西遊記」をテレビで見ましたが、
    それはアメリカのモノに比べ遜色はなかったですよ。

    久松文雄は「フジ丸」→「ガボテン島」→「「スーパージェッター」
    と立て続けのアニメ化されましたが、オリジナル作品がテレビ化に
    なったのではなくテレビ企画が先にあったものでしょう。
    「スーパージェッター」の頃になると、もうシールは廃れていたと思いますよ。

    「宇宙少年エース」「ソラン」「パトロールガッパ」と
    一時は宇宙少年ブームがありましたね。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月09日 23:17
    るんるんホ、ホ、ホッパーパトロール、ジャンプ、ステップ、ホッパー
    で、宇宙っ子ジュンはホッパーですよ(^_^:

    オロナミンセーキは、ゲップの臭いが嫌でした。
    良い加減にシェイクで生卵の感覚はあるし、一息に飲むのもね、メロンセーキでもミルクセーキでも。

    久松文雄は虫プロのマンガ部から、映画テレビのコミカライズで出ましたから、TCJ=エイケンは使いやすかった?アニメにしやすいタッチ。手塚仕込み?(^_^:
    後年、久松の中国歴史物も好きでした。横山光輝のヒットにリスペクト?

    鉄人28号もエイトマンも、スーパージェッターも、ガボテンも、サスケも
    ソランも、パピィもTCJ時代のエイケンでした。

    そう言えば「遊星少年パピィ」もグリコ。

    アニメは不二家も忘れてはいけない。
    オバQ、パーマン、怪物くん、
    ポパイもマイティマウスも
    るんるんフジヤ、不二家、ではまた来週、バイバーイ手(パー)
    あゝ、カルピス劇場も落とせはい。

    東映動画の劇場版、6,70年代はオンタイムかリバイバル、名画座でほぼコンプリート。
    「西遊記」はリバイバルを小学生で見て。後にビデオでも。
    手塚治虫の「ぼくの孫悟空」の映像化で、手塚治虫も東映動画の顧問か何か?
    ヴェネティアで特別大賞?を貰っています。
    初オンタイムは「わんぱく王子大蛇退治」。
    作画は狼少年ケンの月岡貞夫など、音楽はゴジラの伊福部朗。

    モノクロの頃から日本のテレビアニメはアメリカをはじね、世界マーケットに。
    アストロボーイから。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月10日 21:19
    > mixiユーザー 

    >宇宙っ子ジュンはホッパー
    「ガッパ」は日活の「大巨獣」でしたね。(^^:

    でも、ジュンは、宇宙空間で遭難し
    「カッパに似た宇宙人」に助けられ、
    そこの住むようになったんですね。
    ホッパも「カッパ」から取ったんでしょう。
    その星に適応するためにサイボーグ手術を受けた。
    宇宙少年=サイボーグと言うパターンが多かった。

    で、この「パトロールホッパ」も掲載誌は
    「フジ丸」「狼少年ケン」と同様、講談社の「月刊・ぼくら」でした。
    同誌は、昔からテレビヒーロードラマ(ナショナルキッド、
    少年ジェット)のコミカライズの受け皿的な雑誌でしたよ。
    それとは違い、漫画がヒットしてアニメ化されたのが
    「タイガーマスク」でしたが、もうヒットしたころ(1968年)は
    「ぼくら」そのものが危なくなっていましたがね。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月10日 23:01
    講談社グループにはキングレコードもあり、そこからTBSなどのテレビ局との付き合いが。
    鬼太郎などはアニメより前に、
    少年マカジンの連載マンガ数作を歌にしたキングレコード制作のソノシートでしたっけ?うろ覚えですが。

    アニメのソノシートは朝日ソノラマがトクィした。「ソノシート」も朝日ソノラマの造語かな?
    雑誌+ソノシートが、後にはマンガ単行本の出版社に。マンガ少年も出したが。

    講談社はTBS、NET、フジテレビの大株主で、テレビにはいち早くタイアップしていましたからね。

    宇宙っ子ジュンは、助けたのはホッパー星人ですからね。
    そらカッパのオマージュっすね(^_^:
    虫プロの出の「狼少年ケン」の月岡貞夫さんに対し、
    この作品は日動から東映動画の立ち上げメンバーの御大、藪下泰司さんのリード。
    藪下泰司さんは日動の名作「河童川太郎」がありますね。
    まあ、1964年東京オリンピックで三段跳びホップ・ステップ・ジャンプの語呂をいただき、、それからホッパー=カッパを連想かも?

    アニメやドラマとタイアップは、ぼくらマガジンも。
    引き継ぎ残務整理?(^_^:タイガーマスクも。

    「タイガーマスク」はジヅザイのプロレスラーが多く出ましたね。
    「巨人の星」もそうですが、
    僕は講談社/梶原一騎と、
    よみうり/日テレ/報知の密約もあったような気もしちゃいます?(^_^:

    少年画報社も、こちらは明らかにテレビを頼りにしましたね。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月11日 20:13
    > mixiユーザー 

    ソノシートと言えば朝日ソノラマでしたね。
    それと、同社は、その後「サンコミックス」という
    漫画単行本を発行して中学、高校時代は、
    これもよく購読しました。

    >1964年東京オリンピックで三段跳びホップ・ステップ・ジャンプ、、
    >それからホッパー=カッパを連想かも?
    さらに、今「パトロール・ホッパ」の絵を見ると、あのおカッパ頭は、
    当時、日本で大ブレイクしたビートルズのマッシュルームカットを
    彷彿させますが、、、まぁこれは関係ないかな?あせあせ

    >ぼくらマガジンも。引き継ぎ残務整理?
    1968〜70年頃、月刊漫画雑誌がどんどん廃刊になって
    「ぼくら」もその運命に逆らえなかったんですが、
    そこで週刊誌化させても少年マガジンとバッティング
    するだけではないか?
    と思っていたら、やはり2年足らずで「ぼくらマガジン」も廃刊。
    タイガーマスクは少年マガジンに移籍。

    >少年画報社
    1960年前後の黄金期は、「赤胴鈴之助」「まぼろし探偵」
    「天馬天平」「白馬童子」という実写ドラマ化された
    連載漫画を持っていましたね。
    その後、「鉄腕アトム」と「鉄人28号」を擁する「少年」に
    負けてしまいますが、
    65年には、また「マグマ大使」と「怪物くん」で盛り返しました。

    どの雑誌もヒット作が、どんどんテレビ化されていきましたよ。
    テレビ化が一つのステイタスでしたね。
    その伝で行けば、私が小学生だった60年代、
    秋田書店の「冒険王」「まんが王」は、特に
    テレビ化された漫画がなかったように思います。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月11日 23:48
    まあ、ジュンたちの髪型は、キャラをカッパにしたので、すなおにおかっぱかも?(^_^:

    冒険王は出遅れて、別冊から後には独立する「TVアニメマガジン」?だかなんだかを。
    「まんが王」は少チャンが吸収合併でしたっけ?
    秋田書店は、朝日ソノラマの「サンコミックス」と並ぶ新書版コミックスのパイオニアの「サンデーコミックス」もあり、共に他の雑誌がオリジナルのコミックスシリーズを出し始める前に「単行本はうちで」と一稼ぎしましたね。
    カッパと言えば「少年」の光文社。ここは虫プロと組んで「カッパコミックス」として、1964年からB5判月刊で「鉄腕アトム」の専門誌を。
    これは創刊号から月極めで近くの本屋に届けてもらいました。
    「ゲルニカの巻」と「ホットドック兵団の巻×2」が今も二階に。アトム以外に他の作家の見開きや、読み物も。
    後に「奇想天外」のエッセイで知りましたが、「W3」疑惑で虫プロを追われる前の豊田有恒が読みもを書いていました。
    カッパコミックスには「鉄人28号」もあっかな?
    少年画報もアニメを頼ろうとしたが時代の波には勝てず、
    その分?「少年キング」はアニメを強く意識。
    でも末期には五十嵐浩一と喧嘩別れ、吉田聡はサンデーに呼ばれ、
    頼りの999の松本零士も冷たくて(^_^:

    「サンコミックス」は「石森の「竜神沼」か「あかんべ天使」?永島慎二の「青春裁判」が僕のお初かな?
    COM系作家の短編種も多かったでね。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月12日 19:10
    > mixiユーザー 
    意外にもと言っては失礼かも知れませんが、
    冒険王が少年月刊誌で、最も生き延びたんですよね(1978年まで)
    その後、「TVアニメマガジン」と改題されたのかな?

    「まんが王」も読んでいた覚えがありません。
    およそヒット作がなかった。
    最後の編集長、壁村が少チャン創刊にあたり、
    そこの編集長になり、吾妻ひでおも付いて行ったと。

    紛らわしいことに秋田書店が出していた新書版コミックスの名が
    「サンデーコミックス」で、少年マガジンに掲載された漫画をも
    単行本化していましたね。ふらふら

    「カッパコミックス」
    【鉄人28号】は、知りませんが、私はおそらくこのシリーズ(B5判)で
    「ストップ!にいちゃん」を買いましたよ。
    「カッパブックス」とは違い、同作品の「特集号」という
    位置づけだったかも知れませんが。

    私も最初に買った「サンコミックス」は「あかんべ天使」
    だったと思いますよ。いまだに持っている。
    あとつのだじろうの「ブラック団」とか。
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月12日 22:09
    「まんが王」と「冒険王」は仲間とシェアしていました。
    三崎町の秋田書店に行くと、一月近く前に最新号が手に入り、
    受付のお姉さんが「家に帰るまで、人に見せないでね」、定価の5%引きぐらいで売ってくれた。
    飯田橋に移っても行ったような?
    後に少女雑誌の「プリンセス」に知人が描いていて、受付で待ち合わせも。
    「冒険王」は末期にはヤマト、ガンダム、仮面ライダーなども載りましたからね。延命措置が。
    「まんが王」にはポテト君やグズラのいたい連太郎がいて、そのアシの吾妻もデビューかな?

    カッパコミックスは薄いけどB5サイズのマンガ誌で、表4はマーブルチョコやグリコの広告があり、アニメとのメディアコンプレックス?
    マーブルチョコにはないアトムのシールもついていました。

    原宿の萬画博覧会の事務局で石ノ森さんにお会いした時、
    サンコミックの石森作便コレクションをお見せして、同じ朝日ソノラマでも、函付き特装版の「おかしな、おかしな、おかしなあの子」にサインをいただきました。

    鉄腕アトムと鉄人28号の実写版の記憶もかすかにあるが、提供の記憶がないなあ、幾つだっけ?
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月13日 20:53
    > mixiユーザー 

    >「まんが王」にはポテト君やグズラのいたい連太郎がいて、
    >そのアシの吾妻もデビューかな?
    吾妻ひでおの自伝的漫画「地を這う魚」に描かれていますが、
    板井れんたろう、1968年春当時は、「まんが王」に「ドタマジン太」
    (これは読んでいませんでしたが、なぜか後年、友人から単行本をもらいました)
    少年サンデーに「グズラ」を連載していて、そのページに「アシスタント募集」
    とあったので、吾妻が応募、採用されたとあります。
    その頃、ちょうど「月刊・少年」が休刊になったですね。
    同誌では「ポテト大将」が好きでしたが、それが終了して
    「サムライ同盟」とかいう新連載を始めたんですが、
    休刊まで続いたのかな?

  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月13日 23:55
    吾妻はものによってアシスタントとも、正式には違うとも。
    パートタイム?
    世話になったのな確かです。
    絵のポイント的にも、SF的にも、いわゆるアトムの子供とも個人的には思いますが(^_^:
  • mixiユーザー

    mixiユーザー2015年08月14日 00:02
    > mixiユーザー 
    まぁ、私は彼の自伝的漫画を読んだだけで
    その場にいなかったので何とも言えませんよ(苦笑)

    その中では「正式に」アシスタントに採用さていますね。
    パートタイムというか、「住み込み」ではなかったのは事実ですが。

mixiユーザー

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