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2019年02月21日18:43

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人生でいちばん困難だったこと

石川淳、小林秀雄、吉本、檀、太宰、金子光晴、開高は何しろその全文章を読んでいるので、それがどこにあったか憶えていない。
だが、吉本の著作の中のどこかに、あるアンケートでそう問われた回答に、「私の結婚の経緯」とだけ、簡潔に書かれていたことを、よく憶えている。
たぶん文学者や思想家や学者や芸術家などが対象であったのだろうかれらの回答は、もっともらしい本との格闘や政治的事件などを挙げているものが多かったので、そのシンプルな答えは、逆に異彩を放っていた。
それもそのはず、吉本は、既婚者である友人の奥さんを、奪ってじぶんの妻としたからなのだ。
その恋慕がはじまり、最終的に婚姻して成就するまでの精神的きつさをはじめて率直に語ったのは、70年代前半、ある雑誌での大岡昇平との二か月連続(これもかなり異例であるが)の対談のときだったはずだ。当時私は大学を去って浅草でトラック運転手をしていたが、本屋でその雑誌を立ち読みした。
死んでからあることないこといわれるのが嫌なので全部ぶちまけちゃいますが、と前置きしながら、吉本は、「恋愛で一番きついのは三角関係なんです。それも、相手が怒りを向けてくるならいいんですが、何もいわないのが一番きつい」と、そのプロセスのときの心中を思い出しながら、語っていた。
この経験を吉本は能う限り深く思想的に掘り下げ、後年の、「国家が強いる共同幻想と男女で成り立つ対(つい)幻想とは、本質的に逆立する」という西洋2千年の歴史でも誰も言ったことのない視点と問題意識と構えからの、前人未踏の思想を編み出し、提唱した。
不思議なことだが、私が好きで、全文章を読んでいるもう1人の小林秀雄も、相手は既婚者ではないが、やはりごく親しい友人の恋人を奪っている。
その相手とは、あの中原中也だ。
小林の文章ではそれに触れたものは、「その事件の後、中也が訪ねてきたとき、中也と私は、その女性の長谷川泰子を脇に置いて、ただ黙って座っていた」と、書いてあるだけだ。
私の、「人生で一番困難だったこと」は、何だろう。
無条件に一番かどうかは何ともいえないが、そのトップ3に入るうちの1つは、間違いなく、私の片恋経験だとはいえる。
彼女が28歳で結婚で去ったと知るときまでの18歳からの10年、プラス私がようやく51歳で結婚に踏み切れるまでのその後23年間の都合33年間は、きつかった。
どんな季節でも、世界のどこにいるときでも、サハラ砂漠でもニューヨークでも上海でも熱帯雨林の廃墟でもアンデス高原を走行する長距離バスでも、突然浮かんできて、参った。
私という人間は、度し難いロマンティストなのか、ただ未練がましいのか、恋愛の活力が欠落しているのか。
分からない。

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