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2021年06月16日11:21

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2分小説『筆影』

 暗いアスファルトに目を凝らす。心が水筒の闇に同化してゆく、もはや2cm、遠足の目的地まで足りるはずもない麦茶。帰り路もあるのだ。笑いながら薄ら返事。異変に気付いた友が顔を覗き込む。
「お茶もう無いの?」
 水色の水筒を掴みシェイクするとちゃぷと弱弱しい音が一度したきり。
「まだ着いてもなぁのに、お茶がこんだけしかないど」
「飲みすぎじゃ」
 皆が笑った。僕にはそれが嘲笑に聞こえ――
「朝飯に塩昆布食って喉乾いとったんじゃ」
 鎮火させるつもりがガソリンだった。笑い声は哄笑となる。視界がくらりと撓んだ。
「じゃんけんで勝ったら飲ましてやってもええど」
 攻撃的な笑顔、僕の中で失意が怒りに変容した。
「じゃ、やろう」
 そうやって何度もじゃんけんをした、皆でした。勝ったり負けたり、その都度負けた相手から勝者へお茶が振舞われる。そんなことを繰り返しているうち、目的地の山頂が臨める辺りで、皆の水筒は空になってしまった。
「しゃんべん行きたい」
 当然だろう。皆同じ思いだった。
「おい、お茶どうするんな?」
 どうするもこうするもない。僕たちの班は、Tシャツ一枚で砂漠を行軍する弱小兵の群れ。

 山頂に着いた。瀬戸内海が一望できる。風が冷たく、植物の匂いが濃い。いつも吸っている空気とは明らかに質が異なる。陽を跳ねてぎらぎらと、眩しく。顔が火照るほどに光を寄越す水面。

「おい!水道があるぞ!」
 一同が声の方に駆け寄る。我先にと水筒を捻り、水を汲み淹れる。暗渠が、透明な感情で満たされてゆく。これで帰りは大丈夫だ。その時には皆安堵したが、そうはいかないのが餓鬼の浅ましさ。そうそうにじゃんけん大会の景品として配られ、帰りの行程を5割とは残し、皆の水筒は例外なく暗い闇を抱える羽目となった。
 その闇に、笑いが響く。

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 先日車で登頂してみた。
 別に喉は乾いてなかったが、蛇口から水を飲んだ。
 瀬戸内海は相変わらずぎらぎらと滾っていた。でもどうしてだろう。なんの感動もなかった。この景色にそれほどの意味は無かったのだろう。

「俺はグーを出す」
 そういって狡猾な笑みを見せた。
 笑みが歪んでいた。だから絶対にチョキを出してくると思った。そうしてグーを出すと案の定、二本指をぴんと伸ばして突き出しやがった。
 遠慮なくお茶を飲んだ。それが最初の一杯目だった。
 ひょっとして彼は、裏の裏を読んで、わざと負けてくれたのかも知れない。
 瀬戸内の背景を瞼にアーカイブした。闇を開く前に、湿やかな熱をレイヤードさせる。
 
「街に帰ろう」
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