「かつ重、小盛で」
と、なるたけ活舌よく大きな声で言った。マスクをしているからいつも以上にはっきりとオーダーしたのだ。
「はーい」
と、おばちゃんは返事を返して、振り向きざま厨房に叫ぶ。
「かつ重小盛でーす」
俺はいつもの椅子の隅に陣取り、スマホを突く。
アパートのすぐ隣がお弁当屋さんというのはとても便利だ。一年365日のうち、そうだなぁ、200日くらい通っているかもしれない。中でもかつ重はお気に入りのメニューで、まぁそうだなぁ、200日のうち150日くらいはかつ重かもしれない。
体調によって、盛りを変える。まぁ、ほぼ大盛りなのだが、今日みたいにちょっと重めのランチをとった日は、小盛に逃げることもある。
お弁当屋さんの店員さんは、漏れなくおばちゃんだ。いや、おばちゃんとお祖母ちゃんのちょうど中間くらいの妙齢?のご婦人だ。ここに落とし穴がある。僕とお弁当屋とアパートという三すくみの生態系をぶち壊しかねない懸念。
おばちゃんが、よくオーダーを聞き間違えるのだ。
体感的には5回に1回くらい間違えられている気がする。盛りのサイズを間違えるのは日常茶飯事、この冬には2回もすき焼き丼のオーダーがステーキ丼にすり替えられる事件があった。
だから、大声でオーダーをする。
しかも今日は、宿敵ともいえるあのおばちゃん。そう、二度もステーキをよこしたおばちゃん。正直、愛想もあまりよろしくない。人見知りで内向的な性格なのだろうか?まぁ俺も似たようなもので、オーダーを間違えられてもクレームを言えずに、「たまにはステーキもあり」と自分に言い聞かせて完結させてしまうタイプ。似た者同士なのかもしれない。でも親近感は皆無。警戒心しかない。
「かつ重小盛のお客様おまたせしましたー」
呼ばれたので、財布を取り出しながらカウンターに向かう。
「お会計520円です」
1000円札をカウンターの上に置く、おばちゃんが小銭をカウンターにのっけて寄越す。お弁当の入ったビニールを受け取り「ん?」と声を上げる。
(これは小盛ではない。絶対に小盛ではない)
年間100日以上食しているのだ。舐めてもらってはこまる。今日の俺は、どういう心境だったのだろうか、黙ってアパートの階段に向かうことをよしとしなかった。
「すいません。これ、小盛じゃなくないですか?」
おばちゃんに弁当の入ったビニールを差し出す。
おばちゃんは、うつむき加減にこう言った。
「すいません。先日、大盛りのご注文を頂いたのに、間違えて並盛をお渡ししてしまったことに後で気づきまして、その代わりといってはなんですけど並盛にさせて頂きました……すいません。勝手なことして」
「あ、そうだったんですね。こちらこそすいません、気を遣わせちゃって」
と、一応は納得して店を出て、階段に向かう。
たんたんと階段を駆け上がる間に、頭上に大きな雲上の吹き出しが出てきて、「んー、なんだこの違和感は」という文字が浮かび上がる。
勝手に小盛を並盛にするのは――どうなのだろうか?
それはお店の対応として、正しいのだろうか?
小盛を並盛にするのが正義だというのは、大は小を兼ねるという日本人のアーキタイプなのかもしれないが、ちょっと違うんじゃないかなこの場合は。
分からんが多分、正しい対応としては「すいません。先日ご来店いただいたときに、大盛りをご注文頂いたのに、間違えて並盛をお渡ししてしまったようです。宜しければ、差額を返金させてうんぬんかんぬん――」的な対応じゃなかろうか?
部屋に戻り、弁当をテーブルに置く。
どさり
音の大きさに驚く「ん?」既視感を伴った違和感。これ――
「……大盛りじゃないか?」
何度も言わせないでほしい。年間100日以上食べているのだ。間違うはずはない。これは大盛りだ。
どういう……ことだ。
背筋が寒くなる。怖くなってきた。
「分からない」
ミステリー小説を読まされている気分だ。それも海外の小説を翻訳しながら読まされているような、理解が追いつくのに時間がかかる感じ。
(ワザとなのか?)
これは、復讐なのか?おばちゃんが俺に対して企てた復讐。知らず知らず僕は彼女の恨みを買っていたのか?
それとも、サービスのつもりなのか?
大盛りと間違えて並盛を渡してしまったことの埋め合わせには、小盛の料金で、並盛を渡すだけでは釣り合いが取れないと踏んで、ふたを開けてみれば実は大盛りだったというサプライズを一つ盛ることを画策したのか?それが、かつての過ちを帳消しにする唯一の方法であると――彼女はそう思ったのだろうか?
いや、シンプルに間違えたのかもしれない。
つまり、大盛りの代わりに並盛を渡してしまった償いに、小盛の注文に対して並盛をサービスしようとしたのだが、間違えて大盛りにしてしまった……いや、もしもそんなことがあり得るとしたら、それはもうミステリーじゃなく、ホラーだ。
ただ一つ言えることは――
(俺、昼、二郎系ラーメンを食ったんだ……だから、大盛りは無理)
でも、階段を下りて行ってクレームを言う体力も気力もない。
だから僕は、今から大盛りを食べる。黙って食う。
数時間前から形を保ったまま、胃の中に居座っているチャーシューを押し出すように、のどからカツを流し込む。
(そう、俺はフードファイターだ。そう思い込め)
意外にするすると食べてしまい。食後のアイスも食べて、風呂入って寝た。
ご馳走様でした。
ログインしてコメントを確認・投稿する