男子校に赴任して三年、初めて受け持った生徒が卒業する。初回ロットの商品を出荷する工場長の気分だ。ヤレヤレ、一仕事終わった。今すぐにでも麦酒で乾杯したい気分。
「先生、じゃあな」
「マナベッチ、早く嫁さんもらいなよ」
「うるせー余計なお世話だ」
「たぶん俺らの方が先に彼女見つけるけどな」
「お前、卒業取り消してやろうか!」
「彼女が出来たら見せびらかしに来るから」
「ああ、いつでも遊びに来いよ」と言った瞬間、不意に心が空虚になった。
それぞれデコボコはあるが、人生の次のステージへ一人も欠けることなく無事に送り出せる。ひとつの責任を終えた安堵と、何故かそれにくっついてきた寂寥。目頭が線香を押し当てられているように熱い。ヤバい。コイツらの前で泣くのは真っ平御免だ。最前も泣かそうとしてサプライズで歌なんか歌いやがって。「野太い声で歌われても感動なんかしないんだよ」茶化すことでなんとか耐えたのに、こんな変哲もないタイミングで泣いてしまうなんて有り得ない。何か皮肉でも言って誤魔化そうとしたが、涙声しか出そうにない。満員電車で腹痛に耐えているような感覚。
春風が吹いた。俺は、眦を風に向け、表面張力している涙を零れぬうちに乾かそうと目論む。
風が止んだ。
「あれ?先生、泣いてない?」
「マジか?!」
「マジ!鬼の真鍋が泣いたぞ!」
「受けるー、どのタイミングで泣いてんだよ」
俺は叫んだ。
「違うっ!風が止んだんだ」
ログインしてコメントを確認・投稿する