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2019年11月20日10:52

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銀河の彼方で迷惑した話

(豆腐を取りたい)
 と、思ったが、台車が棚の前に置かれているため、ぎりぎり手が届かない。台車の上には、今から陳列されるであろう商品が山積み。台車の横には、白字に赤文字のユニフォーム、文字はドラッグストアの店名。シャツを着ているのは二十代くらいの男性店員。つまり、品出しをしている店員が、台車をおざなりにしているため、僕と豆腐は、お互い相思相愛にも関わらず、遠く引き離されてしまっている、まるで織り姫と彦星のように。その距離約三万光年。苛立ちを緩和しようと、状況を脳内で斯様に置換してみたが、どう捻っても台車が天の川に思えず頓挫してしまう。
(どうしよう)
 二つの案が思い浮かんだ。仮にプランAとプランBとしよう。
 プランAはこうだ。彼に声を掛け台車を退かしてもらう。セリフ的には「すいません、商品を取りたいのですが」がベストだろう。言葉足らずな部分は、目線とゼスチャーで補完し、「アナタを責めてる訳じゃありませんよ感」と「ちゃんと周りにも気を配らなきゃダメだよ感」を伝える。無難な案だと思うが、正直働きずくめで泥のように疲弊した今日の精神状態では、気を遣って話し掛けること自体が、致命的にしんどい。
 プランBはこうだ。「待つ」ただひたすらに、彼が僕の窮状に気付くまで。待つ間は、ただ手をこまねいているのではなく、彼の方をチラチラ見ながら、「手が届かないよぅ」という仕草をアクティブに繰り返し、情報発信してゆく。脳内ミュージックは、あみんの『待つわ』がベストだろう。しかし懸念もある。『待つわ』が五、六回再生されても彼が気付かない可能性、大いにある。いやそれまでには商品を出し終わり、台車を引いて移動するだろう。いや待て!ひょっとしたら、台車を置いたままバックかどっかに行ってしまう可能性もあるぞ。まぁその後で僕が台車をずらしてしまえばいいのだろうけど、もはやそんな結末を受け入れたくない自分がいる。
 つまり僕は気付かせたい。バイトの彼に、貴方の気配りのなさが、一人の中年男性に彦星のコスプレをさせ、遥か銀河のかなたで、豆腐を運命の人にしようという決意をさせてしまったんだよ。気配りは、貴方の今後の人生に於いて、必須アイテムだ。僕は君が憎いんじゃくって、お節介かもだけど、ささやかな親心を抱いてここに立っている。君と僕と豆腐は、夜空に輝く冬の大三角形のように一つの運命を共有した星座なのだ。と、その時。
「あ、すいません」
 バイトの彼は僕に会釈しスッと台車を引き寄せた。僕は突然のことに呆然として、三秒経ってから、口パクで「どう致しまして」と言った。
 彼は気配りを怠ることがあるかもしれないが、気付くことの出来る側の人間だった。僕はホッとする。と、同時に少し寂しくなった。
「『気付け』ないってことは、『築けない』ってことだよ」
 彼に掛ける筈だったセリフが冷陳ケースのうなり声にかき消される。
「僕のようになるなよ」
 添える筈だった言葉を豆腐と一緒に買い物かごに入れ、レジに向かう。
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